第16話 剛腕の剣士

 目の前を囲む影の兵士たちは、無表情のままただじっと俺たちを見据えていた。スズカが震える声で言う。


「ジュラークさん……まずは、この敵をどうにかしないと……」


 彼女の言葉は正しい。俺たちはこの場を切り抜けなければならない。だが、俺の剣は――いや、俺の力は今まで通りには使えない。呪いの影響で体が思うように動かず、剣に込める力が制限されている。


「分かってる……だが、攻撃が通じないんじゃ話にならない」


 俺は剣を握り直し、目の前の影の兵士に向かって振り下ろした。しかし、刃は霧のような体をすり抜け、まるで無意味だった。影の兵士たちはじっと俺を見つめているだけで、こちらに反撃すらしない。


「くそ……直接攻撃じゃダメだ……」


 俺は肩で息をしながら考える。このまま無駄な力を消耗するだけではジリ貧だ。何か他の手が必要だ――そう考えた時、ふとスズカの光属性の魔術が頭をよぎった。


「スズカ、光属性の魔術を使え!」


 俺が言うと、スズカは驚いたようにこちらを見た。


「光属性……? でも、それを使うには時間がかかります!」


「分かってる。だが、こいつらには実体がない。それなら、光の力で消し飛ばせるかもしれない」


 スズカは一瞬戸惑ったが、すぐに真剣な表情になり頷いた。


「分かりました、ジュラークさん。やってみます!」


 彼女はすぐに呪文を唱え始めた。スズカの手から柔らかな光が生まれ、それが徐々に強さを増していく。しかし、その光が完成するまでには時間がかかる。



 俺は剣を握り直し、周囲を見回した。影の兵士たちはじっとこちらを見つめているが、いつ襲いかかってくるか分からない。スズカの魔術が完成するまで、俺が時間を稼ぐしかない。


 スズカは震える手を胸に当て、必死に集中した。


『ジュラークさん……私は、あなたを守りたいんです。どうか……持ちこたえてください……!


 少し離れた場所で、リーラが俺たちを嘲笑っていた。


「何をしようとしているのか知らないけれど、無駄よ。あなたの力じゃ、何も変えられない」


「リール……!」


 リーラの言葉には確かな悪意が込められていたが、俺はそれを聞き流した。今は集中するしかない。


「……剣がダメなら、他の手で行くしかない」


 剣のような繊細な動きは呪いに阻まれるが、俺の拳は、まだ反応する。それが、唯一の救いだ。

 俺は深く息を吸い込み、拳に力を込めた。次の瞬間、拳から炎が生まれる。俺がかつて得意としていた「炎の拳」の力。剣に込められないなら、拳そのもので叩き潰す。


「来い……!」


 影の兵士たちがこちらにじりじりと近づいてくる。俺は気合を入れ、大きな声を上げた。


「スズカ、時間を稼ぐ! その間に魔術を完成させろ!」


 俺は影の兵士たちに向かうと見せかけ、一気にリーラへと突進した。


「お前を黙らせてやる!」


 拳に炎を宿し、全力でリーラを狙う。彼女の冷たい笑みが見える中、俺の拳は狙いを定めた。

 だが――次の瞬間、俺の前に立ちふさがった影の兵士たちがその拳を受け止めた。俺の攻撃は霧のような彼らに吸収され、全く手応えがない。



「ふふ、そんな原始的な力で私をどうにかできるとでも?」


 リーラの声が聞こえた。俺は視線を向け、彼女を睨む。離れた場所から、余裕たっぷりに笑っている。


「やってみなきゃ分からない!」


 拳に炎をさらに込め、俺はリールに向かって突進した。その瞬間、影の兵士たちが目の前に立ち塞がる。


「邪魔だ……!」


 影の兵士を拳で弾き飛ばそうとするが、奴らは次々に湧いて出る。すり抜けるだけの剣と違い、炎の拳は奴らを一瞬だけ弾くことができる。しかし、それでも完全に消滅させるには至らない。


