第14話  影の洞窟と影の兵士

 朝の冷たい空気が、俺たちの肌を刺すように感じる。まだ太陽が顔を出さない薄明かりの中、俺とスズカは王国の外れに向かって歩いていた。


目指すは「影の洞窟」。この洞窟には、俺の呪いを解くための手がかりがあるかもしれないと考えている。


「ジュラークさん、ここからは誰にも気づかれずに進みますよ」


 スズカが少し振り返り、俺に微笑む。その顔には、わずかな緊張と興奮が混じっているように見えた。


「お前の案だが……本当に二人だけで大丈夫なのか?」


 俺は念のために確認する。王国騎士団や他の仲間に助けを求めてもいいはずだが、スズカは首を振った。


「大丈夫です、ジュラークさん。私たち二人なら、きっと大丈夫。これ以上騒ぎを大きくしたくありませんし、誰にもバレずに進む方がいいと思います」


 スズカの言葉には、自信が満ちている。俺も彼女の決意を信じることにした。


「分かった、スズカ。お前の案に賛成する」



 洞窟に向かって歩く途中、ふと俺は足を止めた。頭の中で、先日レオンたちと遭遇した時のことが蘇る。アイリはもちろん、レオンも何かを企んでいるような気がしてならない。彼らの背後には、ゼファラ王国の陰がちらついていた。


「監視されている……そう思った方がいいかもしれないな」


 俺は独り言のように呟いた。スズカも、その言葉に反応して少しだけ警戒心を強めたように見える。


「ジュラークさんもそう思いますか? 私も何か怪しいと感じています。だからこそ、早く洞窟に入って、手がかりを探し出しましょう」


 スズカは俺の肩に軽く手を置き、元気づけるように言った。その笑顔に、少しだけ俺の不安が和らいだ気がした。


「……ああ、そうだな」


 俺は静かに頷いた。スズカの決意が、俺の背中を押してくれる。



「影の洞窟」


それはこの王国でも有名な場所だ。深い闇に包まれた洞窟は、古の秘術が封じられていると言われている。伝承によれば、かつてこの洞窟には強力な魔物が封じ込められ、洞窟内には古代の秘術や魔術に関する遺物が眠っているという。


「この洞窟は、ただの洞窟じゃない……古い伝承によれば、ここには強力な魔物が封印されている。それに、呪いや封印に関する古代の秘術も残されているらしいな」


 俺はスズカに説明をしながら、自分自身の記憶を辿っていた。若い頃、この洞窟に足を踏み入れたことがある。あの時は、ただの魔物討伐の依頼だったが、洞窟の奥に進むほど、空気が重く、闇が深くなる感覚を覚えている。


「あの時出会った魔物は……まるで闇そのもののような姿をしていた。赤く光る目が、今でも忘れられない」


 スズカは俺の話に耳を傾け、少し考え込んだ様子だった。


「もしかして、その魔物は龍の眷属だったかもしれませんね」


 スズカの推測に、俺も思わず頷いた。



「そうかもしれないな……もしそうなら、洞窟の奥には龍についての手がかりがあるかもしれない」



 しばらく進むと、やがて洞窟の入り口が見えてきた。洞窟の入り口は巨大な岩に囲まれ、暗闇が内部から溢れ出しているように感じられる。俺は一度後ろを振り返り、辺りを確認した。誰もいないように見えるが、何かが引っかかる。


「ジュラークさん、大丈夫ですか?」


 スズカが心配そうに声をかけてくる。


「ああ、大丈夫だ。ただ、何か嫌な気配を感じるんだ……まるで誰かに見られているような」


 その時、俺たちの背後に気配が走った。目を凝らすと、木陰に誰かの影が動いているのが見えた。


 影の洞窟の前に立つ俺たちの背後で、気配を感じた。わずかな足音、そして軽く響く笑い声が耳に届く。




「やっぱり気が付かれちゃいましたね、ジュラークさん」


 俺が振り向くと、そこには白髪に赤い瞳の女性が立っていた。彼女は黒のレースの手袋をはめ、黒いスカートを揺らしながら、まるで舞台に立つ俳優のように一礼する。


「初めまして……と言いたいところですが、私はリーラ・シャロン。まあ、リーラと呼んでくださいな」


 彼女は半笑いを浮かべながら、細めた目で俺たちを見つめる。その目には冷たい光が宿っており、まるで獲物を見定めるようだった。


 スズカがすぐに前に出て、俺を庇うように構える。


「あなた……ゼファラ王国の諜報員ですね。どうしてここにいるんですか?」


 スズカの声には明らかな警戒が含まれている。しかし、リーラはそれをまるで気にせず、手を軽く振りながら笑みを深めた。


「まあまあ、そんなに警戒しないで。私はただ、ジュラークさんの様子を見に来ただけです。ちょっと気になってね」


「気になって……?」


俺は眉をひそめた。その言葉には、何か裏がある。


「ええ、あなたの呪いのことです。どうなっているのか、私も興味があって。ゼファラ王国の任務の一環ですよ、もちろん」


 リーラはそう言いながら、黒いレースの手袋を弄ぶ。その仕草は優雅だが、どこか不気味でもある。彼女の視線は俺の体を舐めるように見つめ、まるで俺の苦しみを楽しんでいるようだった。


