第30話 本物の力
青の龍が目の前で苦しげに呻き声を上げていた。俺の拳から放たれる炎は、龍を包む冷たい氷を次々と溶かし、その巨大な体は徐々に小さくなっていく。
「やはり、効いてるな……。」
剣を握り直し、俺は一歩前に踏み出した。炎が周囲の冷気をかき消し、龍の圧倒的な存在感を打ち崩していく。これまでの戦いで感じた重圧が消え、手応えが確実に伝わってくる。
龍は怒りに満ちた目で俺を睨みつけ、最後の力を振り絞って冷気を放ってきた。しかし、その攻撃を俺は軽々と回避し、剣で打ち消す。
「こんなもんか……。」
俺は無意識に口角を上げた。この戦いで苦戦している様子は一切ない。これが俺の本来の力――天才剣士としての実力だと、確信できた瞬間だった。
ふと、龍を一撃で追い詰めながら、俺の視線は横にいるレオンに向かった。氷の湖に膝をつき、惨めな姿で倒れ込んでいるあいつ。かつて俺を呪いで苦しめ、全てを奪った張本人。
「どうだ、レオン……これが本物の力だ。」
心の中でそう呟く。だが、胸に去来するのは単なる勝利の喜びではない。一度、あいつに負けた事実が俺の中に残り続けているからだ。だからこそ、この勝利が俺にとって重要だった。
「グオォォ……!」
龍の体が小さくなり、巨大だった姿が次第に崩れ落ちていく。最後の抵抗も虚しく、全身が溶けるように崩れていく。その冷たく威圧的だった瞳にも、もはや光はない。
俺は剣を下ろし、ゆっくりと息を吐いた。龍の体が完全に崩れ落ち、湖の中へと沈んでいくのを見届ける。
目の前に広がる静寂――それは戦いの終わりを告げるものだった。冷気が薄れ、湖の氷が静かに解け始めている。
「やっと……少しだけど、前に進めた。」
俺はつぶやいた。勝利の余韻に浸る間もなく、心の中には様々な思いが溢れていた。過去に負けた屈辱、奪われたもの、そして目指す未来――全てが頭を巡る。
青の龍が湖に沈み、その巨大な体が完全に消失する。冷気に満ちていた空間が徐々に解放され、氷の湖は静寂を取り戻していく。戦いの余韻が、空気中に漂う水蒸気とともに薄れていった。
俺は剣を鞘に収め、ゆっくりと息を整えた。この勝利に感じるものは安堵だけだった。感傷に浸る暇もなく、俺の中には次の目標に向けての静かな決意が芽生えていた。
レオンもアイリも、今の俺にとってどうでもいい存在だ。いや、正確には、彼らに対して何かを思う感情がすでに薄れていた。
「愛していた……はずだ。でも、結局、無理だったんだ。」
俺は心の中で静かに呟いた。彼女が理想の相手を見つけたなら、それでいい。それは俺のせいでも、彼女のせいでもない。ただ、俺たちはそこまでの関係だった。それだけのことだ。
目の前の龍を倒すこと。それが今の俺にとって唯一の優先事項だった。そして、やり遂げた今、心に余計な迷いは残らなかった。
「ジュラークさん!」
戦いが終わると、スズカが駆け寄ってきた。少し涙目になりながらも、笑顔を浮かべている。
「やりましたね! 本当にすごかったです……!」
俺は彼女に手を差し出し、軽く頷いた。スズカの顔には、心からの喜びが溢れていた。俺の心にも、不思議と温かい感情が広がる。
「お前のおかげだ。ありがとう、スズカ。」
その言葉に、スズカはさらに笑顔を深め、嬉しそうに頷いた。
「見事でしたね。」
後ろから静かに歩み寄ってきたユキナが、冷静な口調で言葉をかけてくる。その顔にはいつもの冷徹さではなく、少しだけ柔らかさが混じっているように見えた。
「だったら、もう少し手伝ってくれてもよかったんじゃないか?」
俺が少し皮肉を込めて言うと、ユキナは肩をすくめながら静かに微笑んだ。
「私の属性では、あなたの炎の邪魔になるだけですから。それに、あなた一人で十分だったでしょう?」
その言葉に、俺は苦笑いしながら「確かに」と頷いた。
「これで終わりじゃない……まだ、やるべきことが残っている。」
アイリのことはもう俺の心から消えた。過去に縛られる必要はない。今の俺にとって大切なのは、自分を想ってくれる人、そして自分自身の目指す未来だ。
氷の湖が静寂を取り戻す中、突然、聞き慣れた声が響いた。
「ジュラーク!」
その声は、昔よく聞いた声だった。俺はその声に反応し、そちらを向く。そこに立っていたのはアイリだった。
「すごい! 本当に……すごいわ、ジュラーク!」
アイリは笑顔を浮かべながらこちらに駆け寄ろうとしてきた。しかし――。
「近寄るな。」
俺は剣を取り出し、冷たい視線を送る。アイリの足がピタリと止まる。彼女はビクッと震え、困惑した表情を浮かべた。
