第34話 解放と奴隷

 龍を倒し、レオンとアイリが氷漬けになった後、俺たちはユキナに案内され、とある部屋の前に立っていた。その扉は分厚く冷たい氷でできており、まるで外界との隔絶を象徴しているかのようだった。


「ここです。」


 ユキナが静かに言う。


 俺はその扉を見つめ、息を整えた。スズカも緊張した面持ちで、俺の横に立っている。


「この先に……?」


 スズカが震える声で尋ねる。


 ユキナは短く頷き、扉に手をかざした。冷気が一瞬にして霧のように広がり、重々しい音を立てて扉が開く。


 中に足を踏み入れると、そこには見慣れた姿――氷漬けのレオンとアイリがあった。そのまま少し進むと、さらに奥にもう一つの氷像が立っていた。


「あ……!」


 スズカが反応する。その視線の先にあったのは、彼女の兄らしき男性の姿だった。


「これが……」


 俺も息を飲んだ。彼女の兄だというその人物は、スズカにどこか似た優しそうな顔立ちをしていた。

 ユキナがその氷像に歩み寄り、そっと手を触れた。彼女の動きは慎重で、冷気の中でもどこか温かみを感じさせるものだった。



「では、お約束通り解放します。少しお待ちを。」



 ユキナは目を閉じ、集中するように小さく息を吐いた。彼女の手から淡い光が放たれ、それが氷像を包み込む。やがて光が強まり、氷が徐々に溶け始めた。


「お兄ちゃん……!」


 スズカが泣きそうな声で呟く。


 氷が完全に溶けたその瞬間、スズカは崩れ落ちそうになった彼の体を必死に受け止めた。氷の中で閉じ込められていたスズカの兄が、彼女の腕の中に横たわる。

 スズカは彼を抱きしめ、涙を流しながらその名前を呼び続けた。


「残念ながら、すぐには目を覚ましません。」



 ユキナが冷静に説明を始めた。



「仮死状態から解放したばかりです。意識が回復するには、暖かい場所で時間をかけて休ませる必要があります。でも……これで彼は確実に救われました。」



 スズカは涙を拭いながら、頷いた。



「よかった……本当によかった……!」



 彼女の声は涙で震えていたが、その中には確かな安堵が込められていた。


 俺はスズカの様子を見ながら、ふと息をついた。


(とりあえず……よかった。)