「ジュラークさん、あなたの背後には常に影が付きまとっているのよ。それに気が付いていなかったの?」


 リーラはそう言って笑った。俺の背後に立っていたことを示唆するその発言に、俺は一瞬背筋が寒くなった。


「お前、ずっと俺を監視していたのか……?」


「ええ、そうよ。だって、あなたの呪いがどう進行しているのか、見届けたくて」


 リーラの赤い瞳が、まるで獲物を狙う猛禽類のように鋭く光る。その視線に、俺は思わず一歩後ずさった。スズカが一歩前に出て、剣の柄に手をかける。


「ジュラークさんを弄ぶのはやめてください。私たちは急いでいるんです」


 スズカの強い言葉に、リーラは楽しそうに笑った。


「まあまあ、焦らないでちょうだい。私はただ、あなたたちの旅を見守るだけ。少し遊びに来ただけだから」


 リーラはくるりと背を向け、踊るようにその場を離れようとする。しかし、彼女の言葉には明らかな挑発が含まれていた。


「ジュラークさん、大丈夫ですか?」


「ああ、問題ない……だが、あいつの狙いが気になる」


 俺は一歩前に出て、彼女に問いかけた。


「リーラ、お前の目的はなんだ?ただ俺たちを見守るためにここまで来たわけじゃないだろう」


 こちらを向きながら。

 リーラは一瞬だけ驚いたような表情を浮かべたが、すぐに笑みを浮かべ、肩をすくめた。


「さすがジュラークさん、鋭いですね。でも、私はただあなたの旅を楽しんでいただけなのよ」


「嘘をつけ! お前の目はそう言ってない」


 そう言い放つと、リーラは楽しそうに笑い声を上げた。その笑い声は、洞窟の入り口に反響して、不気味な響きとなって俺の耳に届く。


「本当に鋭いわね……そう、あなたたちを見守るなんて優しい目的じゃないの。私の本当の目的は……」


 リーラはふと目を細め、唇に指を当てる仕草を見せた。


「本当はね、あなたたちを始末しに来たのよ」


 その言葉に、俺は一瞬、息を呑んだ。スズカも驚いた顔でリーラを睨みつける。


「始末……だと?」


 俺の声には、怒りが滲んでいた。


「ええ、そうよ。ジュラークさん、あなたの呪いはゼファラ王国にとっても興味深いものなの。それを解かれるわけにはいかないわ。そして……スズカがここにいるのは誤算だったわね」


 リーラの言葉に、スズカはすぐに反応した。彼女の目には、明らかな怒りが宿っている。


「誤算ですって? 私を見くびらないで!」


 スズカは激高し、剣を抜く。その動きには迷いがなかった。だが、リーラは全く動じず、冷ややかな笑みを浮かべたままだ。


「邪魔なのよ、あなたがいると話が進まないわ」


 そう言って、リーラは片手を軽く上げ、指をパッチンと鳴らした。その瞬間、影の中から無数の黒装束の部隊が姿を現した。彼らはまるで霧のように現れ、俺たちを囲むようにして立ちはだかった。


「何だ、こいつらは……?」


 俺は驚きながらも、身構える。黒装束の兵士たちは、無言で俺たちを見据えている。その瞳には、まるで魂が宿っていないかのような冷たさがあった。


「どう? 私の可愛い部隊よ。ゼファラ王国の精鋭、『影の兵士』たち。彼らはあなたたちを始末するためにここにいるの」


 リーラは楽しそうに微笑みながら、まるで舞台の上で演技をする俳優のように手を広げた。


「ジュラークさん、あなたの呪いの解明に興味があるとはいえ、あなたがここで死ぬならそれもそれで面白いわ」


 スズカは怒りで顔を赤くし、剣を構え直した。


「ふざけるな! 私たちを始末しようなんて、そう簡単にはいかないわ!」


 スズカは一歩前に出て、黒装束の兵士たちに向かって突進しようとするが、俺は彼女の肩に手を置いて制止した。


「待て、スズカ。焦るな……これは罠だ」


 俺の言葉に、スズカは一瞬戸惑ったが、すぐに頷いて一歩後退する。


「ふふふ……さすがはジュラークさん、冷静ですね。でも、この状況でどうするつもり?」


 リーラは楽しげに笑っている。その笑みの裏には、確かな悪意が隠されていた。


 俺は剣を抜き、周囲の黒装束の兵士たちに目を向けた。彼らの動きは統制が取れており、ただの傭兵ではないことが分かる。


「スズカ、俺たちは一刻も早くこの場を離れなければならない。奴らの目的は、俺たちをここで仕留めることだ」


「分かっています、ジュラークさん。でも、私はあなたを一人で戦わせるつもりはありません」


 スズカの声には、強い決意が込められていた。俺は彼女のその言葉に微笑んだ。


「ありがとう、スズカ。だが、無理はするなよ」


 その瞬間、黒装束の兵士たちが一斉に動き出した。彼らは無言で剣を抜き、俺たちに向かって迫ってくる。その速さは尋常ではない。


「来るぞ、スズカ!」


 俺は叫びながら、スズカと共に迎え撃つ体勢に入った。影の洞窟の前で繰り広げられる戦いが、今まさに始まろうとしている。リーラの冷たい笑みが、戦場の空気をさらに凍らせるかのようだった。


「楽しませてもらうわ、ジュラークさん……あなたの絶望した顔を見るのが、私の楽しみなの」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る