第16話 4人の時間
~第15話までのあらすじ~
杉野ヤヌ理論帳を読んだ響たちは、残された時間の短さを実感した。それぞれがこの先について考えを持ち、眠りについたのは午前1時を過ぎる頃だった。
最初に目が覚めたのは響だった。とはいっても、時間は12:00を過ぎている。
真っ昼間ではあるが、それでも3人はまだ夢の中のようだ。響は1人、ベッドから起き上がった。
「おはよ~」
そう言って最初に起きてきたのは
「あ、タメ口。」
伊奈瀬に言われてドキッとした。そういえば、伊奈瀬にはずっと敬語を使っていた。響はまだ少し寝ぼけているようだ。怒っているのかと思ったが、「悪くないじゃん」と言われ、響は安心した。
「おはようございます。響くん」
次に起きてきたのは
「おはよ。ひーくん」
最後に起きてきたのは
永久野、そこはクローゼットだ。
響は4人分の朝食を作り、全員で朝のひと時をゆったりと過ごしていた。昼だが。
「ねえ、ひーくん。今日は皆で行ってみたいところがあるの」
「どこですか?」
すると永久野は答えた。
「お花見」
永久野の言葉に、伊奈瀬と衣央もうなずく。響はその時、永久野たちも「気付いている」ことを理解した。
自分たちと響の間に残された、時間の短さに。
響は「考えられる時間」があまりにも短いと感じていた。自分がこれからどうするべきか。それに対して彼女らは、「響と一緒にいられる時間」の短さを感じていたのだ。
「是非、いきましょう」
響は考えを改めた。焦って答えを探しても、良い結果が待っているとは限らないのだ。今日の残りの時間は、難しいことを考えずに、4人で楽しい時間を過ごそう。
この前自然石を訪れたときと同じように、伊奈瀬の
目の前に広がるのは、いよいよ時期を迎える、チューリップ畑だった。赤、ピンク、白。黄色に紫。カラフルなチューリップが出迎えてくれたこの場所を、響は知らなかった。
どうやらここは、入場無料な庭園らしい。永久野たちがこの場所を知ったのは、一昨日、
「きれいだね」
伊奈瀬が言った。色とりどりのチューリップは、その香りとともに、響の心の疲れを和らげてくれる。本当にきれいだ。
「ねえ、ひーくん。チューリップの花言葉って知ってる?」
今度は永久野が言った。
「花言葉、ですか?」
響は知らなかった。
花見と聞いて思い浮かんだのは桜だったので、桜については少し調べてみた。桜の花言葉は「優美な女性」だった。だが、考えてみれば、いまは桜の季節ではない。
「チューリップの花言葉はね、思いやり」
永久野はそう言った。
「ま、ひっきーのことを一番に考えているのは私で間違いないわね」
「ちょっと伊奈瀬ちゃん!私だってひーくんのこと全力で思ってるんだから!」
「じゃああい、ひっきーのいいところ10個言ってみなさいよ。」
「いいよ、言ってあげる!えーと、まず...」
永久野さんが響の良い所を10個言っている間、響はチューリップの花言葉について気になったので、少し調べてみた。どうやら色ごとに花言葉を持っているようだ。赤は真実の愛、白は失われた愛。そして、紫は不滅の愛。
(不滅の愛...)
響は思った。糸葉やこの3人との関係が、このままずっと続けばいいのに、と。
「はい言った!次は伊奈瀬ちゃんの番だよ!ひーくんの好きな食べ物10個言って!」
「は、はあ!?そ、そんなのまだ聞いてないわよ」
「あれれ?伊奈瀬ちゃん、もしかして言えないの?私はひーくんのいいとこ10個言ったのに?」
「い、言えるわよ!えーとまず...男子高校生の好きなものと言ったら...唐揚げでしょ?あとポテトと...ハンバーガーと...」
偏見である。確かに響が好きなものではあるが...というか、ジャンクフードはずるいだろ。こんなやり取りをする2人に、衣央は「すごい...」というような尊敬のまなざしを向けていた。純粋なのだ、この子は。
決着は五分五分...だったのかは分からないが、全力で戦った2人をたたえるため、響一行は庭園内のカフェに来ていた。周囲は松林で囲まれており、とても静かな場所だ。
アフタヌーンティー。今の時間にぴったりだ。
響たちは4人掛けのテーブル席に腰かけ、1人1つ、飲み物と軽食のセットを注文した。
シンプルな木造のテーブルに並んでいるのは、スコーンとシフォンケーキ、そして熱い湯気の立つ4人分の紅茶である。たっぷり記念撮影をした後、4人そろっていただきますをした。
小ネタ)
本話で登場した庭園にも、神社や二本杉などと同様、モデルがあります。
なお、この物語の舞台は宮崎県を想定しています。
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