第28話 邂逅


 スノーフォールの氷の湖、その中心でレオンたちは青の龍と向き合っていた。氷を司るその龍は、全身を覆う冷たい鱗が光を反射し、威厳と圧倒的な力を感じさせた。


「これが……青の龍か。」


 これまで数々の難敵を倒し、修羅場をくぐり抜けてきたレオンにとって、この龍もまた倒すべき相手に過ぎないはずだった。


「面白い……お前も倒してみせる。」


 レオンは剣を構え、鋭い目で龍を見据えた。その言葉には自信と余裕が滲んでいた。




 レオンは一気に龍との距離を詰め、その巨大な体に向かって剣を振り下ろした。しかし――。


「……何だと?」


 彼の剣が龍の鱗に触れた瞬間、鋭い金属音とともに跳ね返される。傷一つつけることができない。


「ならば――天魔の力を……!」


 剣に天魔の炎を宿し、再び龍の体へと攻撃を仕掛ける。しかし、龍の放つ冷気がその炎を消し去り、力を無効化する。


「くそっ……!」


 レオンの表情に、これまで見せたことのない動揺が浮かぶ。思い通りにならない戦況に、彼の余裕は徐々に失われていった。



「こんなはずじゃない……!」


 レオンは再び剣を握り直し、攻撃を試みる。しかし、龍は冷気の壁を作り出し、その巨大な体でレオンを圧倒していく。



 以下のように台詞を調整することで、レオンの冷徹さを保ちながらも焦りを表現することができます。


「……動け、もっと早く回復させろ。」



 レオンは低い声でアイリに命じた。怒りを押し殺したようなその口調には、焦りが滲んでいる。


「ご、ごめんなさい……!」



 アイリの声は震えていた。彼女は必死に力を注ぎ込むが、その小さな手は冷気の前で震えている。


「足りない……この程度じゃ足りないんだ……!」



 レオンの声がわずかに上擦る。その目は目の前の龍に向けられているが、焦点は定まらず、自分自身の無力感を噛みしめているようだった。



「アイリ……時間を無駄にするな。俺はここで倒れるわけにはいかない。」


 彼は声を押し殺しながらも、無理やり冷静さを装っていた。その言葉の奥底には、これまで味わったことのない劣勢への苛立ちが滲んでいた。

 その手は凍傷で感覚を失いかけ、剣を握るのも難しくなっている。



「レオン、大丈夫なの……?」


 アイリは怯えた表情を浮かべながら駆け寄り、天魔の力で彼の凍傷を癒し始めた。しかし、その手も震えている。目の前の龍と、苦戦するレオンの姿が、彼女の心に恐怖を植え付けていた。



(どうして……こんなに追い詰められているの……?)


 彼女の目には涙が浮かび、ただ必死に力を注ぎ込むしかなかった。



 龍の冷気が再び強まり、レオンはその圧力に膝をつきかけた。剣を支えにして立ち上がろうとするが、体が言うことを聞かない。


「……まだ……終わらない……。」


 息切れする中で彼が絞り出した言葉には、最後の意地と執念が込められていた。



「こんなはずじゃない……!」


 レオンは剣を握り直し、再び龍に向かって一撃を繰り出す。だが、剣はまたしても鱗に跳ね返され、傷一つつけることすらできない。手に伝わる衝撃が、彼の焦りを一層強めていく。


「くそっ……なぜ通じない」


 これまで彼を支えてきた自信が、次第に崩れていく。天魔の力を宿した剣も、龍が放つ冷気の前では力を発揮できず、無力感がレオンを苛んでいた。


 龍はその巨大な体を揺らすこともなく、ただ冷たくレオンを見下ろしている。その無言の威圧感が、彼の心にさらなる重圧を加えていた。


「レオン……私は」


 アイリは震える声で問いながら、駆け寄って彼の凍傷を癒そうと天魔の力を使う。しかし、その手は明らかに震えていた。彼女の目には龍の圧倒的な力と、追い詰められていくレオンの姿が焼き付いていた。


「心配してる暇があるならもっと力を込めろ」


 レオンが怒鳴る。その声には苛立ちと焦りが滲んでいる。


「ごめんなさい……!」


 アイリは慌てて力を込めるが、冷気の前ではその癒しの力も十分ではない。彼女の目に浮かぶ涙は、恐怖と悔しさの入り混じったものだった。


(どうして……レオンがこんなに追い詰められているの……?私は……私がもっと強ければ……!)


