第15話 残された時間


「多分姉は、禁忌を犯すと記憶が消えることを言わないでくれたんだろう。言ったら尚更、俺が禁忌を犯しにくくなるからな」


 杉野ヤヌはそう言った。禁忌を犯すと...記憶が消える...。


 実際は、バグに関するすべての記録と記憶が、全世界から消えてしまったらしい。

 杉野美心も4次元に行ってしまったことで、始めから3次元に存在しなかったものとされたのだ。


 つまり、記憶が消えたのではなく、もともと存在しなかったことにされた...!


 これでは、いま彼が神楽美心に会ったとしても、それが姉だと認識できない。

 手の届かない世界へ姉が行ってしまった、弟の傷をいやす唯一の特効薬、姉との再会。それが失われただけではなく、そもそも彼は、傷を負っていることを知らないのだ。


「俺が教えられるのはここまで。あとは自分で答えを見つけると良い。」


 そう言い残して、ヤヌは帰っていった。




 響は杉野ヤヌのおかげで、当時の彼より早い段階で情報を得ることができた。禁忌を犯すことと、禁忌を犯さずに時間制限タイムリミットを迎えること。しかし響は気付いてしまった。

 それが行き着く未来がどちらも残酷なものであることに。


 自分がオーナーであることを他言し、禁忌を犯すことを選べば、全世界からバグに関する記録と記憶が消え、糸葉が4次元へ飛ばされ、糸葉が存在したこと自体を忘れる。

 時間切れタイムリミットを待ち、禁忌を犯さないままオーナーを終えること選べば、自分が世界から消される。これがオーナーとしての役目を果たせなかったことへの罰なのか。


 頭が真っ白になった。



 時間切れタイムリミットまであと4日。猶予があると思っていたが、これが自分に残された時間と考えると、あまりに短すぎる期間だ。


(...いや、待てよ?そもそもオーナーとしての役目って何だ??)


 ふと響は思った。

 オーナーには、何かするべき役割があるのだろうか。そうでなきゃ、この結末はあまりに不条理だ。


「お風呂、いいかな」


 永久野とわのが落ち着いた声で言った。時計を見ると0:30を過ぎている。

 理論帳を読むのに集中していて気付かなかったが、その声をきっかけに、体に猛烈な疲れが押し寄せるのを感じた。それもそのはず、朝早くからオトナと知り合い、慣れない飛行板に乗って自然石の場所まで行き、帰ってきたら杉野ヤヌと出会って彼の過去を知る。

 伊奈瀬いなせと永久野に初めて出会ってから、まだ1日も立っていないことに驚くほど、響は時間を長く感じた。


 永久野、伊奈瀬、衣央いおの順に風呂に入った。

 オレが出会った順番と一緒だな、などと考えながら、響は無機質なアパートの天井を眺めていた。


 お客様用の布団を総動員して寝たのは、その夜が初めてだった。それでも響が寝る布団がなかったので、伊奈瀬に気付かれないよう、端で寝ていた彼女の背後で息をひそめながら寝た。



小ネタ)

本作品では

飛行板=フライングボード、時間切れ=タイムリミット

などの、英語での読みが使われています。その理由は、バグに関連しない言葉が日本語に統一されたため、それらと区別するためです。英語が使われている言葉があれば、それはバグに関係しているということです。

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