第15話 知られざる真実
影の洞窟の前で、俺たちは黒装束の影の兵士たちに囲まれていた。彼らは無言のまま、まるで操り人形のように俺たちを取り囲む。その瞳には感情がなく、ただ冷たい光だけが宿っている。
影の兵士たちはただ立っているだけなのに、空気が凍りついたような感覚に包まれる。彼らの体はまるで霧のようで、ぼんやりとした輪郭しか見えない。だが、その瞳には冷たく光る不気味な光が宿っており、まるでこちらの魂を見透かしているかのようだった。
「ジュラークさん、彼らの目……まるで生きていないみたいです」
スズカが怯えたように囁く。俺も同感だった。影の兵士たちの無表情な顔には、まるで感情がない。ただ、こちらを見つめるその目には、異様な圧力があった。
俺は剣を構え、目の前の兵士に斬りかかった。だが、その一撃は空を切る。影の兵士はまるで霧のように消え、俺の剣はただの空振りに終わった。
「こいつら……」
俺は一瞬、目の前の現象に戸惑った。スズカも同様に剣を振り下ろしていたが、彼女の攻撃も影の兵士をすり抜けてしまう。
「ジュラークさん、こいつら……!」
スズカの顔には驚愕と戸惑いが浮かんでいる。俺たちは何度も剣を振るったが、そのたびに兵士たちは霧のように透かされるだけで、まったく手応えがない。
影の兵士たちは、一歩も動かずにただこちらを見つめている。攻撃してくるわけでもなく、俺たちの剣を避けるだけだ。だが、このままでは俺たちの体力が尽きてしまう。
「くそっ……意味がない」
俺は息を切らしながら、剣を握りしめた。疲労が蓄積し、体は重くなっていく。スズカも額に汗を浮かべながら、必死に息を整えている。
「ジュラークさん、どうすれば……!」
スズカの声には焦りが混じっている。俺も同じだ。これまでの経験が全く通用しない敵を前に、打つ手が見つからない。
スズカも剣を振るい、影の兵士に斬りかかったが、その刃はまたしても空を切った。影の兵士の体が霧のように溶けていく。
「効かない……どうして、どうしてこんなことが……!」
スズカの声には焦りと恐怖が混じっている。俺は彼女の肩に手を置き、冷静さを取り戻すよう促した。
「スズカ、落ち着け。こいつらはただの傭兵じゃない。実体がないんだ……まるで影そのもののように」
影の兵士の一人に、スズカが思い切り斬りかかった。剣がその体を真っ二つに裂いたかに見えたが、兵士はまるで何事もなかったかのように再び形を整えた。
スズカは驚愕し、後ずさる。その目の前で、影の兵士の体は黒い霧となって再び一つに戻っていた。まるで魂が抜け落ちたかのような、その動きには生命の気配がなかった。
「ふふふ……やはり無駄なことをしているわね」
リーラの冷たい笑い声が響いた。彼女は少し離れた場所から、まるで舞台を見ているかのように俺たちを眺めている。その笑顔には明らかな嘲笑が含まれていた。
「あなたたちは何度も剣を振っているけれど、それはまるで風を切っているだけ。影の兵士に物理的な攻撃は通用しないのよ」
「何……?」
俺は驚愕しながらリーラを睨みつけた。彼女の言葉に、影の兵士たちの不気味な存在の理由が少しだけ見えてきた。
「彼らは影そのもの、ゼファラ王国の秘術によって生み出された存在よ。あなたたちの攻撃は、ただの無駄な努力に過ぎない」
リーラは楽しそうに笑いながら、手袋を弄んでいる。その仕草は、俺たちの無力さを楽しんでいるかのようだ。
「まるで……アイリを連れ戻そうとしている時みたいね」
その一言が、俺の胸に鋭い刃を突き刺した。
「お前……何を言っている?」
俺の声には怒りと動揺が混じっていた。リーラは俺の反応を見て、さらに笑みを深めた。
「ええ、アイリが王国に行った後、あなたは何度も彼女を連れ戻そうとしたわよね。村から王国まで、何度も何度も歩いて……でも、アイリは戻らなかった。あなたの必死な姿は、今の無意味な攻撃と同じだったわ」
「そのことをどうして……お前は知っている?」
「それにしても、あなたの姿は滑稽だったわ。アイリが王国に行った後、何度も彼女を連れ戻そうとしていたわよね。村から王国まで、必死に歩いて……でも、彼女は戻らなかった」
リーラの言葉に、俺は思わず拳を握りしめた。彼女は俺の過去を知っている。アイリが王国に行った後、俺がどれだけ必死に彼女を探したか。その姿を嘲笑するようなリーラの態度に、怒りが込み上げてくる。
「お前……ずっと見ていたのか?」
