第12話 スズカの兄と目的
場所を移動して、俺とスズカはマルベラ王国の闘技場に来ていた。今日はスズカの特権で使い放題らしい。
「スズカ、そんなに偉かったのか?」
俺は、少し驚きつつ尋ねた。スズカは自慢げに頷いて答えた。
「そうですよ。こう見えても、スズカは黒等級なんです。」
「黒等級?」
俺はピンと来なかった。スズカは更に説明を続ける。
「はい、等級はこの世界の騎士の階級で、色によって決められています。緑が最低で、金が最高です。緑、赤、青、黒、銀、金の順番で、黒は上から数えて三番目です。」
流石マルベラ王国騎士団の一員、その中でもスズカは精鋭だった。それを聞いて、俺は少し圧倒された。
「そんなお前に、俺が何を教えられるんだ?」
俺は本音を漏らす。しかし、スズカは空を見上げながら、静かに話し始めた。
「ジュラークさん、技術だけじゃないんです。あなたの戦い方、精神力、剣を取り扱う哲学……これらすべてが私には必要なんです。」
スズカの言葉には、彼女の剣術への深い尊敬と熱意が感じられた。俺は少し考え込む。
「なるほど、そうか……」
俺はしばらく沈黙した後、スズカの目をじっと見つめて言った。
「分かった、それならば……」
俺は剣を持ち、スズカの前で構えをとる。二人は闘技場の中央に立ち、周りを見渡す。この広大な場所が今日一日、彼らのものだ。
「今日からお前の剣術をさらに磨くための訓練を始めよう! まずは基本から、じっくりとな」
スズカは目を輝かせ、満面の笑みで応じた。
「はい、お願いします!」
訓練が始まる。俺はスズカに基本的な足運びから教え始める。彼女の動きはすでに洗練されているが、俺はさらなる精度を求めて厳しい指導を行う。空気は徐々に熱を帯びていく。
その中で、俺はふと思う。自分にもまだできることがあるのではないかと。スズカを指導することで、俺もまた剣士としての精神性を再確認し、新たな自己を見つめ直す機会を得ている。これが、俺にとっての新しい挑戦であり、新しい道の始まりかもしれないと感じた。
スズカに剣の指導をするという決意が固まった時、俺の心の中では激しい葛藤が渦巻いていた。かつての俺なら、自分が何者であるか、どんな力を持っているかを疑うことはなかった。しかし、今の俺は違う。全てを失い、ただの影のようにこの王国の隅で生きている。
「本当に、俺にスズカに何かを教える価値があるのだろうか……」
そう自問自答する日々。しかし、スズカの純粋な眼差しを受け、彼女が見せる無償の信頼を前に、自己疑念は徐々に薄れていった。彼女は俺の過去の栄光を求めているわけではない。俺自身が持つ、剣を通じた精神と哲学、戦いに対する真摯な姿勢を求めているのだ。
「スズカは、俺がまだ価値ある何かを持っていると信じてくれている……」
その信じる力が、俺にも影響を与えた。自分自身を再び見つめ直すことで、過去の自分と現在の自分との間に橋をかけようとした。それは簡単なことではない。だが、スズカの存在が俺にとって新たな力となり、再び自分自身を肯定するきっかけを与えてくれた。
「もしかすると、これは俺にとっても救いの手かもしれない……」
剣を通じてスズカに何かを伝えることができるなら、それは同時に俺自身が何者であるかを再確認する行為でもある。俺は剣士としての技術だけでなく、その背後にある精神性や剣の哲学を彼女に伝えることで、自分自身も救われるのではないかと考え始めていた。
「スズカ……お前のおかげで、俺もまた前を向ける気がする」
訓練を始めるその日、俺は新たな決意を胸に剣を手にした。スズカが目指す目標に向かって共に進むことで、俺もまた失われた自己を取り戻す旅を続けることになるだろう。この新たな挑戦が、俺にとってどれほどの意味を持つのかはこれからの日々が証明することだろう。
スズカがこんなにも強くなったのは、竜を倒すため、そしてある人と一緒に戦いたかったからだって言う。その「ある人」とは、俺のことだ。彼女の羨望の眼差しを受けて、俺は少し眩しさを感じた。
「若いって、本当にいいよな……」
心の中でつぶやく。スズカの純粋な目的と情熱は、俺にとって刺激的であり、同時に、遠い過去の自分を思い出させる。
そして、彼女はさらに重い話を切り出した。スズカには兄がいるが、その兄はゼファラ王国にいるという。
「私の兄は、誰よりも大事な存在です! 幼い頃にゼファラ王国に招聘されてから、もう帰っては来ないんです……だから、兄を迎えに行くために、ここまで頑張ってきたんです」
スズカの話を聞いて、俺は少し考え込んだ。アイリのことを思えば、スズカの話にも共感を覚える。アイリもまた、ゼファラ王国での自分の立場に縛られ、俺との間に距離を置かざるを得なくなった。スズカはそういうわけで、騎士団での等級を上げるために一生懸命だったのだが、それが全くの無意味だったかのように感じる。
