第24話 スノーフォールと青の龍
馬車の車輪がガタガタと音を立てながら、雪に覆われた道を進んでいる。北の地、スノーフォールへ向かう旅は、想像以上に過酷だった。マルベラ王国から距離を取るにつれ、肌を刺すような寒さが身に染みてくる。
俺とスズカは馬車の中で毛布を体に巻きつけながら、この寒さに耐えていた。
「ジュラークさん、寒いですね……」
スズカがそう言いながら、俺の肩にぴったりと身を寄せてきた。毛布越しに彼女の温もりが伝わってくるが、どう考えてもこれ以上近づく必要はない。
「スズカ、こんなにくっつく必要はないだろう……」
俺がそう言うと、スズカは楽しそうに笑いながら「えへへ」と返事をするだけだった。
「だって、ジュラークさんが一番あったかいんですよ。離れたら寒くて凍えちゃいます!」
スズカの言葉に俺はため息をつきながらも、彼女を追い払うようなことはしなかった。ここまで付き合ってきた彼女の心の支えがなければ、この旅自体も成り立たなかっただろう。
馬車がゆっくりと進む中、俺たちは話題を青の龍についてに切り替えた。この旅の目的地であるスノーフォールには、「青の龍」が存在すると言われている。その存在が俺たちをここへ向かわせた理由の一つだ。
「ジュラークさん、青の龍について分かっている情報ってありますか?」スズカが少し真剣な顔で問いかける。
「俺の経験則からすると、青の龍は『氷』や『水』を司る存在だろう。冷たい地域に現れることからして、あの環境に適応しているはずだ。もしそうなら、寒さだけじゃなく、その力でさらに環境を過酷にしているかもしれない。」
俺はこれまでの龍に関する経験や伝承を思い出しながら話す。スズカもまた、自分が持っている知識を補足してくれる。
「青の龍は、氷を操る能力を持っているらしいです。それに、スノーフォール周辺の気候がさらに悪化したのも、その龍のせいだって噂もあります。」
「なるほどな……。氷を操れるってことは、俺たちの動きを封じる術も持っている可能性が高いな。」
「そうかもしれません。でも、ジュラークさんならきっと……」
スズカが自信ありげに俺を見つめてくる。その視線を受け、俺は軽く笑みを浮かべた。
「気を抜かずに行くさ。どんな相手でも油断はできないからな。」
話を進めるうちに、馬車の窓から見える景色が次第に白一色に染まっていくのが分かった。スノーフォールが近づいている証拠だ。この地に足を踏み入れるだけでも一苦労だという話を思い出す。
「スノーフォールって、本当に過酷な場所なんですね……。人が住めるのが不思議なくらいです。」スズカが窓の外を眺めながら呟く。
「環境が厳しいからこそ、何かを隠すのには最適な場所だろうな。スズカの兄がここにいる理由も、ゼファラ王国がここを使う理由も、そういうことだろう。」
「……そうですね。兄が本当にここにいるのか、それを確かめるためにも頑張らなきゃ……!」
スズカの拳が小さく握られる。その姿には強い決意が感じられた。俺は軽く頷き、馬車の外に視線を移した。
呪いが解けて、本来の力を取り戻した俺の体には、炎の属性が再び宿っている。その力は、氷の地スノーフォールや、そこに潜む青の龍との戦いにおいて相性が良いはずだ。だが、それだけで油断するわけにはいかない。
「ジュラークさん、次に備えて準備は万全ですか?」とスズカが俺を見上げながら問いかける。
「ああ、できる限りのことはしているつもりだ。でも、油断は禁物だ。この先、何が待っているか分からないからな。」
スノーフォールには、ただ青の龍がいるだけではない。あの二人――レオンとアイリも来る。さらに、ゼファラ王国の他の人間が派遣される可能性もある。彼らは青の龍討伐を目的としているはずだが、共通の敵がいるからといって安心できるわけではない。
「スズカ、もしゼファラ王国の奴らと遭遇したら、奴らの目的が何であれ、警戒を緩めるな。俺たちが狙われる可能性もある。」
「……分かっています、ジュラークさん。でも、私たちなら大丈夫です。」
スズカは真剣な表情でそう言い切った。その瞳には俺への信頼がありありと宿っている。
スズカの心にあるのは、青の龍以上に、兄のことだろう。彼がスノーフォールで何をしているのか、無事でいるのか――その全てが不確かである今、彼女の心配は計り知れない。
「お前の兄も、俺たちが行くのを待っているはずだ。どんな状況でも、俺たちで彼を助け出そう。」