「スズカ、急げ!」


 背後に叫びながら、俺はリールを狙い続ける。奴の冷笑が消えるその瞬間を、俺は決して見逃さない。



「くそっ……!」


 俺はすぐに次の攻撃を試みようとしたが、影の兵士たちの動きに阻まれる。だが、その時だった。


 スズカの声が響く。


「ジュラークさん、準備が出来ました!」


 スズカは両手を胸の前に合わせ、ゆっくりと呪文を唱え始めた。その声は静かでありながら、次第に力強さを増していく。


「ルクス・セレスティア……天の光よ、我らを包み、この闇を切り裂け……」


 彼女の周囲から柔らかな光が生まれ、それが次第に強く、眩いばかりの輝きに変わっていく。光はスズカの手の中で球状となり、脈打つように光を放っていた。

 光の球は、まるで天の意思が宿っているかのように、穏やかでありながら圧倒的な力を感じさせた。その輝きが影の兵士たちに届くと、彼らの霧のような体が一瞬で縮み、消え始める。


「……すごい……」


 俺はその光の力に目を奪われながらも、スズカを守るために影の兵士たちに向き直った。

 スズカが最後の言葉を紡ぎ、光の球を空中に放つと、それは無数の光の波動となって周囲に広がった。


「ルクス・セレスティア!」


 眩い光が洞窟の前を覆い尽くし、影の兵士たちは声もなく消え去っていった。彼らの冷たい視線はもうなく、空間には静寂だけが残った。


 彼女の手から強烈な光が放たれた。その光は影の兵士たちを包み込み、霧のような体を切り裂いていく。影の兵士たちは静かに消滅し、俺たちの周囲からその存在が消えていった。




 影の兵士たちがスズカの光魔術によって浄化され、周囲は静寂に包まれた。だが、俺はその静けさに身を任せる余裕などなかった。


「リール……!」


 視線の先に立つリールの姿を捉えた瞬間、俺の体は自然と動き出していた。もう邪魔するものはいない。拳に宿る炎が、リールに向かって集中していく。俺の全てを込めた一撃――これで決着をつける。


「お前の口を閉じさせてやる!」


 炎をまとった拳を振り上げ、俺は一直線にリールへと突進する。彼女は余裕そうに微笑み、何も動かずに俺を待ち受けている。だが、あと数歩というところで――。


「なにっ……!」


 地面から無数の影の手が現れ、俺の足を掴んだ。影はどんどん増殖し、俺の全身を拘束しようと迫ってくる。


「だから甘いのよ、ジュラークさん」


 リールは冷たい笑みを浮かべながら、俺を見下ろした。その目には、明らかな嘲笑が宿っている。


「あなたみたいな単純な人間が、私に手を出せると思って? 見ての通り、影は私の味方よ」


 影の兵士は消えたが、地面には暗い染みのような影が残っていた。リールは微笑みながらそれを見つめ、『影が消えると思った?』と不気味に笑う。


 影の手はさらに強く俺を締め付け、動きを封じ込めようとしていた。だが――俺はそれを見て笑った。


「甘いのは……お前の方だ!」


 全身の力を込めて影の手を振り払うと、拘束は霧散した。俺の体にはまだ呪いの影響が残っているが、この瞬間だけは関係なかった。俺はリールに向かって一歩を踏み出し、そして――。


「くらえッ!」


 振り上げた拳ではなく、俺は頭を突き出し、そのまま彼女の額に強烈な頭突きを叩き込んだ。


「なっ……!」


 リールは影の壁を作り出そうとしたが、その瞬間には既に俺の頭突きが彼女に届いていた。衝撃で影は散り、彼女の体は木に叩きつけられる。

 鈍い音と共にリールの体が宙を舞い、そのまま背後の木に激突した。彼女の笑みは消え失せ、呆然とした表情のまま木にもたれかかる。


「……なんて、馬鹿力……」


 リールは額を押さえながら、悔しそうに呟いた。その姿を見下ろしながら、俺は深く息を吐いた。


「お前の影なんて関係ない。俺は、自分の力で切り抜けるだけだ」


 リールは苦々しい表情を浮かべたまま、木に寄りかかりながら俺を睨む。彼女が何を考えているのかは分からないが、これで全てが終わったとは思えなかった。


 スズカが駆け寄り、心配そうな声をかける。


「ジュラークさん、大丈夫ですか……?」


「ああ、問題ない。だけど、リールはまだ倒れていない。油断するな」


 リールの瞳には、未だに冷たい光が宿っていた。この戦いは終わりではなく、次の幕を予感させるものだった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る