 アイリの胸に芽生えるのは、自分の無力さへの嘆きと、レオンを救えないことへの後悔だった。



 冷気の中で力を振り絞りながらも、レオンの体は明らかに限界に近づいていた。剣を杖代わりにして何とか立ち上がろうとするが、足元の氷が滑り、膝をついてしまう。


「……俺が……ここで倒れるわけには……いかない……!」


 その声はかすれ、呼吸は荒い。それでも、レオンの瞳には執念が燃えていた。彼は何度も剣を握り直し、立ち上がろうとする。


 しかし、その姿は見る者に痛々しささえ感じさせるものだった。龍の冷気に侵され、もはや動くのがやっとの状態だった。




 アイリは、何度も倒れかけるレオンを支えようと手を伸ばした。その手にはわずかに天魔の力が宿るが、それも冷気に遮られ、レオンを完全には癒せない。


「レオン……お願い、無理しないで……!」


 彼女の声には切実さがあったが、レオンはそれに答えず、ただ龍を睨みつけていた。


(レオン……あなたを助けるために、もっと強くならなきゃ……。)


 アイリは涙を流しながら、心の中で自分にそう言い聞かせた。しかし、その場に立ち尽くす彼女の小さな手では、レオンを救うにはまだ力が足りなかった。



 青の龍は冷静にレオンを見下ろし、その巨大な体を動かすことなく、次第に冷気をさらに強めていく。その瞳には、まるでレオンの覚悟を試しているかのような光が宿っていた。


 レオンは剣を握り直し、再び立ち上がろうとする。


「俺は……ここで終わらない……!」


 声を震わせながら、彼は再び龍に向き直った。その体が冷気に包まれ、剣を支える手が震えていても、彼の意志だけはまだ折れていない。


 冷たい湖面には緊張感が張り詰めていた。アイリの涙とユキナの冷徹な視線が交錯する中、青の龍は次の一手を見せようとしていた――。



 一方で、ユキナは少し離れた場所からその様子を見守っていた。彼女は軽く息を吐き、冷ややかな目でレオンと龍の戦いを観察している。


「こんなものなのかしら……。」


 彼女の目には、どこか呆れたような色が浮かんでいた。


(所詮、彼の力もここまで……。強さを誇るだけの者に過ぎない。)


 ユキナは一応補助として冷気を少し制御していたが、本気で助ける気はなかった。彼女の中では、レオンの力を試すことが目的の一つとなっていた。



 氷の湖の中心で青の龍に追い詰められたレオン。彼は剣を握り直し、疲労に喘ぎながらも全身から湧き上がる天魔の力を振り絞る。


「ここで終わるわけにはいかない……!」


 レオンの叫びと共に、その剣に雷撃の力が宿る。青白い稲妻が彼の体を包み込み、剣の刃から迸る雷光が周囲の氷を砕いていく。


「雷撃の天魔……!」


 レオンの怒りと覚悟が剣に込められ、空気を切り裂く音が湖全体に響き渡る。雷光が青の龍の体を目掛けて一直線に走る。




「レオン……!」


 アイリが泣きながら彼に手を伸ばし、自身の天魔である天歌を発動させる。彼女の歌声は冷気の中で震えるが、力強く響き渡る。その音色はレオンの体に宿る雷撃をさらに強化し、その動きを加速させた。


