第33話 リリーの気持ち


~第32話までのあらすじ~

 響たちはリリーの過去を知った。所有権を響から奪いたかったのは、彼女自身がしたつらい経験を、二度としたくないという気持ちがあったからだった。




 リリーの話が切れたところで、あいりが言った。

「私は3次元世界に来てすぐのときには、もともと住んでいた4次元に戻りたいと考えていました。でも今は違うんです」

 彼女は続ける。

「リリーさんや組織のみんなに会って1週間、とても楽しい時間を過ごせたので、もう少しこのままでもいいのかな、と思うようになりました。リリーさんはやっぱり、私たち4次元の人が嫌いなのですか?4次元に飛ばしてしまいたい、と思うのでしょうか?」

「私は...」


 自分の気持ちがうまくまとまらないのか、あるいは素直になれないのか、もじもじしているリリーを、あいりはしゃがんだまま優しく抱きしめた。

「リリーさん...いえ、リリーちゃん。私はあなたともっと一緒にいて、仲良くなりたいの。よかったら教えてくれないかな、今のリリーちゃんの気持ち」

 リリーがあいりと目を合わせると、あいりは微笑みながらコクッとうなずいた。

「私は...みんなと一緒にいたい。離ればなれになんかなりたくない」


「そ~お来なくっちゃ!」

 茶緒ちゃおはあいりの横からリリーに飛びついた。

「ちょ、ちょっと、やめてよ」

 そう言いながらも、リリーは嫌そうな顔ではない。他人に自分のことを認めてもらえなかった過去を持つ彼女にとって、愛情をもって体に触れてもらう経験などほとんどなかったのである。しかし今、出会って1週間しか経っていない2人の年上の女性、あいりと茶緒から湧き出るリリーへの愛を彼女は感じ取れ、失っていた自信を取り戻すことができたのだ。


「響。さっきは本当にごめんなさい。お詫びと言ってはなんだけど、これ」


 そう言ってリリーが響に差し出したのは、俯瞰ふかんの書であった。

「オーナーが迎える3つ目の未来について、まだ読んでなかったでしょ」

「リリーさん...!ありがとうございます!」


 俯瞰の書を受け取った響に、糸葉は率直な疑問を投げかけた。

「おにいちゃん。それで、オーナーって何なの」

(あ、そうだったな、そう言えば糸葉はオーナーについて知らなかったな。説明してあげよう!)

「そうだな、糸葉。オーナーってのはな、世界をしょゆ———」

「...って響!君が説明してはだめじゃないか!!」

 故意ではないが、危うく妹により禁忌を犯しそうになった響を止めたのは、リリーだった。


「リリーちゃん、素晴らしいです!」

「よくできたね。えらいぞ!!」

 あいりは右手の親指を立て、茶緒は飛びついたままのリリーの頭をなでなでして、響の命の恩人を称えた。

「へえ、リリー、やればできるじゃない」

 伊奈瀬いなせも腕を組んで自慢げな顔をしている。上から目線ではあるが、リリーを褒めているようだ。


「結局オーナーって何なの~!」

 糸葉は最後までオーナーのことがよくわからなかった。


「そ、それで響!俯瞰の書の続きを早く読んだらどうなんだ!」

 みんなに褒められて顔を真っ赤にしたリリーは、照れを隠すためか、話を次に進めた。


「はい、ただ今!」


 そして響は書を開いた。その場にいる全員がのぞき込む。

 そこに書かれていたのは、響が昨日読み切れなかった、オーナーが迎える3つ目の未来についてだった。


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選択3:俯瞰の占い帳を使用する

    オーナーが理想の未来を実現するための選択である

    詳細な手順を後述する

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響は次のページを開く。


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俯瞰の占い帳 使用手順


1.入れ替わりの大石おおいしを信仰せよ

   神を信じて崇める気持ちを大石に込めれば 占い帳が現れるだろう

2.俯瞰の占い帳を使用せよ

   思いのままに占い帳を開けば 結びの道具が現れるだろう

3.結びの道具を使用せよ

   理想の未来を描き 大石に記された自らの名を貫けば 所有者としての生を終え それを実現できるだろう

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 大石とは自然石のことだろう。響が触れたあの石だ。


(オーナーとしての生を終える...)

 響はこの1週間、オーナーとして過ごしてきた。しかしこの世界に不変のものは存在せず、響のオーナーとしての生活もまた、あと24時間も経てば終わりを迎えるのだ。


「ひーくん」

 永久野とわのも「終わる」という文字に少し不安になったのか、響がそこにいることを確かめるかのように、響を後ろから抱きしめる。

「大丈夫ですよ、永久野さん。オレは絶対、いなくなりませんから!」


「そうですよ!おにいちゃんがいなくなるわけないじゃないですか!」

 そう言う糸葉も、少しだけ笑顔が引きつっているように見える。


 彼女たちが心配になるのも無理はない。大きな力を持つオーナーが理想の未来を実現するのは、簡単な手順でできるものではないのだ。


 しかし、響の取り柄は明るいところであった。

「そうと決まれば、さっそく自然石の場所へ行きますよ!!」

と2人を鼓舞し、伊奈瀬も

「ひっきーは早くどんな未来をお願いするか考えてよね!」

と響に投げかけた。それはすなわち、響なら問題なく最後の手順まで行けるという信頼を意味しているということである。


「わかってます~早く飛行板フライングボードにのせてください~」

「ちょっと待ちなさいよ!」


 響が飛行板フライングボードで移動するときは、伊奈瀬の後ろに乗るのが当たり前になっていた。

 糸葉、永久野、衣央いおも続いて準備する。


「あのっ!」


 そう発したのはリリーだ。響たちが彼女を見る。

「私は、ここで待っています!」


「えっ、リリーさんたちは行かないのですか?」

 そう尋ねた響にあいりが近づき、小さな声で答える。

「リリーさんは響くんにすべてを委ねました。きっと、響くんが願いをかなえるその瞬間を、あまり見たくはないのでしょう。もし自分がその立場にいたら、と想像してしまうので」



 響はリリーを向き、自分を信じてくれた彼女に対して

「ありがとうございます!期待して待っていてください!」

と感謝の意を述べた。


「あいりちゃんに何言われたかはわからないけど...絶対に実現してくださいね、理想の未来!」

「はい、必ず!」


 響たちは、またいつかリリーたちと会えることを願って、バグ調査組織RGBの施設をあとにした。




小ネタ)

 俯瞰の書に記されていた結びの道具について、「結び」という言葉には「運命」と「終わり」の意味がある。このことから、結びの道具はオーナーの運命を決定する道具であり、同時にオーナーの生を終える道具でもあることがわかる。

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