第5話 兄としての宿命

 当然と言うか先に走っていった花に追い付くはずもなく、家の前についてしまった。

 ガチャリとノブをつかむ、鍵は空いていた。家の鍵を持っているのは俺と花だけなので鍵が空いているということは花が家に帰ったことを意味していた。まあ帰ってない方が大問題だが。

 そのままドアを押して家に入ろうとした。だが動かない。物理的やつじゃない。なにかにとりつかれたかのように腕が動かなかった。

 心の中で抗うも、一切動かない。というか千春自身もなぜ動かないのかわかっていた。

 それは「恐怖」だ。「ここで行ってもさらに嫌われるだけかもしれない」「もう二度としゃべれないかもしれない」「花は一人になりたいのかもしれない」そんな思いが、焦りが、逃げが積み重なって足かせになり、手錠になり、足枷になっているのだ。

(ただそれでも、行かなきゃならねえんだよ)

 そう心の中で叫ぶと同時に思いっきりドアを開いた。

「花、いるか?」

 そう聞いてみるが返事はない。先に帰っているはずなのでおそらく部屋にこもっているのだろう。

 俺は花の部屋の前まで行くとコンコンとノックをした。

「花いるか? いるなら出てきて欲しいんだが」

 当然ながら返事はない、だがさっきからゴソゴソと物音がするのでおそらく無視してるだけだろう。軽く脅してみる。

「えっと、返事がないなら入っちゃうぞ、それが嫌なら出てこい」

 しかし花は出てこない、それどころか返事すらない。マジで?

「花?いるのは分かってんだからな? 俺本当に入っちゃうよ? いいのか?」

 やはり返事がないので俺はゆっくりとドアを開ける。久々に入る花の部屋は昔は言った時と比べて少し変わっていたが、ベッドの横においてある猫のぬいぐるみ(昔誕生日プレゼントで買ったもの)を見つけて少しうれしかった。しかし物色するために入ったわけではないので無視。本題の花を探すとベットの上に花が丸まっていた。

「花何してんだよ、てか呼んでんだから返事くらいしてくれ」

「……兄貴こそ彼女ほっといていいの?」

 やっと答えてくれたが顔は見せてくれない。だが話し続ける。

「だからあれはそんなんじゃねえよ、人の話を最後まで聞けって……」

「じゃあなんなの、あんな仲良くて彼女じゃないなら何?」

 何と言われるとなんだろう、腐れ縁? 友人? やはり幼なじみでいいのか?

