第3話 そして始まる二人暮らし
そんなこんなで三日後、俺と花は両親を見送りに空港へ来ていた。
「じゃあこれでしばらく会えなくなるわけなんだが……なにか言い残したことある?」
「むしろ言い残したことしかないんだけど?」
「ほんとにできれば何か用意したかったんだけど……ごめんね、何も用意できなくて」
「いや花、今回は出来なくて当然だ、言うのを遅らせたのが悪いんだから花はまったく悪くない。百パー向こうが悪い」
「なんか息子が日に日に辛辣になってくんだが?」
それはしかるべきことをやっちゃってるからだよ両親よ。
「まあ達者でな、時差ボケとか気をつけて」
「ありがとう、そっちこそほんとに大丈夫?」
「直前まで言わなかったのが何を言っているんだよ。花もいるから大丈夫だって」
そう言いながら花の方を見るとすぐに目をそらされてしまった、悲しい。
「まあ落ち着いたら連絡するからね、ちゃんと家事頑張ってね、出前ばっかにならないように……」
「心配しすぎだっつーの、大丈夫だからさっさと行け」
「なんか淡白過ぎない?暫く会えないんだよ?父さんもっと感動的な別れを予想してたんだが……」
「確かにもっと早く言ってくれたらそうなったかもな、流石に三日じゃ何も実感わかねえよ」
「だとしてもさっさと行けは酷くない?」
「へいへい、悪かったからさ。というかマジでそろそろ行かないと飛行機ヤバいぞ」
「それもそうか、じゃあ行くからね、体には気をつけて」
「おう、そっちこそ達者でね」
出来ればしばらく帰ってこなくていいからな、流石に言わないけども。
「じゃ、じゃあね!お父さんもお母さんも元気でね」
「うん、花も元気でね」
そう言って二人はエスカレーターを登って行った。
両親を見送った後、花に話しかける。あの二人には悪いがこれから二人暮らしが始まると思うと内心ウッキウキだ。
「さてと、これからどうする」
「…………」
返事がない、なにか怒ってんのか?
「花さん?これから…………」
もう一度きくと食い気味に。
「ちょっと待ってよ、まだ心の整理が出来てないの」
と言われる。そらそうだ、よくよく考えたらこんな数日で納得できる方がおかしい。一緒に暮らすのが俺となれば尚更だ、ここはなんか言わねぇとと思い、口を開く。
「花、とりあえず家帰ろうぜ。色々考えんのは後にしてさ」
そう聞くと花は下を向いて「……うん」と返事をした。
それを聞くと、駅の方向へと歩きだした。
帰りの電車は少し空いていたので椅子に座ると、花は俺と壁の間に座った。てっきり離れた場所に座ると思ったが心細いのかな、と思い特に何も言わなかった。言ったら離れちゃいそうだし。
暫く沈黙が続いたが、花がふぁ と欠伸をした。今日は朝から早かったし寝不足なのだろう。
「花眠いのか?まだ時間あるし少し寝てていいぞ」
幸い花は壁の横にいる、そっちによっかかれば寝れるだろう。
「……別に大丈夫、眠くないし」
花はそういうがその目は半分くらい閉じかかっている。
「無理しなくていいから、駅ついたら起こしてやるからさ」
そう言うと花は限界だったのだろう。そのまま目を閉じるとゆっくりと壁に……。
ではなく俺の肩に寄りかかってきた。
「ふぁ?」
思わず変な声が出てしまったが落ち着け冷静になれ! そうだ、素数を数えよう。素数を数えて落ち着くんだ。2,3,5,7,11……って無理だこれ、効果ないわ。あの神父め嘘つきやがった。
落ち着くのは諦めて花の顔を見る。その顔は相変わらず可愛くて、本当に兄妹なのか疑うレベルだ。なんかいい匂いするし髪サラッサラだし、なんだよこれ、見れば見るほど完璧じゃねえか。国宝かよ。国宝だよ。
もちろんその後も落ち着けるわけなく、花のことを見てたら駅につこうとしていた。
「花、もうすぐ着くから起きろ」
そう聞いても返事はない。もう少し強く起こそうと思い今度は軽く揺らしながら声をかけてみる。
「花、マジでもう着くから起きてくれ」
やはり揺らしたからか花は少しだけ目を開けると「ふにゃ」と言って起き……ることも無くそのまま寝てしまった。
そして俺はここで大事なことを思い出す。
(花って超寝起き悪ぃんだった!)
