第34話 入れ替わりの大石を信仰せよ

~第33話までのあらすじ~

 リリーは1週間同じ時間を過ごしたあいりや茶緒ちゃおに好意を抱き、かつて理想としていた「4次元人を排除する」ことをやめ、響に俯瞰ふかんの書を渡した。リリーから託された思いを受け止めた響たちは、3つ目の選択肢の手順に従うため、自然石の場所へと向かった。




「それにしても、リリーさんって敬語使うんですね」


 飛行板フライングボードの上。伊奈瀬いなせの太ももに全力で掴まりながら、響は言った。

「そうね。あいりさんと茶緒さんがいたからこそ、リリーちゃんは成長できたのかもね。...あと飛んでるときにしゃべると舌噛むわよ」

「スミマセン...」

 そうは言いながらも、伊奈瀬は少し飛ぶスピードを落とした。舌を噛むと言ったのは、らしくないことを言ったことに対する一種の照れ隠しなのだろう。話しかけてほしくないわけではないようである。


永久野とわのさんも、かなり飛行板フライングボードうまくなりましたね」

「そうね。私が練習に付き合ってあげたおかげね」

「それに衣央いおさんも、最初あったときよりも表情が明るくなった気がします」

「...ねえ、ちょっとまって響。女子と2人きりでいるときに、他の女子の話をするのは禁忌ってこと知らないの?オーナーであることを他言するよりも禁忌なんだけど」

「あ...ごめんなさい」


 険悪なムードに一変した。


 いつも響のことを「ひっきー」と呼ぶ伊奈瀬だ。これはよほど怒っているのだろう。


「お詫びとして、私の好きなところ10個言いなさい」

「えぇっ!」

 突然の出題である。

「えーと、まず...顔がめっちゃ好き」


 こういうツンデレこそ、好きなところをいうたびに猛烈に照れるのである。響が好きなところを言うたびに伊奈瀬は赤面し、響は自分が掴まっている彼女の太ももの温かさが増していくことに気付いた。体温が上昇するほどに照れているのだ。それが面白かったので、響は伊奈瀬の好きなところを余計に10個追加した。

「もういい、もういいから!!」

 伊奈瀬は響を止めようとしたが、ここぞとばかりに強気な響であったので、そのまま操縦に集中するしかなかった。


 飛行板フライングボードの上で響は、海を左に見ながら飛んでいることに気付いた。アパートから自然石の場所までは海を右に見て北上していくので、バグ調査組織RGBの施設は自然石の場所のさらに北にあることになる。響は昨日、アパートから施設まで転送されたため、施設の場所は知らなかったのであった。



 30分ほどで、ひときわ目立つ2本の杉が見えてきた。自然石の近くにそびえる夫婦杉である。いよいよ、響がオーナーになった場所、そしてオーナーとしての生を終える場所に到着するのだ。響は感慨深くなって、伊奈瀬に礼を言った。


「いつも飛行板フライングボードにのせてくれて、本当にありがとうございました」

「な、なにを言うのよ。明日も明後日も乗せてあげるんだから」


 響にとって、大きな勇気をもらえる一言だった。当たり前のように未来を見据えている。それも、今と同じように、みんなが一緒にいられる明るい未来を。


「そうですね、よろしくお願いします!」

 そう言って彼女のほうを見ると、目から涙がこぼれていた。


「あああごめんなさいごめんなさい!悲しいこと言ってごめんなさい!泣くのは今じゃなくて、明日の午後から卒業式があるので、そのときにしてください!」

「...私あんたの高校生活知らないんだから、泣けないわよ」

「あーじゃあ、えーとですね...そのー...」

すると伊奈瀬は、慌てふためく響を見て笑った。

「あははっ!ほんとにひっきーって面白い。いいよ、許してあげる」


 そして響たちは、自然石の前に降り立った。響にとって3度目の光景である。


「いよいよですね、響くん」

「はい。力を貸してください。よろしくお願いします」

そう言って3人に頭を下げた。


「もちろんだよ、ひっきー!」

 永久野が元気よく答える。


 響は俯瞰ふかんの書をもう一度開いた。施設から去るときに、リリーが預けてくれたものだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

1.入れ替わりの大石おおいしを信仰せよ

   神を信じて崇める気持ちを大石に込めれば 占い帳が現れるだろう

2.俯瞰の占い帳を使用せよ

   思いのままに占い帳を開けば 結びの道具が現れるだろう

3.結びの道具を使用せよ

   理想の未来を描き 大石に記された自らの名を貫けば 所有者としての生を終え それを実現できるだろう

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「入れ替わりの大石を信仰せよ、だって。ひっきーわかる?」


(大石を...信仰。どうやるんだろう?)

「神というのは王那さんのことでしょうか?王那さんを、信じて崇める気持ち...」

 そう言って響は両手で合掌し、王那の顔を思い浮かべた。


 しかし、何も起きなかった。


「私たちもやろう」と言って永久野たちも同じことを同時にしてみたが、特に変わった様子はない。



 それから数時間。

 いろいろ試してみたが、何も起きなかった。辺りはすっかり暗くなっている。


「ひーくん。1回休憩しよっか」

 永久野は提案する。しかし。

「まだもう少しやらせてください」

 響は断った。


「響くん、私も少し休んだ方がいいと思います」

 衣央も響を止めようとした。その時だった。


「うるさい!まだやらせてって言ってんだろ!!」


 響の怒鳴り声が、静かだった木々の空間に響いた。


 響は焦っていた。数時間のあいだに思い付く信仰はすべてやった。しかし、それでも占い帳とやらは出てこないのだ。


 すると突然、響の大声に驚いていた永久野と衣央の前で、響の身体は宙に浮いた。


 伊奈瀬に持ち上げられたのだ。しかし、前回の俯瞰の手とは違い、伊奈瀬自身の手で響の胸ぐらをつかんでいる。それに加え、本気で怒っているのが表情からわかる。

「な、何をするんですか、伊奈瀬...さん」


 響は一瞬で、全身に汗をかいた。なにもしゃべらずうつむく伊奈瀬の前で、命の危険すら感じている。その間に響は、先ほどの言動をかえりみた。

 オーナーになったのはすべて自分の行動に起因している。それなのにここまで一緒に来てくれた3人に対して「うるさい」など、言ってはいけない言葉だったのだ。

 そして伊奈瀬は低いトーンで、響に言い放った。

「2人に謝りなさい」


 響は申し訳なさと伊奈瀬に対する恐怖で、泣きながら謝るほかなかった。

「本当に、申し訳ありませんでした!!オレのせいでこんなことになってるのに...ついて来てくれたみんなに...あんなことを言ってしまって...」


 永久野と衣央は響に近づいた。

「いいんだよ。焦る気持ちは一緒だから」

「そうですよ!でもね、こんな時だからこそ、休憩も大事なんですよ!」


 すると伊奈瀬も表情を柔らかくし、先ほどとは全く違う優しい声で言った。

「...温泉でも行こっか」


「行く~!」「行きましょう!」

 永久野と衣央は温泉に乗り気なようだ。もちろん響も「はい!」と大きく返事をした。


 響は不思議と、さっきまでと比べて、少しだけ心が楽になった気がした。



小ネタ)

 バグ調査組織RGBは、大分県の別府市にあります。そこから飛行板で40分ほど南下していくと自然石の場所(宮崎県高千穂町)、さらに1時間20分ほど南下すると王那のいる神社や響のアパート(宮崎県宮崎市)があります。そして別府と言えば...?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る