「ゼファラ王国の実態は……なりふり構わずに戦力を他所から集めて、自分たちのものにしている」
スズカの言葉から、ゼファラ王国のやり方には何か大きな問題があることが窺える。それはただの権力の集中や力の誇示ではなく、他国からの才能を吸収し、自国の力として再編する狡猾さがある。
「スズカ、お前の兄を迎えに行くのは簡単なことじゃないかもしれないが、何か手伝えることがあれば、俺は力になりたい」
彼女が目指すゴールに、俺も何らかの形で関わっていきたいと思う。彼女の兄を取り戻す旅が、もしかしたら俺にとっても新たな目的を与えてくれるかもしれない。
スズカはその言葉を聞いて、少し安心したように見えた。
「ありがとうございます、ジュラークさん! 私たちが力を合わせれば、きっと何かが変わるはずです」
そうして、二人の間に新たな絆が生まれつつあった。共に闘う理由を持つことは、互いの存在をより深く結びつける。これからの行動が、少しでもスズカの重荷を軽くできればと思う。
スズカが再び俺と会って、ボロボロになった俺を見て、彼女なりの決意を新たにしたようだ。ゼファラ王国を見返し、その力で兄を取り戻すという彼女の強い意志。確かに、そんなに簡単な話ではないだろうが、スズカのその純粋さが、どこか俺を励ましてくれる。
「もう一度、アイリとしっかり話したい……もう元通りにはならないかもしれないけどな」
そう考えると、どこかでスズカの思いが俺自身の心にも火をつけている。彼女の情熱が、俺にも前に進む勇気を与えてくれるようだ。
そのとき、スズカがふいに俺の手を握ってきた。その突然の行動に、思わずドキッとしてしまい、俺は顔を背けた。この子は良くない、なんて思いながらも、俺自身も年齢のわりにはウブなところがあるのかもしれない。
「今はこの時間を楽しみたいんです。だから、ジュラークさん、剣を教えてください」
スズカはそう言って満面の笑みを浮かべた。その笑顔はあまりにも純粋で、何もかもを忘れさせてくれるようだった。
距離が近いのは事実だが、俺は少し距離を取りながらも、彼女の願いを受け入れた。「わかった」と答えて、彼女の剣の指導を始めることにした。
剣を教えながら、俺は彼女に感謝している。彼女の無償の支えが、俺を少しずつ変えていっている。ただ、彼女のいきすぎた愛情が時に重荷に感じられることもある。変な気を起こさなければいいが、と心の中で願う。
スズカの前向きな態度は、俺にとっても新たな一歩を踏み出す勇気を与える。彼女の剣の腕を磨くことが、今の俺にできる最善の行動だと感じた。これからの彼女の成長を見守りながら、俺自身も何かを見つけられたらいいと思う。
スズカが剣術に情熱を注ぐ理由は深く、彼女の過去と密接に結びついている。彼女は幼いころから剣の扱いに自然な才能を見せており、マルベラ王国の騎士団に入ったのもそのためだ。しかし、ただ才能があるからというわけではない。スズカには、より個人的で強い動機がある。
「スズカは、小さい頃から兄が大好きでした。その兄がゼファラ王国に招かれたとき、彼女はまだ幼かったんですが、兄がいなくなるのが寂しくて、何とかして強くなりたいと願っていました」
スズカのその情熱は、兄と再会し、いつか彼を家族のもとに連れ戻すという願いから来ていた。彼女は毎日、黙々と剣の練習を重ね、年齢に不相応なほどの厳しい訓練に自らを追い込んでいた。それには、彼女が目指す黒等級の騎士として認められることが目標だった。
スズカは、誰もが休む夜中でも一人で練習をしていたんですよ。雨の日も、風の日も。
スズカがこの高い階級に到達したのは、その異常なまでの努力と、兄への深い愛情があったからこそだ。彼女の剣術には、ただ技術を磨く以上のものが込められている。それは彼女の生き方そのものであり、失われた家族を取り戻すための戦いでもある。
スズカが剣を振るう理由は、兄を超えることではなく、兄と同じ場所に立つためです。そのためには、どれだけの困難が待ち受けていても、彼女は立ち向かう覚悟が出来ているだろう。
この話をスズカから聞いたとき、俺は彼女の剣術への情熱と真摯な姿勢に心から敬意を表した。彼女はただの騎士ではない。彼女は、失われた大切なものを取り戻すために戦う戦士なのだ。
「そして今、彼女は私に剣を教えてほしいと言っています。彼女の目的は、より強くなること……そしてもしかしたら、私から学ぶことで、新たな強さを見つけ出すのかもしれません」
スズカがなぜ剣術を学びたいのか、その理由は深い。彼女の剣には、家族を守るため、そして再び家族と一緒にいるための願いが込められている。その強い動機が、彼女を今日のこの場所に立たせている。
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