第36話 国を守るために

「子供なんてどうでもいい――」


 アイリのその言葉が頭の中で何度も響いている。以前の彼女なら、こんなことを言うはずがなかった。それを思い出すと余計に腹が立つ。


 俺は拳を握りしめながら彼女を睨んだ。アイリは震え、泣き崩れている。だが、その姿に同情する余裕はなかった。怒りの炎が心を焼き尽くしていく。


「ジュラーク、そんなに怒るなよ。」


 横から聞こえた声に、俺は目を向ける。哀れみを込めた目でこちらを見ているレオンだ。


「天魔の力が子供に継承することを考えたら、アイリよりも子供の方が価値があるだろう?」


 冷たい、無機質な言葉がレオンの口から出てきた。


 その瞬間、俺の中で何かが切れた。アイリが泣き崩れているのに、目の前の男はその言葉に何の感情も込めていない。ただ、事実を述べているようなその態度に、怒りが沸騰した。


「おい……ふざけるなよ。」


 低い声でそう言うと、レオンは肩をすくめた。


「何だ、事実を言っただけだ。」


 その言葉にアイリがさらに悲しそうに泣き崩れる。だが、レオンはそれを気にも留めない様子だ。


「少し黙れ。」


 俺は静かに言った。だが、その言葉には怒りが滲んでいた。


「なんだ、その目は。」


 レオンがニヤリと笑い、俺に向き直る。


「俺に復讐したいのか? それとも、まだ何か言いたいことがあるのか?」


 俺は剣を握り直しながら、静かに彼を見据えた。目の前にいるこの男――レオン。こいつがいなければ、俺の人生はこんな風にはならなかった。俺が失ったもの、壊されたもの、それを全て背負わせるべき相手がこいつだ。


「……お前は何もわかっていない。」


 そう言い放ちながら、俺は一歩彼に近づいた。


「国のためだ? 子供の価値だ? 全部、自分の言い訳にしか聞こえない。」


 レオンはその言葉に眉をひそめたが、すぐに笑みを浮かべる。


「俺が守っているのは国だ。お前が憎むゼファラ王国だぞ。お前には何が守れる?」


 その挑発的な言葉に、俺はさらに剣を握りしめた。


「俺には守るべきものがある。それがお前にはわからないんだろう。」


 俺は怒りを抑えつつ、冷静に言葉を選ぶ。レオンの挑発に乗る気はないが、こいつに俺の気持ちを理解させるつもりもない。ただ――







「国を守るため、そして龍を殺すため――」


 レオンが無感情に話し始める。その言葉の一つひとつが、俺の胸に新たな怒りを植え付ける。


「アイリを連れて行ったのも、そのためだ。そして子供を産ませた。それも計画のうちだった。」


 レオンの言葉は平然としていて、そこに一切の後悔や罪悪感は見えない。


「……計画通り、だと?」


 俺は剣の柄を強く握りしめる。怒りが爆発しそうになるのを必死に抑え込んだ。


「お前の計画とやらで、俺の人生はぐちゃぐちゃにされた。」


 低い声でそう言い放つと、レオンはわずかに口角を上げる。


「俺の計画は正しかった。国を守るためには、龍を殺さなければならない。そのために天魔の力が必要だった。」


「だからアイリを利用したと?」


 俺の問いに、レオンは何の迷いもなく頷いた。


「そうだ。彼女の天魔の力は強力だ。それを使わなければ、いずれ龍に壊される未来しかない。」


 その言葉に、俺の怒りは頂点に達した。だが、それ以上に冷静になろうと深呼吸をする。怒りだけでは解決しない。今は、それを知っている。


「お前の言葉を信じると思うか?」


 俺は冷たい声で問いかけた。レオンの瞳には、ほんの少しの余裕が見える。


「信じる必要はない。ただ、俺の言っていることは事実だ。残っている龍を全て倒さなければ、国どころか世界そのものが龍に支配される。」


「……だからと言って、お前のやり方が正しいとは思えない。」


 俺は冷静に言葉を放つ。レオンの目は相変わらず冷たく、そこに揺らぎはない。


「龍を倒す目的は同じだとしても、俺はお前を信用するつもりはない。」


 レオンは鼻で笑い、肩をすくめる。


「信用する必要はない。だが、事実は事実だ。」


「お前の本当の目的は何だ。」


 俺は鋭く問いかけた。レオンの目をまっすぐに見据えながら言葉を続ける。


「国を守るため、なんて綺麗ごとで済むとは思えない。お前が本当に求めているものは何だ?」


 レオンは一瞬だけ黙り、冷たく笑った。


「俺の目的は国のためだ。それ以外にはない。」


 その一言を残し、彼は目を逸らした。その態度が、逆に嘘を隠そうとしているように見えた。

 俺は深く息を吐き、レオンへの興味を断ち切った。


「俺は龍を倒すために進む。それだけだ。」




 レオンが話す言葉の冷たさとは裏腹に、その目には確かな決意が宿っていた。少なくとも、龍を倒すという目的において、彼が嘘をついていないのは明らかだった。だが、これまでの行いが俺の中にある不信感を払拭することはない。


「どちらにせよ、これは運命だ。」


 レオンが再び口を開く。その言葉には淡々とした響きがあった。


「アイリが俺に連れてこられたのも、子供が生まれたのも、すべて運命の流れだ。」


「……運命だと?」


 俺は静かに問い返した。その言葉を聞くたびに、怒りが込み上げてくる。


「そうだ。だが、運命を利用するのも力の一つだ。」


 レオンの薄笑いは消えて、今度は真剣な表情が浮かんでいた。


「それより、ジュラーク。国のことを話さないか?」


 不意にレオンが提案してきた。その内容に、俺は眉をひそめる。


「国のことだと? そんな話、俺が聞くと思うか?」


 冷たく言い放つが、レオンはその言葉に対して微かに笑みを浮かべた。


「お前の親に関係がある。」


 その一言が俺の胸を刺した。瞬間、心臓が大きく跳ねる。


「……どういうことだ?」


 俺は剣を握りしめながらレオンを睨みつける。レオンはその視線を受けながら、少し目を細めた。


「ここで全部話すのは時間がかかる。だが、お前の親と俺たちゼファラ王国の歴史には深い関わりがある。」


「何が言いたい……?」


 俺の問いに、レオンは言葉を区切りながら続けた。


「お前が俺を信用するかはどうでもいい。ただ……お前の過去を知れば、龍を倒すことの本当の意味が分かるはずだ。」


 その言葉に、俺の心はざわつく。親とゼファラ王国の歴史――どういうことなのか。だが、レオンを信じるべきではないという気持ちが、同時に俺の理性を抑え込む。


「……続きを話してみろ。」


 深く息を吸い、冷静さを取り戻して言う。レオンは少し笑みを浮かべたが、どこか険しい目をしていた。


「いいだろう。だが、それにはまず、ゼファラ王国の歴史を知る必要がある。」


 レオンの話がどこまで本当か分からない。だが、親に関わる話を無視することはできない。俺は心の中で覚悟を決め、彼の話を聞くことにした。


「……話してみろ。」


 レオンは頷き、ゆっくりとゼファラ王国の秘密を語り始めた。

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