第5話 俺を家に泊めてください!
「そうか、それは残念だったな」
「最初から冒険者になる気はなかったんだけど……どうも馬鹿にされたままでは終われないっていうか」
夜飯を食べ終えた後、俺たちは近くの海辺で塩の匂いがする夜風を浴びながら、ギルドで起きた出来事について話していた。
「そんな発言するなんて、お前は冒険者に向いてるよ。想像以上に自分の能力が低くて冒険者を諦める奴は腐るほどいる」
「そうなのか」
「だが、お前は誰かを見返したいという強い意志を持っている。そういう奴ほど冒険者に向いているんだ。先に言っておくが、これはお世辞でも励ましの言葉でもないからな」
なぜ、アリトレがこんなことを言うのか……どうしてそんな真っすぐな瞳で自分を見るのか俺にはあまり理解できなかった。だが、彼の発する言葉に強い思いが乗せられていることだけはよく伝わってきた。
「まあ頑張れよ、それじゃあ俺は帰るわ」
アリトレはお尻に付着した砂を手で振り払ってその場から立った。
異世界に転生して、無事に1日目を乗り越えることができたのは間違いなくこの人のおかげだ。
今すぐにでも感謝を伝えたいところだが、このあと迷惑を掛けるのでまだ感謝の言葉は伝えないでおく。早速、その用件を俺は伝えることにする。
「アリトレ、今日初めて会った人にこんな事を言うのは常識外れだと思う。だけど、聞いてほしい」
俺はしんみりとした感じを演出し、相手に見つからないよう大きく欠伸をして目に涙を浮かべる。
男性は情に訴えられるのに弱いと俺は思っている。根拠はないのだが、自分がアマルさんの悲しそうな表情に罪悪感を覚えたことがこの行動に至った理由だ。
特にアリトレのような友達を大事にしていそうな性格をする男性ほど効果覿面である(自分調べ)。
「自分の家を持っていないんだ……ある事情のせいで衣食住を失ったんだ。グスン……だからさ、自分の家が買える日が来るまで俺をアリトレの家に泊めてくれないか?」
俺は目頭を押さえ顔を俯いて言う。涙を流すことができなかった。こういう場合、相手に自分の顔を見られてはいけない。ここで涙を流せれたら、俺は一流俳優として生きることができた。
「ああ、そうなのか。別にいいぜ。俺の家に余ってる部屋が1つあるから、そこを使えよ」
「え、いいの!?」
「なんでそんな驚いているんだ、お前から頼んできたんだろ?」
「た、確かに……」
あっさりと頼みを受け入れてもらったことに俺は驚きを隠せなかった。そんな俺をアリトレは呆れた様子で見てくる。あの時の俺、よくアリトレに声をかけてくれた。過去に戻れたら、自分を抱きしめてあげたい。
だが、アリトレがあまりにも優しすぎて何か裏があるのではないかと思えてくる。まだ会って数時間しか経っていない他人に夜飯、道案内、部屋を貸してくれるとか後々生涯を尽くしても払えない金額を請求してきそうで怖い。
でも、今はそんな後先のことより生きることだけを考えよう。もしその状況が訪れたら、その時に考えればいい。「本当にありがとうございます!」、と俺は砂浜に埋まるほど大きく振りかぶって頭を下げ土下座した。
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