「ええ、もちろん。あなたが王国の門前で追い返される姿、泣きながら帰っていく姿……とても興味深かったわ」
リーラの冷酷な笑みは、まるで俺の心を抉るようだった。俺は剣を握りしめ、彼女に向かって一歩踏み出す。
同時にリーラの言葉に、俺の視界が一瞬揺らいだ。記憶の中に、あの日々が蘇る。
アイリが王国に招聘された日、俺は彼女を誇りに思った。だが、手紙の内容が次第に冷たくなり、やがて途絶えた頃、俺は焦燥感に駆られていた。
俺は何度も何度も村から王国へと向かった。門の前で追い返されることを繰り返し、それでも諦めることはできなかった。夜通し歩いて、足が痛みに悲鳴を上げても、俺は進み続けた。彼女が戻ってくると信じていたからだ。
「アイリ……一体どうして……」
俺は王国の城門の前に立ち尽くし、門番に何度もお願いした。
「お願いだ、少しだけでいい。アイリに会わせてくれ!」
しかし、門番は冷ややかに俺を睨み、何度も門前払いを食らった。それでも俺は諦めなかった。夜が明けるまで門の前で待ち続け、そして再び追い返される。
そして、俺が潜入に成功したのは、本当に偶然だった。王宮の裏手にある小さな窓に気づいたのは、夜の闇が深まった頃だった。警備が薄くなり、たまたま窓が開いていた。
「……ついてるな」
俺は自嘲気味に呟きながら、窓枠に手をかけ、体を引き上げた。その時、俺は彼女の姿を目にした。
王国の夜は静かで、薄暗い月明かりが王宮の壁を照らしていた。俺は、たまたま開いていた窓から、アイリの姿を見つけた。その瞬間、胸が高鳴った。
「アイリ……?」
だが、次の瞬間、俺は凍りついた。アイリは誰かと共にいた。その人物は――レオンだった。
レオンはアイリの肩に手を置き、優しく彼女の髪を撫でている。彼女の美しい髪はキャンドルの光に照らされていた。だが、その光景は、俺にとって吐き気を催すほどのものだった。
「レオン……もう、いいのよ。私、大丈夫だから」
アイリの声は、俺がかつて知っていた優しさに満ちていた。それは俺に向けられていたはずの声だった。だが、今はレオンに向けられている。
「本当に、大丈夫か?」
レオンはアイリの頬に手を添え、その顔をじっと見つめていた。彼の目には優しさと愛情が宿っている。アイリは微笑みながら、その手に自分の頬を寄せた。
「ええ、大丈夫よ。あなたがそばにいてくれるから」
その言葉に、俺の体は硬直した。まるで心臓を直接握り潰されるような痛みが胸を突き刺した。
二人はお互いを見つめ合い、まるでこの世界に二人しか存在しないかのように振る舞っていた。アイリはレオンの肩に頭を預け、彼の首に腕を回している。その仕草は、俺がかつて見たことのないほど親密だった。
「あなたがいてくれて、本当に嬉しいわ、レオン。私は……あなたと一緒なら、どんな困難も乗り越えられる気がする」
アイリの言葉は、甘く、愛に満ちていた。その言葉は、かつて俺が彼女に聞きたかったものだった。だが、今それはレオンに向けられている。
「アイリ、俺もだ。お前と一緒なら、俺はどこまでも行ける」
レオンはアイリを引き寄せ、優しくその唇にキスをした。その光景は、俺にとって耐え難いものだった。俺の存在は、彼女の記憶の中から完全に消し去られたかのようだった。
「アイリ……」
俺は声を出すこともできず、窓枠にしがみついたまま、その場で凍りついていた。目の前に広がる光景が、まるで悪夢のようだった。俺の愛したアイリが、俺の知る彼女とはまったく違う、幸せそうな顔をしている。
「どうして……どうしてなんだ……」
俺は喉が締め付けられるように苦しくなり、息がうまくできなかった。胸の奥で何かが崩れ落ちていく感覚がする。涙が止めどなく溢れ出し、視界がぼやけていく。
アイリは俺ではなく、レオンを選んだ。俺の存在など、まるでなかったかのように彼女は微笑んでいる。その笑顔は、俺にとって一度も見せたことのない、純粋な幸福に満ちていた。
「……俺は、何のために……」
俺はその場にへたり込み、頭を抱えた。全てが無意味だった。何度も何度も村から王国まで歩いてきた。夜通し歩いて、彼女の安否を確認しに来た。だが、その努力は全て、アイリのこの笑顔の前では無力だった。
「俺の愛は……嘘だったのか……?」
声にならない声が喉から漏れ出た。全てが崩れ去る感覚に、俺はただ涙を流すことしかできなかった。足は動かず、体は震え続けている。吐き気が込み上げてきたが、何も吐くものなどない。ただ、絶望だけが俺を支配していた。
