第6話 再び、金澤 千恵の話


姉の千代子は、昔から私を邪険じゃけんにしていました。頭の回転が早く弁が立つ姉には勝てないので、姉の前では愚鈍ぐどんな妹を演じました。

そうすることで自分が傷ついてることをさとられないようにしてたんです。


姉の結婚話が具体化した頃、事あるごとに

母の前で「姉さん、あんなに体が弱いのに結婚して大丈夫かしら…」と洩らしました。

母が心配性だった“せい”と言っていいのか、“おかげ”と言っていいのか分かりませんが、姉の代わりに私が結婚することになりました。


嬉しかったですねぇ。姉がお相手を好きなことには気がついてましたから、初めて姉に勝った気分でした。結婚してすぐに妊娠した時も、ますます姉に差をつけたようで浮かれてましたね。


でも連日、般若はんにゃのように怖い顔をした女に追いまわされる悪夢を見るようになって…。


私はそれを自身の罪悪感の表れだと思いました。姉に対して密かに敵愾心を持ち、結婚相手を奪ったことに対して心の奥ではやましさを感じてたんだろう、と。


結局、流産してしまい、直後に姉から贈られた人形に針が打ち込まれていたことに気がつきました。さすがにショックでした。


このままではよくないと思い、腹を割って話すべく姉を訪ねたのですが、取り付く島もなくて。養子を貰う話まで揶揄やゆしてきたので諦めて以降は関係を断ちました。母に人形の件を打ち明けると、姉と距離を置くことに協力してくれましたよ。


人形は、母の従兄弟に処分をお願いしたんです。なんでも有名なお寺と懇意こんいにしてるので、そこで供養してくれるという話だったのですが、いま考えたら嘘だったんでしょうね。隠れて売却したのだと思います。でも、その従兄弟が美由紀との養子の話を持ってきたのだから、世の中分からないものです。


因みに姉はその後、入退院を繰り返し、若くして亡くなりました。可哀想とは思いませんし、お見舞いにも一度も行ってません。正直、清々せいせいしました。



ずっと人形のことは忘れてましたよ。

それどころじゃなかったですから。

だから美由紀の家に、あの人形があった時は驚きましたよ。そばで志帆が泣いていて、詳細は分からなくても察しはつきました。


人形を調べてみたら、まだ針が残ってたので、なんとか抜いて人形と共に今度こそ処分しました。


ただ、私は志帆たちと長くは暮らせませんでした。体調を崩して病院に行ったら、腎臓や心臓などに異常が見つかり、そのまま入院することになったからです。

これが長年の不摂生ふせっせいによるものか、姉の悪意の“残滓ざんし”によるものか分かりません。

…いえ、たぶん後者でしょう。

何故なら私の体に、いくつもの小さな噛み傷を見つけましたから。まるで人形に噛まれたようでしたよ…。ただ、志帆や美由紀、賢治さんに異変がないことは唯一の救いです。


私は、日に日に弱っています。

眠ると夢の中に般若はんにゃが出てきて、こちらを見てニタニタ笑ってます。

その般若はんにゃが姉なのか、鏡に映った自分なのか分かりません。

ただ、私たち姉妹はよく似ています。

ともに胸の内に悪意や怨恨という“針”が刺さり、ずっとその痛みに苦しんでました。

そしてその痛みも、もう時期終わります。



私は死んだら姉と同じところに逝くのでしょうか? そこで姉と再会するのでしょうか?


その時は、やっぱり、お互いに憎み合うと思います──。





 ─了─

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人形のはなし @tsutanai_kouta

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