第15話 残された時間
「多分姉は、禁忌を犯すと記憶が消えることを言わないでくれたんだろう。言ったら尚更、俺が禁忌を犯しにくくなるからな」
杉野ヤヌはそう言った。禁忌を犯すと...記憶が消える...。
実際は、バグに関するすべての記録と記憶が、全世界から消えてしまったらしい。
杉野美心も4次元に行ってしまったことで、始めから3次元に存在しなかったものとされたのだ。
つまり、記憶が消えたのではなく、もともと存在しなかったことにされた...!
これでは、いま彼が神楽美心に会ったとしても、それが姉だと認識できない。
手の届かない世界へ姉が行ってしまった、弟の傷をいやす唯一の特効薬、姉との再会。それが失われただけではなく、そもそも彼は、傷を負っていることを知らないのだ。
「俺が教えられるのはここまで。あとは自分で答えを見つけると良い。」
そう言い残して、ヤヌは帰っていった。
響は杉野ヤヌのおかげで、当時の彼より早い段階で情報を得ることができた。禁忌を犯すことと、禁忌を犯さずに
それが行き着く未来がどちらも残酷なものであることに。
自分がオーナーであることを他言し、禁忌を犯すことを選べば、全世界からバグに関する記録と記憶が消え、糸葉が4次元へ飛ばされ、糸葉が存在したこと自体を忘れる。
頭が真っ白になった。
(...いや、待てよ?そもそもオーナーとしての役目って何だ??)
ふと響は思った。
オーナーには、何かするべき役割があるのだろうか。そうでなきゃ、この結末はあまりに不条理だ。
「お風呂、いいかな」
理論帳を読むのに集中していて気付かなかったが、その声をきっかけに、体に猛烈な疲れが押し寄せるのを感じた。それもそのはず、朝早くからオトナと知り合い、慣れない飛行板に乗って自然石の場所まで行き、帰ってきたら杉野ヤヌと出会って彼の過去を知る。
永久野、伊奈瀬、
オレが出会った順番と一緒だな、などと考えながら、響は無機質なアパートの天井を眺めていた。
お客様用の布団を総動員して寝たのは、その夜が初めてだった。それでも響が寝る布団がなかったので、伊奈瀬に気付かれないよう、端で寝ていた彼女の背後で息をひそめながら寝た。
小ネタ)
本作品では
飛行板=フライングボード、時間切れ=タイムリミット
などの、英語での読みが使われています。その理由は、バグに関連しない言葉が日本語に統一されたため、それらと区別するためです。英語が使われている言葉があれば、それはバグに関係しているということです。
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