「……ありがとうございます、ジュラークさん。でも、兄はきっと私が行くと信じて待っていると思います。だから、私がしっかりしないと……!」
スズカは小さく拳を握りしめ、決意を固めた様子を見せた。その姿に、俺も気を引き締める。
馬車の中でスズカの決意を感じながら、俺もまた複雑な想いを胸に抱えていた。青の龍、スズカの兄、レオンとアイリ、そしてゼファラ王国――多くの要素が絡み合う中で、俺たちは一体どこまで進むことができるのだろうか。
「スノーフォール……」
俺は呟く。
冷たい風が馬車の窓を叩く音が、次第に強くなってきた。馬車はひたすら北へ進む。目的地が近づくにつれ、俺の胸に秘める覚悟もまた強くなっていく。
スノーフォール――そこには、俺たちを試す何かが待ち構えているのだろう。それが何であれ、俺はスズカと共に乗り越えるつもりだ。
馬車は北に向かい続け、周囲の景色はさらに寒々しいものへと変わっていった。しばらくすると、目の前には巨大な氷の洞窟が現れる。洞窟の入り口は鋭いつららが幾重にもぶら下がり、冷たい光がその表面で反射していた。地面は薄い氷で覆われており、馬車の車輪が滑る音が耳に響く。
「ジュラークさん……これ、本当に進めるんですか?」
スズカが不安そうに俺を見上げた。
「ここを通るしかない。だが、気を抜くなよ。何かが起こる予感がする。」
俺はそう言いながら、剣の柄に手をかけたまま洞窟の中を見つめた。
馬車が洞窟の中を進み始めた。つららが上から滴る水滴が馬車の屋根を叩き、その音が冷たい静寂の中に響く。地面の滑りやすさに馬車が時折よろめくたび、スズカが少し肩をすくめるのが分かった。
「ジュラークさん、これ……ちょっと怖いですね……」
スズカの声が途切れたその瞬間――俺は鋭い気配を感じた。
「危ない!」
俺はスズカの腕を掴み、馬車から飛び降りた。
次の瞬間、洞窟の天井から巨大なつららが落下し、馬車を粉々に破壊した。その音が洞窟全体に反響し、氷の床がさらに冷たく感じられる。
「スズカ、大丈夫か?」俺は彼女の体を支えながら声をかける。
「は、はい……ジュラークさんが引っ張ってくれたおかげで……」
彼女は震える声で答えたが、目の前の光景に驚いているのが分かった。
壊れた馬車の残骸から離れ、俺たちは慎重に氷の床を進む。足元の冷たさが靴を通して体に伝わり、呼吸をするたびに白い息が立ち上る。
「これは……罠か?」俺が呟いた瞬間、前方に不自然な気配を感じた。
「ジュラークさん、あれ……」スズカが指をさした方向を見つめると、白い着物を纏った女性が立っていた。
彼女は氷の世界に溶け込むような白い髪と肌を持ち、その赤い瞳が異様なほど輝いている。瞳に吸い込まれそうになる感覚を、俺は必死に振り払った。
「ようこそ……氷の世界へ。」
その女性は冷たい微笑みを浮かべながら、静かに口を開いた。
「そして――ここがあなたたちの終わりです。」
彼女の言葉が終わると同時に、辺りの温度が急激に下がった。凍えるような冷気が洞窟全体を包み込み、俺たちの体に突き刺さる。
「スズカ、下がれ!」
俺は剣を抜き、冷気に立ち向かうべく構えた。
スズカも剣を構えながら、決して怯むことなく俺の隣に立つ。
「ジュラークさん、私も戦います!」
だが、目の前の女性は動かず、ただ微笑んでいるだけだった。その静けさが逆に不気味で、彼女の底知れない力を物語っている。
「さて……どれだけ持つかしら?」
女性はそう言うと、手を軽く動かした。すると、氷の床から鋭い氷の槍がいくつも現れ、俺たちに向かって飛んできた。
「避けろ!」
俺はスズカに叫びながら、自分の剣で氷の槍を叩き落とした。だが、次から次へと槍が現れ、その冷たさと勢いに圧倒されそうになる。
「ジュラークさん、この人……普通じゃありません!」
スズカが叫びながら言った。
「ああ、分かってる!」
俺は歯を食いしばりながら目の前の敵を睨みつけた。
「だが、こんなところで終わるつもりはない!」
目の前に立つ女性――彼女はただの敵ではない。この氷の洞窟で、俺たちは初めて真に立ち向かうべき相手と遭遇したのだ。
「ジュラークさん、どうしますか?」
スズカが不安げに問いかける。
「とにかく、この冷気を突破する方法を探るんだ。お前の光の力で氷を崩す隙を作れるか?」
「……やってみます!」
彼女は頷き、剣を構え直した。俺たちはこの氷の世界で、最初の試練を迎えようとしていた。
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