第32話 リリーの過去


~第31話までのあらすじ~

 あいりや茶緒との認識の食い違いにより、孤立してしまったリリー。彼女はこの状況を、昔の自分と重ねていた。




 私は幼少期から頭が良かった。

 一度聞いた話の内容を忘れない、並外れた記憶力。

 膨大な数の本を読んで得た、大人をも上回る高い語彙力。


 両親は特別な自分を褒めてくれた。人に迷惑をかけないお利口さんだったから。もちろん送り迎えをしてくれたし、お遊戯会にも来てくれた。だから家では、幼稚園で今日何があったかをたくさんお話しした。それを両親は嬉しそうに聞いてくれた。


 幼稚園で教わった折り紙は1度折ってみただけで完璧に折れるようになり、お遊戯会の劇では全員分のセリフを覚え、歌を歌う時間も楽譜などはいらなかった。

 話し相手はいつも、年の近い友達ではなく先生だった。自分の言うことを理解してくれる、園内で唯一の人だったから。


 1人でいるのが好きだった。お休みの時間も1人で本を読んだ。同年代の人たちと一緒に遊ぶのはあまり好きじゃなったし、園庭で走り回るみんなとは違って、運動は苦手だった。でも、それでもいいと思っていた。



 それが変わったのは、小学校に入学してからだった。


 授業というものを初めて受けた。なんでこんなに簡単なことなのに、長い時間をかけてやるんだろうと思った。漢字だって算数だって難しいことはしていないのに、周りの同級生は何で分からないんだろう。解き方や覚え方を教えてあげても、何も分かってくれなかった。


 話し相手はいなくなった。幼稚園では先生が聞いてくれたけど、小学校は違った。生徒が多いからだとも思ったけど、自分が避けられていることにも、うすうす感づいていた。


 そしていつの間にか、自分だけが他と違うという疎外感があった。


 家でもあまりうまくいかなくなった。両親は、何をしても「普通」からはみだす自分を迷惑に思い、幼稚園にいたときよりも話を聞いてくれなくなった。


 そんな家の居心地も悪くて、放課後はよく1人で静かな公園に行っていた。図書館で借りた本を持っていき、気付けば辺りは暗くなっていた。


 そして、その日。

 学校で同級生と大きな喧嘩をしてしまい、そのままいつもの公園に来ていた。これから先もずっと1人のままでいいと思っていたのに、喧嘩したあとは胸がとても痛かった。好きだった自分を、初めて憎いと思った。


 そのとき体に変な感じがして、気付いたら木造の建物の中にいた。周りを見ると神社みたいで、気付けば目の前には1人の女の子がいた。


 その女の子は王那おうなという名前だった。


 王那は自分の名前を知っていて、君は記憶保持者だ、といった。その瞬間、頭の中に流れ込んできたのは膨大な記憶で、この世界にバグが起きたことを知った。

 小さい頃から記憶力が良かったので、その記憶についても何一つ忘れなかった。その中でも「俯瞰ふかんの書」というものが気になって、王那に聞いてみたら、意外とあっさり貸してくれた。



 この木造の建物、神楽殿に来てから8日目。俯瞰の書を読んでいた時だった。


 突然見知らぬ場所にいた。3次元の世界とは何か違う、異質な場所。

 通りかかる人々はとても大きかった。その人たちを見ていたら、視界が真っ暗になった。自分の体が宙に浮き、もがいてもどうにもならない。大きな人に捕まったと分かった。


 それから10年間。4次元の世界では寿命が長くなるようで、5歳ぶんだけ年を取った。体は研究に使われ、とても怖かったし痛いこともたくさんされた。この世界に、味方は1人もいなかった。

 それ以外の時間は暗い部屋で1人だった。気付けば俯瞰の書は部屋の中に置いてあって、ずっと読んでいた。本の最後のほうに書いてあった「俯瞰の占い帳」は、オーナーの理想の未来を実現できるというものだった。


 次に入れ替わったときは、オーナーになって理想を実現しよう。

 仲間として自分を認めてくれる人だけしかいない、敵が1人もいない世界を。




 そして2028年。響がオーナーになったタイミングで、リリーは再び3次元世界へ戻ってきた。最適化というシステムを利用してバグ調査組織RGBを設立し、出会ったオトナは「4次元に戻す」ことを条件に、組織の戦力にした。リリーにとって4次元人は敵なので排除する対象であり、オトナたちもまた4次元に戻りたいという願望があったので、両者はその条件に合意したのである。最初に組織に入ったのがあいりと茶緒ちゃおであり、そしてその日から、オーナーである響を狙った、組織としての行動が始まったのだ。




小ネタ)

 バグ調査組織RGBはリリーにより最適化というシステムを利用して設立されたため、セカンドリーダーやサードリーダーなど、一見するとバグに関係ない単語でも、RGBに関係していれば英語が使われている。

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