どうにか気力を振り絞り、俺は村に戻った。何も見なかったことにしようと、自分に言い聞かせた。あれはただの夢だ、悪い夢を見ただけだと。だが、記憶は決して消えなかった。何度も何度もその光景が頭に蘇り、そのたびに胸が苦しくなった。
「忘れられるはずがない……」
俺はその日のことを思い出したくなかった。
だが、リーラの言葉が、その記憶を無理やり引きずり出したのだ。
「そう、あなたは何度も彼女を連れ戻そうとしたわ。でも、いつも結果は同じ。彼女は戻らなかった」
リーラは冷たく微笑みながら、俺を見つめている。その目には確かな悪意が宿っていた。
「やめろ……それ以上言うな!」
俺は怒りに震えながら剣を握りしめた。だが、リーラはさらに挑発的な言葉を続ける。
「あなたの姿は本当に哀れだったわ。まるで捨てられた犬のように、必死に吠えていただけだった」
その言葉に、俺は耐えきれずに剣を振り下ろした。
だが、リーラは軽やかに後退し、笑い声を上げる。
「そう、そうやって怒るのよ。あなたの絶望した顔を見るのが私の楽しみなんだから! アイリがレオンを選んだ時の、あなたの崩れた顔……本当に美しかったわ」
リーラは手袋を外し、細い指先で自分の唇を撫でながら言った。その仕草には、確かな悪意と楽しみが込められていた。
「あなたは、ずっとアイリを救おうとしていた。でも、彼女は救いを求めなかった。むしろ、あなたから逃げていたのよ。あなたの存在そのものが、彼女にとっては重荷だったのだから」
俺はその言葉に、体が震えるのを感じた。リーラの言葉は冷たく、容赦がない。だが、それ以上に、彼女が俺の過去を見透かしていることが恐ろしかった。
そして俺の怒りに反応して、影の兵士たちが動き始めた。彼らは無表情のまま、俺たちに向かってじりじりと詰め寄ってくる。
「ジュラークさん、冷静になってください!」
スズカが俺の腕を掴み、必死に訴えかける。その瞳には涙が浮かんでいた。
「……分かっている。だが、俺は……」
俺は深呼吸して、何とか自制心を取り戻した。リーラの挑発に乗るわけにはいかない。
「ふふふ、少しは落ち着いたようね。でも、あなたたちはこの影の兵士を突破することはできない」
リーラは再び笑みを浮かべ、影の兵士たちが一斉に剣を抜いた。
「ゼファラ王国は、あなたの呪いが解かれることを望んでいないのよ。あなたの呪いは、王国にとっては都合がいいのよ! だから、私はあなたを観察し、ここでその進行を確認するために派遣されたの」
「観察だと……? そんなことのために?」
俺は怒りを抑えながら問い返す。リーラは楽しそうに頷いた。
「そうよ! あなたが絶望し、壊れていく姿を見届けるために。あなたがアイリを失い、スズカに頼りながらもまだ何も掴めずにいる様子……本当に美しいわ」
リーラは冷酷な笑みを浮かべながら続けた。
「だから、私はここにいるの。あなたたちの旅を、そしてその果てにある絶望を見届けるために」
リーラが冷酷な笑みを浮かべ、ジュラークの過去を抉るような言葉を投げかける。ジュラークは拳を握りしめ、剣を構え直すが、その目には動揺が見えていた。
「やめろ……それ以上言うな! お前に何が分かる……!」
スズカはジュラークの腕を掴み、必死に引き止める。その瞳には、涙が浮かんでいた。
「ジュラークさん、ダメです! 彼女の言葉に惑わされないでください! これは罠です!」
ジュラークは怒りに震えながらも、スズカの必死な声に一瞬冷静さを取り戻した。彼は深く息を吸い、スズカの目を見つめた。
「……分かっている。でも、俺は……」
「いいんです。私はあなたがどう感じているか分かっています。でも、今は……今だけは、私を信じてください。私は、あなたを守りたいんです」
ジュラークは驚いた表情でスズカを見つめた。その目には、彼女の強い決意と、抑えきれない愛情が見えていた。
「スズカ……お前……」
スズカは涙を拭い、力強く頷いた。
「私は、あなたと一緒に戦いたいんです。あなたがどれほど絶望していても、私はあなたを支えます。だから、もう一度だけ……私を信じてください」
ジュラークは彼女の手を握り返し、わずかに微笑んだ。
「分かった。お前を信じる……俺も、お前と一緒に戦う」
影の兵士たちが再び動き出し、戦闘の緊張感が高まる。
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