「え……どうして……?」
彼女の声は戸惑いと驚きに満ちていた。だが、俺の怒りはすでに頂点に達していた。
「お前、本気で言ってんのか?」
俺の言葉には、冷たさと怒りが混ざり合っていた。それに反応するように、スズカが俺の隣に立ち、アイリを鋭い目で睨みつけた。
「スズカ……?」
アイリの声はか細く、状況を理解できていないようだった。だが、スズカの目は冷たく、それ以上の言葉を拒むようだった。
「だって……私は……」
アイリが何かを言おうとしたその瞬間、俺はさらに一歩踏み出し、剣を構え直した。
「『だって』だと? お前が今さら何を言うつもりだ? 俺を捨てたんじゃなかったのか?」
俺の言葉に、アイリは目を見開き、後ずさりする。彼女の表情は驚きと困惑、そしてどこか悲しげだったが、俺はその表情を見ても微塵も揺るがなかった。
「お前が選んだ道はそっちだ。俺がどんなに苦しんだかなんて、考えたこともなかったんだろう?」
アイリは何かを言おうと口を開いたが、その声は震えていて、はっきりとは聞き取れなかった。
「そんな顔をして近寄ってくるな。お前の言葉なんてもう信じない。」
スズカが一歩前に出て、俺に代わって言葉を続けた。
「ジュラークさんを苦しめておいて、何事もなかったような顔で近づくなんて……あなたの言葉は軽すぎます。」
アイリは震える声で言った。
「……でも……私はただ……」
その言葉に、俺は鋭い声で切り返した。
「『ただ』だと? ただ何だ? お前のその無責任な態度が、どれだけ人を傷つけるか分からないのか!」
俺の怒りは止まらなかった。過去の記憶が一気に押し寄せ、冷静さを保つのがやっとだった。
アイリは何も言えず、その場で立ち尽くしていた。スズカはさらに俺の側に寄り添い、アイリを鋭く見据えた。その姿は、俺を守る盾のようにも見えた。
湖の静寂は、怒りの余韻とともに冷たく張り詰めていた。
アイリの表情が変わった。困惑から動揺、そしてどこか恐怖を含む目で俺を見つめていた。
「ジュラーク……そんな風に私を……そんな目で見るなんて……」
彼女の声は震えていたが、俺の心には何の響きも与えなかった。
「そんな目で? 当たり前だろう。」
俺は剣を少しだけ下ろしながらも冷たい声で言い放った。
「お前が何をしたか、何を選んだか……忘れたなんて言わせない。」
アイリの足は震えていた。スズカが一歩前に出て、さらにアイリに冷たい視線を送る。
「ジュラークさんが、どれだけ苦しんだか……あなたには分からないでしょうね。」
その言葉に、アイリは肩を小刻みに震わせ、目を伏せた。
「でも……私はただ、ジュラークが……」
彼女がまた何かを言いかけたが、俺は手を上げて制した。
「もういい。」
その一言でアイリは言葉を失い、涙ぐむように俺を見つめていた。
スズカがさらに俺の横に近づき、小さな声で囁いた。
「ジュラークさん、大丈夫ですか……?」
その問いに、俺は軽く頷きながら剣をしまった。
「大丈夫だ。お前がいてくれる。」
その言葉にスズカは少しだけ安心したように微笑むと、再びアイリに向き直った。その瞳には、怒りと冷静さが混ざり合っていた。
「アイリさん、あなたにはもう関係のないことです。」
アイリは目を潤ませながら、それでも何かを言おうと口を開いた。
「私は……私は、ただ……」
しかし、スズカの一言が彼女を遮った。
「ただ、何ですか? ただジュラークさんを苦しめたかっただけですか?」
その言葉にアイリは完全に沈黙した。
俺は一度深呼吸をして、冷静さを取り戻した。
「アイリ、俺の人生にはもうお前の居場所はない。」
その一言が、過去の全てを断ち切る言葉だった。アイリは涙を浮かべたまま、何も言い返せなかった。
「行け。お前がいるべき場所は、ここじゃない。」
俺の言葉に、アイリは震えながらその場に崩れ落ちた。
そして、スズカが小さな声で呟いた。
「ジュラークさん……大丈夫ですか?」
「……ああ、心配するな。」
俺はスズカの頭に軽く手を置き、微笑みかけた。
「お前のおかげで、もう迷うことはない。」
スズカはその言葉に少しだけ顔を赤らめながら、小さく頷いた。
そして、俺たちは再び進むべき道を見据える。
しかし、アイリはまた俺の方を見てさらに激高する言葉を放った。
「私の方が好きなのに、レオンに言われた通りにすれば……また元に戻れると思ったのに!」
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