気づくの遅いだろと思うかもしれないが、そもそも最後に花のこと起こしたのなんてもう何年も前だ、覚えてるわけない。
花を起こすのに苦戦しているうちに最寄り駅が近ずいてきた。このままでは乗り過ごしてしまう、どうすりゃいいんだよ!
「おい花起きて!マジでもう着いちまうから!」
それでも花は起きない。こうなったらもうおぶってくしかないか、とりあえず電車から降りねーと。
「花、ちょっとごめんな」
そう言って俺は花を壁側に倒して起き上がり、おぶろうとする、が出来ない。花は完全に俺に寄っかかってるため物理的に背負えないのだ。
(やべぇ、マジでどうする!もう駅のアナウンス始まってるし時間がねぇ!)
そんな中で思いついた方法一つだけあった。だいぶ恥ずかしいが時間がないので仕方ない。俺は覚悟を決めて花の首と膝裏に腕を突っ込んで持ち上げる。
そう、俺が思いついた方法とは俗に言う“お姫様抱っこ”である。
ちなみに初めてやる。まあやったことあるやつのが少ないと思うけどね。
「花、恨むなよ」
そう言って俺は花を持ち上げる。抱き上げた花はすげぇ軽くて相変わらずいい匂いがした。
「軽いな」
思わず声に出てしまう。幸い周りに乗客はいないから大丈夫だが、もし誰かに見られたら花が可哀想だ、俺は急いで電車から出るとサッとベンチに座らせる。
「花駅ついたから起きて」
揺らしながら呼びかけると花はうっすらと目を開いた。
「花、マジで駅ついたから」
そう言うと花は『まだ眠い』とでも言いたげな目で訴えてくる。お前マジで朝どうしてんだよ。
「眠くても行くの、このままだと俺も帰れないから、どうしてもって言うならおぶってくぞ、それが嫌なら早くしろ」
なんだこれ、対赤子みたいになってんだけど。
花は「うゆ〜」とか言って手を広げてくる。
「花さん?それはどういうことですか?」
そう聞くと花は初めて日本語を喋った。
「おんぶ」
…………マジで言ってんのかこいつは、まあ確かに言ったけどさ、まさか本気にするとは思わねぇだろ、まあ確かにおぶりたい気持ちはある、めっちゃあるけどさ、さっきの一瞬と違って今度は長いんだよ? 知り合いに見られるかもしれないんだよ?流石にそれは嫌じゃないのか? てか何よりそんな長時間おぶるのは俺の理性がヤバい。
「花?結構長いから人に見られると思うんだが……」
「……おんぶ、眠い」
ダメだ、花のダメなとこが出まくってやがる。
「マジでするぞ、いいのか?」
そう確認をとるが花は「んー」と言って手を伸ばしてくる。もうなるようになれ精神で俺は花のことをおぶった。ちなみにこっちはだいだい十年ぶりくらい。
花のことをのせると当然ながら背中に柔らかいものが……って違う、無心になれ無心に。てか顔近すぎだろ、さっきから寝息が可愛いくてヤバいんだよ。
流石に二人で改札は通れないので駅員さんに言って通してもらった。めちゃくちゃ恥ずかしかった。
そこからは無心に……なれるはずないだろ、こちとら男子高校生だぞ?まああえて何かはしないが。というかできないが。とにかく理性がもつ内に家に帰る事しか考えれなかった。
ようやく家について花をソファーに下ろす。
「花、家ついたから起きろ」
そう言って肩を揺らすが花はそのまま寝転がってしまった。
「ちょっと花、風邪引くから起きて」
まあ起きるはずもなく俺は仕方なく自分の部屋からタオルケットを持ってきて花にかけ、俺は洗面所に向かった。幸い晩飯は両親と食べたし、花はしばらく寝かせても大丈夫かな、と思いながら手を洗う。
それにしても凄いことをしてしまった気がする。よく理性もったな俺、すごいぞ。
手を洗っていると後ろから声がした。
「お兄ちゃん?」
「花起きたのか……って今お兄ちゃんっつった?兄貴じゃなくて?」
そんな訳はない、花は俺が高校に上がったあたりから兄貴よびだしたし、そもそも最近はちゃんと呼ばれないことも多い、一体何が。
「どしたのお兄ちゃん、ほあよ」
あ、これ寝ぼけてるわ、呂律が地味に回ってないもん。