「アイリ……もっとだ!」


 レオンが叫ぶと、アイリは涙を流しながらも歌声を高める。彼女の力が重なるごとに、雷撃はさらに激しく光を放つ。



「はあああああっ!」


 レオンは青の龍に向かって疾風のように突進し、雷光を纏った剣で連続攻撃を繰り出す。剣が空気を切り裂き、稲妻の閃光が周囲を照らし続ける。


「……これで終わりだ!」


 剣を振るう度に稲妻が龍の鱗に炸裂し、衝撃が湖の表面に波紋を広げる。しかし、その鱗は相変わらず傷つくことなく、雷撃を受け流していた。



「このままでは無理ですね……。」


 冷静に状況を見極めるユキナは、手元に冷気を集中させ、氷の刃を作り出す。氷と雷の力を合わせることで、一時的に攻撃力を高めようとしていた。


「合わせます。」


 ユキナの声に、レオンは一瞬だけ頷いた。彼女が放つ氷の刃と、レオンの雷撃が交差し、青の龍へと向かう。氷と雷の攻撃が織り成す爆発的な力が龍を包み込む。



 爆発的な衝撃音が響き渡る中、青の龍は冷静に冷気を操り、巨大な氷の壁を出現させた。その壁は全ての攻撃を受け止め、傷一つつかないまま立ちはだかる。


「なっ……!」


 レオンは息を荒げながらその光景を見つめ、剣を握る手が震えていた。彼の全力を尽くした攻撃が、完全に無効化された事実に言葉を失った。



「……っ、来るぞ!」


 ユキナが冷静に呟く。その瞬間、青の龍が口を開き、冷気を圧縮させたブレスを放つ。氷の嵐が直線状に放たれ、レオンを襲った。


「くっ……!」


 レオンは剣を構えて耐えようとするが、冷気の勢いに押され、その場から吹き飛ばされる。氷の湖の上を転がり、体は凍りつき、動けなくなっていた。



「レオン! レオン……!」


 アイリが泣きながら駆け寄ろうとするが、凍りついた地面が邪魔をして足を滑らせる。それでも必死に彼の元へ向かおうとする。


「……早く……なんとかしろ!」


 レオンの声は掠れ、怒りが滲んでいた。しかし、体が動かない焦りと恐怖が、彼をさらに苛立たせる。


「ごめんなさい……! ごめんなさい……!」


 アイリの涙がポタポタと凍りつき、彼女の震える声が冷気に吸い込まれていく。



「……あぁ、ここまでですね。」


 ユキナが冷静な声で呟いた。その目には、レオンに対する期待の欠片すら見えない。


(これが、ゼファラ王国の天魔を持つ者……限界が見えた。)


 冷ややかな視線を向けながらも、彼女は動こうとはしなかった。



「……こんな、はずじゃない……。」


 レオンは目を見開き、震える声で呟いた。自信に満ちた戦いの姿勢は消え去り、代わりに残ったのは打ちひしがれた男の姿だった。


「俺は……ゼファラ王国のために……!」


 その言葉は誰にも届かず、冷気の中で掻き消されていった。彼の心には敗北感が深く刻み込まれ、冷たく硬い氷の湖がその体を包んでいくようだった。




 氷の湖の中心で、レオンは膝をつき、その剣を支えに立ち上がろうとした。しかし、その体は重く、凍りついた湖面に倒れ込みそうだった。


「……こんなはずじゃない……」


 レオンの声は震え、これまで自信に満ちていた姿が嘘のように崩れていく。


(俺は天才だ……敵を一撃で薙ぎ倒してきた……なのに……)