 俺の胸にも少しだけ安堵が広がる。スズカの兄が救われたことで、彼女の心に少しでも平穏が戻るなら、それだけで十分だと思えた。


「スズカ……お前、よく頑張ったな。」


 俺は小さく声をかけた。


「ジュラークさん……本当にありがとうございます。」


 スズカは兄を抱きしめたまま、俺に向かって感謝の言葉を口にした。その瞳からはまだ涙が溢れていたが、その表情は間違いなく安堵と喜びに満ちていた。


 俺は彼女の姿を見て、静かに微笑んだ。



 スズカは泣きながら兄を抱きしめたまま、俺に向かって深々と頭を下げた。その姿を見て、俺の胸にわずかな温かさが広がる。


 だが、俺だって同じだった。俺もまたスズカに救われたのだ。


「……俺もお前に助けられた。」


 俺は静かにスズカに言った。目の前にいる彼女がいなければ、俺はきっとこの旅を続けられなかっただろう。


「ジュラークさん……。」


 スズカは涙を浮かべながら微笑む。その表情には感謝と安堵が溢れていた。


 しかし、その感動に浸る時間は長くはなかった。


「さて、これからですね。」


 ユキナが微笑みながら静かに口を開く。その声には冷静な響きがあった。


「感動しているのは結構ですが、まだやるべきことがたくさんありますよね?」


 俺はその言葉に少し驚きながらも、すぐに気を引き締めた。


「あぁ……そうだな。」


 スズカの兄を救った。それは一つの大きな成果だ。だが、俺たちの旅はまだ終わっていない。


 龍を倒すこと。それがここに来た最大の目的だ。

 そして、目の前で氷漬けにされている二人――レオンとアイリ。この二人をどうするかも、今後の俺たちにとって重要な問題だった。


「ここは、元々ゼファラ王国奴隷の収容所でもあったみたいです。」


 突然、ユキナが静かに語り始めた。


「今では私の氷漬け保管庫のようなものですけどね。」



 その言葉に、俺は息を飲んだ。スズカも驚いたように顔を上げる。


「奴隷って……どういうことですか?」


 スズカが震える声で尋ねる。


「そのままの意味です。」


 ユキナは淡々と続ける。


「過去も今も、ゼファラ王国のやり方は変わりません。人を物のように扱い、役に立たなくなれば捨てる。それがあの国のやり方です。」


 ユキナの言葉は静かだったが、その内容は鋭く、胸に突き刺さるものだった。

 スズカは兄を抱きしめながらその話を聞き、目を伏せた。


「……そんな……。」


 ユキナは俺を見つめ、さらに続けた。


「いわば、ここにいる人たちは皆奴隷です。彼らがどうなるか、何をされるかは、全てあなたに委ねられます。」


 ユキナは冷たい瞳で俺を見据える。


「この二人――レオンとアイリも同じこと。彼らをどうするかは、あなたが決めてください。」


 俺はその言葉に一瞬たじろいだが、すぐに視線を氷漬けの二人に向けた。レオンとアイリ。かつての仲間であり、今は敵。


 俺の胸に湧き上がる感情は複雑だった。怒り、悲しみ、そして……虚しさ。


「……どうするか、か。」


 俺はポツリと呟いた。冷気に包まれたその場で、次の一手をどうするべきか、深く考え始めた。



「スズカ、ここは寒すぎる。お兄さんを暖かいところに連れて行ってやれ。」


 俺はスズカに向かってそう言った。


 彼女は兄を抱えたまま、少し迷うような表情を浮かべたが、やがて小さく頷いた。


「……わかりました。」


 彼女の声には微かな不安が混じっていた。


「ユキナ、悪いが……」


 俺はユキナに向き直りながら続けた。


「この二人の氷漬けを解いたら、部屋から出て行ってくれないか?」


 ユキナは一瞬だけ眉を上げたが、すぐに理解したように軽く頷いた。


「なるほど、そういうことですか。わかりました。」


 スズカは「じゃあまた後で」と小さく声をかけ、兄を背負って部屋を出て行った。



「この部屋を出て左に行けば暖炉のある部屋があります。そこで休ませてあげてください」


 スズカはこくりと頷き、兄を背負いながら慎重に部屋を後にした。その姿が完全に見えなくなったのを確認し、俺は再びユキナに向き直った。


「二人の氷漬けを解いてくれ。……それと、動けないように拘束しておけ。」


 俺の言葉に、ユキナは興味深そうな笑みを浮かべる。


「いいでしょう。私にとってはどうでもいいことですが……あなたの決意、見せてもらいましょうか。」


 彼女は冷静な手つきで氷漬けの二人の近くに歩み寄り、そっと手を触れた。淡い光がユキナの手元から広がり、凍りついていたレオンとアイリの体を包み込む。氷がゆっくりと溶けていき、冷たい水滴が床に落ちる音が響く。


「よし、拘束しておくぞ。」


 ユキナの言葉と共に、解放されたレオンとアイリの体には冷気で作られた拘束具が巻きつけられていく。手足の自由を奪われた状態で、二人は床に横たわったままだ。


「……これで準備は整いました。」


 ユキナは淡々とした口調で俺に告げ、肩をすくめる。


「では、私はここで失礼します。あとはご自由に。」


 彼女はその場を立ち去り、部屋には俺と二人だけが残された。


 目の前にいるレオンとアイリ――。


「さて……どうしてやるか。」


 俺は睨みつけるように二人を見下ろし、剣を手に取った。その刃先にわずかな炎を灯しながら、心の中で怒りと憎しみが渦巻くのを感じていた。


 許せるはずがない――絶対に。


「色々聞き出してやる。それと……お前たちに同じ苦しみを味あわせてやる。」


 俺は低く呟き、剣を握り締めた。その決意が、冷たい部屋の空気をさらに張り詰めさせていた。

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