「ん、おはよ、花。洗面所使うか?」
「大丈夫、お兄ちゃん探しに来ただけだし、あいがとね〜」
「お、そうか……」
……何だこの可愛い生き物。
ていうかこのままだと本当に花に何かしかねない、なんとかしなくては。
「花、悪いけどお兄ちゃん理性ヤバいからリビング行っててくれない?」
「……やだ、ここで待ってる」
かわi……じゃなかった、だめだこれ、本格的に寝ぼけてやがる、花には悪いがこうなったら最後の手段だ。
「お兄ちゃん部屋行ってるから!」
「あ、」
そう言って俺はダッシュで自分の部屋まで逃げ込んだ。正直ずっとあの場所にいたかったよ? 俺の理性がたもつならね、俺は花を傷つけてまで花と一緒にいたいわけではないんだよ。極論花という存在が元気にいてくれりゃそれでいいタイプの人だから。まあ流石に30分もすれば眠気も覚めるだろ。
しばらく経ったのでリビングに降りてみる。
「花、いるか〜ってどうした花」
花はソファーの上で顔を隠しながら丸まっている。
「……兄貴、私何言ってた?」
「何って、どういうこと……」
「私寝てたよね、寝ぼけてたよね!?」
「え、うん。がっつり」
「最っ悪だ! ねえ私兄貴に変なこと言ってなかった?」
なるほど、花は寝ぼけてたときの記憶はないけど寝ぼけたときポンコツになることは知ってるのか。
「まあ一応喋ってはいたな」
「やっぱりだ! ねえ変なこと言ってなかったよね!?」
「変なことって例えばなんだよ」
「例えばって……! あ、兄貴に対してとか!」
「俺に対してって、まあ最高に可愛かったけど特に中身のあることは……あ」
「あって何! やっぱりなにか言ってたの!?」
「俺のことをお兄ちゃんって呼んでた」
「……マジで?」
「おう」
「忘れて! すぐに忘れて! ていうかさっきまでのこと問答無用で全部忘れて!!」
花はソファーから立ち上がると俺の方に詰めてきて言ってきた、その顔は赤くなっていてさらに半泣き状態になっている。
「忘れろって無茶言うな、そんな簡単に……」
ていうかなんで忘れて欲しいんだ? 呼び方くらいどうでもよくね?
「だめ! おねがい忘れて! 絶対ダメなの!」
…………ここまで言われると逆に申し訳なくなってくるな。
「わかったよ、忘れられるかはわからんが、誰にも言わねーから、それでいいだろ?」
「それじゃ意味ないの! 兄貴に聞かれたことが問題なの!」
「わかったわかった! 忘れる! 忘れるから叩くな!」
「絶対ね、それと私が寝ぼけてるときは二度と近くに来ないでね、絶対!」
「近くにって、今日のは仕方ないだろ、お前駅に付いてるのに全然起きないんだからさ」
「む〜~、じゃあせめて質問しないで、なんか言ってても無視して!」
「努力するよ」
「約束だからね! ほんとに最悪……」
「な、なんか悪かったな」
「……べつに、兄貴は悪くないよ。もとはと言えば寝ちゃった私が悪いんだし」
……なんか気まずいんですけど。
「じ、じゃあ俺は部屋に戻るから、じゃあな」
「ちょ、ちょっとまって!」
「どした」
「その〜、ありがと。寝ぼけた私を駅からつれてきてくれて」
「ん。別に気にすんな、あんくらい大丈夫だよ。小さい頃も何回かおぶってたしな」
「ならよか……ちょっともっかい言って」
「え?だから気にすんなって……」
「違うその後!」
「あ? だから小さい頃何回かおぶってたから……」
「私おぶられてたの!?」
「そうだけど……ひょっとして覚えてなかった?」
答えると花の顔がボッと赤くなって、手で体を隠す。
「…………触った?」
触ったとはつまり胸のことだろうか。
「触ってない、少し背中に当たったくらいで」
「バカ兄‼‼」
そう言って花は俺にビンタを食らわせると、部屋に走っていった。
「痛え……」
結構強めに叩かれたのか、頬の痛みは寝るまで引かなかった。
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