 彼の頭の中では、過去の栄光が幾度となく巡り、それが今の惨状との落差を際立たせていた。


 青の龍はその巨大な体をゆっくりと動かし、氷の湖全体に冷気を放つ。次第にその冷気が収束し、龍の口元に集まる――次なる一撃の準備だ。


「レオン! 大丈夫!? 起きて……お願い……!」


 アイリが泣きながら彼に駆け寄り、凍った彼の体に触れた。だが、レオンの目は虚ろで、どこか遠くを見つめているだけだった。


「お前……何をしている……!」


 レオンは掠れた声でアイリを罵るが、彼自身も動けない。全てが無力に感じられる中、龍の攻撃が迫り来る。




「邪魔だ、下がってろ!」


 鋭く響いた声が、湖全体を揺るがした。次の瞬間、爆炎が龍の冷気を切り裂くように出現した。その炎の中心から現れたのは、ジュラークだった。


 彼の全身は激しい炎に包まれており、剣にはさらに強烈な炎が宿っている。その姿は、氷の世界の中で異質なまでに目立ち、すべての視線を引き寄せた。


「……お前……!」


 レオンが絞り出すように声を発するが、ジュラークは彼に目を向けることもなく、無言でその横を通り過ぎた。


「おい、待て……!」


 レオンが悔しげに叫ぶが、その声も届かない。彼の目には、目の前のジュラークが、まるで自分を否定する存在のように映った。


「ジュラークさん……!」


 スズカが驚きと共に彼の名を呼ぶ。その声には喜びと安堵が混じっていたが、ジュラークは振り返らず、ただ龍に視線を据えていた。


「……さて、ここからが本番ですね……。」


 ユキナが冷静さを装いながらも、目を見開いていた。その目には、予想外の事態に対する驚きが明らかだった。



「レオン……大丈夫なの……?」

 アイリは泣きながら、凍りついた彼の体にすがりついていた。だが、レオンは彼女を振り払う力すら残っておらず、その顔には悔しさと怒りが混じった表情が浮かんでいるだけだった。




「……ジュラーク……。」



 アイリは彼の背中を見つめながら、小さくその名を口にした。その声には戸惑いと罪悪感が滲んでいたが、ジュラークはまるでそれを聞かなかったかのように無視し、ただ目の前の龍だけを見据えていた。



 青の龍が冷気を収束させ、その巨大な口を開いて一撃を放とうとする。その圧倒的な力に、湖全体が凍りつくような緊張感が漂っていた。


「……動けない……!」


 レオンは膝をつき、剣を支えにして立ち上がろうとするが、その体は冷気に蝕まれ、言うことを聞かない。


「レオン、お願い……!」


 アイリは震える声で駆け寄るが、その目には涙が浮かんでいる。彼女の手が凍りついたレオンの体に触れるたび、凍傷が広がっていくのが見て取れた。


「……もっと力を出せ……!」


 レオンが掠れた声で怒鳴るが、その声には苛立ちと無力感が滲んでいる。これまで何もかも自分の思い通りに進んできた彼にとって、この状況は想像すらしていなかった地獄だった。


 龍の冷気がついに解き放たれようとしたその瞬間、空気が一変した――。




「炎で終わらせる……!」



 ジュラークは剣を振り下ろし、その炎が冷気を押し返すように広がった。龍の攻撃と炎がぶつかり合い、激しい爆風が湖全体に響き渡る。


 ジュラークは剣を構え、その刃にさらに激しい炎を纏わせた。その姿は、迷いや躊躇を一切感じさせないものだった。


 彼が一歩前に踏み出すたびに、湖の氷が溶け、蒸気が立ち昇る。その姿にスズカは目を見開き、ユキナは冷静を装いながらも感嘆の色を浮かべていた。


「……本気ですね」


 その言葉がユキナの口から零れた時、ジュラークはすでに青の龍との距離を詰め、決戦の一歩を踏み出していた――。




 青の龍が放とうとしていた大技――氷の嵐の兆候は、周囲の温度がさらに下がることで明らかだった。湖全体が凍てつき、空気が張り詰める。


「来いよ……お前の冷気を、俺の炎でかき消してやる!」


 ジュラークは叫びながら剣に炎を纏わせた。その炎は、彼の内なる力そのものを表現しているかのように、激しく燃え盛っている。


「ジュラークさん……!」


 遠くからスズカの声が聞こえたが、ジュラークは一切振り向かず、全ての集中を目の前の龍に向けていた。


 龍が口を開き、氷の嵐を放とうとしたその瞬間、ジュラークの剣が輝きを増した。

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