「……まあ幼なじみだよ、つーかお前もあったことあんだろ。鶫だよ鶫」

 そう言うと花は少しポカンとしてから答える。

「鶫って鶫さんのこと? 小日向鶫さん?」

「だからそうだって」

「じゃあ鶫さんと付き合ってんの?」

「なんでそうなるんだよ!あんなんただの幼なじみだ、恋愛感情なんてねーよ」

「けどさっきあんなにくっついてたし……」

「あれはあいつのスキンシップが異常なんだよ、昔っからそんなんなんだよあいつは」

 特に俺には過剰と言えるくらいだ、だから陽キャなんだろうけど。

「てことは兄貴彼女はいない?」

「いないどころかいた事すらねーよ、年齢=いない歴だわ、舐めんなっつーの」

 つーか俺には花がいるし、それ以上いらない。

「そっか……そりゃそうだよ、兄貴のことを好きになるやつなんてよっぽどの物好きだろうしね! いるわけないよねそんな人!」

「なんでちょっと楽しそうなんだよ、泣くぞ」

 まあ元気が戻って良かったけどさ。

「まあいいや、じゃあこっちの質問にも答えてもらうぞ、何でさっき逃げたんだ?」

「…………へ?」

「いや別に逃げる必要あったかなと思って」

「それは……その…………だから」

「何?聞こえなかったんだけど、つーか顔見せろ顔、聞き取りづらいんだよ」

「うっさいバカ! 近づくな!」

「酷い! ってか痛い!」

 花は近づこうとする俺をペシペシ叩いてくる。

「ちょっと痛いからやめろ」

 そう言いながら花の腕を掴むと顔が見えた。その顔は相変わらず可愛かったけど目の下が赤く腫れていた。

「おい、泣いてたのか? 何で泣いてんだよ」

 そう言いながら花に近づく、この際嫌われるとか関係ない、花が泣いてる方が重大だ。それが俺のせいならなおさらだ。

「なんでもないから! 大丈夫、っってかほんとに近い! 離れて!」

「じゃあなんで泣いてんだよ」

「ぅぅ……」

「言いたくないのか?」

 そう尋ねると花は頷いた顔も少し赤くなってる。よっぽどの理由があるのだろう。それを無理に詮索するのも良くないと思い、離れる。

「なら無理に言わなくてもいいよ、近づいて悪かったな」

「え?」

「言いたくないことなら無理に聞かねーよ、泣かせないために困らせてちゃ本末転倒だしな。ほんとに大丈夫なんだよな、ならいいよ」

 そう言って立ち上がる、本当はもっと居たかったがそんなことを言ってる場合じゃないことは流石に分かるのでゆっくりと歩き、ドアの前に行く。

 ノブに手をかけるとほぼ同時に、花が小さな声で呟いた。

「その……ごめんね」

「何に謝ってんだよ、悪いことしてないやつが謝る必要ねーよ」

 答えながらノブから手を離し、花の方を向く。てか花に謝らせることなんてさせてたまるかよ、まあ実際させちまってんだが。

「けど実際兄貴に迷惑かけちゃったし」

「こんなの迷惑のうちに入らないから。そもそも花にかけられる迷惑なら大歓迎だぞ」

「……は?」

 返答に少し間があった、恐らく混乱しているのだろう。ていうか同じこと言われたら俺もすると思う。

「……もしかして兄貴ってМなの?」

「違うわ! なんでそうなんだよ!」

「だって迷惑かけられたいって言うから……」

「いやあくまで花限定だからそういうんじゃなくて」

「むしろやばいよそれ!特殊すぎる!」

なんか変な方向に勘違いさせたかもしれん、訂正しておこう。

「じゃあ言い方を変えよう。俺を頼れ、花。兄としてできることはなんでもしてやるからさ、まあ言い難いこともあるだろうけど、たった二人の兄妹なんだからさ」

 そう聞くと花はなんて言ったらいいか分からないような表情でこっちを見ている。まあ嫌いな兄にそんなこと言われても…………いや嫌いと決まったわけじゃない、まだ可能性はあるはずだ。

「花はさ、俺の事嫌いなの?」

「……なんで」

「いやだって露骨に避けられてるし、もし嫌いだったらそんな奴に頼れなんて言われても迷惑かなと」

「別に……えっと…………」

 何やら歯切れが悪い、やはり面と向かっては言いづらいのだろうか。そう考えていると花が聞いてきた。

「ちなみに兄貴は」

「え?」

「だから兄貴は私の事ど、どう思ってんの」

「可愛い妹、俺の生きがい。嫌いなんてもってのほか。」

 即答する。てかそれ以外の選択肢があって溜まるか。

「だから可愛いは余計だってば!」

 花は少し怒りながら俺の肩を叩いてきた。

「前も言ったけども可愛いから、余計じゃない」

 ちなみにお世辞や身内贔屓ではなく花は本当に可愛い。その辺のモデルの数億倍は可愛いしなんなら俺が見た人類で一番可愛い。いやシスコンじゃないから、あくまで純粋な評価だから。

「とにかく可愛いもんは可愛いんだからどうしようも無い、はい終わり! で? 花はどうなんだよ」

 話題を戻す、まあ無理に知りたい訳では無いが、聞くに越したことはない。俺は花の目をじっと見る。

「う……うるさい近い! バカ兄貴!」

「じゃあどうなんだよ」

 そう聞くがもう答えはほぼ決まっている。ここまで聞いて言わないということは言いにくいこと、つまりはそういうことだろう。花は優しいから言葉を選んでいるが故の沈黙なのだろう。

 まあわかりきってたことだし? むしろ確定して良かったくらいだし?別に悲しくなんかないし、ちょっと泣きそうなだけだし。

「わかった、押しかけて悪かったな、花」

 そう言って俺は立ち上がる。立ち上がる時に花が何か言おうとしていたが、無理に言わせるのも悪いと思い、再びノブに手をかけた時。

「待って!」

 後ろから声が聞こえた。振り向くと花が立ち上がって、そのまま俺の方へ歩こうとする。が、ずっと座って泣いていたからか、バランスを崩し転びそうになる。

「危ねぇ!」

 言いながら花を支える。だが支えた体勢が悪く、そのまま花を抱き抱えた形になってしまう。

 五秒ほど時が流れた。俺は慌てて花の背中から手を離し、一歩下がる。

「大丈夫か!怪我ないか?」

「…………ダイジョブデス」

 小声で聞き取りずらかったが大丈夫なようだ、ナイス俺の反射神経。だが問題は支えた体勢にある。

「えっっとその……スマン」

「……こっちこそ転びそうになっちゃって、ごめん。それとありがと、助けてくれて」

「気にすんな、妹を守るのは兄としての宿命だからな」

「……そうなんだ、けど程々にしてね」

「わかってるよ、てかどうしたんだ?急に呼び止めたりなんかして」

「そっか、えっとね兄貴のことどう思ってるかなんだけど……」

「それなら無理して言わなくていいぞ、言いにくいこともあるだろうし」

 ていうか聞いてしまったら立ち直れる気がしない。

「けど兄貴絶対勘違いしてるから」

「勘違い?」

「そう勘違い! まあすぐに答えられなかった私も悪かったけどさ、その〜〜、兄としては、兄としては! ……そこまで嫌ってるわけじゃないから」

「……まじで?」

「そう、なんか勝手に解釈してたからさ、あくまで兄としてはだからね」

「いやそれでもめっちゃ嬉しいが、泣きそうなんだが」

「なんでそんな、ってほんとに涙目になってるし!」

 仕方ないだろ、正直人生で一番うれしいかもしれねえ。

「全く大袈裟な、ていうか今日のことで私に対する対応を変えたりしないでよね」

「わかってるよ」

 そう、実際喜んだけどこれが本当なのかもわからない(疑いたくないけど)例えば俺を慰めるための優しい嘘かもしれない、仮に本当だとしても下手に絡んで評価を下げるなんてことになったらそれこそ本末転倒だ。そもそも重要なのはそこじゃない、重要なのは花が俺のことを嫌いじゃないと言ってくれたことだ。録音機持ってくりゃ良かった。

「ほら終わり! さっさと部屋から出ていって!」

「そっかすまない、じゃあまた後でな」

 そう言って今度そこ俺は花の部屋から出ていった。

 そういえば久しぶりに花の部屋に入ったな、それにしても。

「めっちゃ良い匂いした……」

 声に出てしまった自分が若干気持ち悪いと思いつつ、自分の部屋に戻った。

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