第11話 剣の指導

 はぁーとため息をついて、部屋の中でひとり、高い天井を見上げた。スズカには慰められたし、王国の部屋も貸してもらっている。衣食住まで面倒を見てもらっている状態で、俺は顔向けができないほど恥ずかしい。


「やはり年下の少女にこんなに世話になっていいのかと?」


 自分のくだらないプライドが邪魔をして、心がさらに重くなる。


 ……しばらくここから動けそうにない。村には戻れない、戻る場所がない。そもそもマルベラからエースバーン村まで、かなりの距離がある。それをここまで運んでもらったのも申し訳ないと思う。


 目的が湧かない。こんなにも剣だけが取り柄だった男が、それすらも失ってしまったなんて。天才剣士、剛炎の剣士などと称されたことが、今となってはただの笑い話だ。


 ベッドの上で寝返りを打ちながら、自分の未来について深く考え込む。もう、剣を握ることもままならないこの体で、これからどう生きていくべきなのか。すべてが不透明で、答えが見えない。


「俺は一体、何をしているんだ……」


 そんな自問自答を繰り返す中で、ふと窓の外に目を向ける。外は静かで、星がきれいに輝いている。その星の光が、少しでも心の闇を照らしてくれればいいのにと思いながら、再び天井を見上げた。


 スズカのことを思う。彼女はなぜこんなにも俺を支えてくれるのだろうか。彼女には何の得もないのに。彼女の純粋さ、優しさに触れる度、俺は自分の無力さを痛感する。



 何か自分にできることがないのか、そればかり考えていた。部屋でぼんやりとした時間を過ごす中、いきなり扉が開いて、スズカが元気よく入ってきた。


「お加減はどうですか?」


 彼女はいつも通り敬語で丁寧に聞いてくる。毎日、湯船に浸かれない俺の体を丁寧に拭いてくれていた。本当にこれでは介護だ。


「すみません、今の私ではこれが限界なので……もう少しスズカも力がつけば、ジュラークを治してあげれるのに……」


 彼女は申し訳なさそうに言った。


 そこまで考えてくれなくてもいいのにと、心の中で思ってしまう。スズカの優しさにはいつも救われているけれど、それがまた重荷に感じることもある。彼女に申し訳なく思う自分がいる。


 アイリとレオンとの再会からしばらく時間が経っていた。外にはほとんど出ていない。部屋にこもっていることが多い俺は、外の世界との距離を感じていた。アイリとレオンのことを気にしていないように見せていたが、実際は心のどこかで彼らのことが気になっていた。


「スズカ、ありがとうな……でも、無理はしないでくれ……俺は……もう、何をしていいか、分からなくなってきているんだ」


 彼女はそんな俺の言葉を聞いて、優しく微笑んだ。


「ジュラークさん、何かできることがあるはずです! 一緒に考えましょうね」


 彼女のその言葉には希望が込められていたが、俺はその言葉を素直に受け入れることができなかった。失ったものが多すぎて、何をすればいいのか見えない。


 部屋の中で彼女と過ごす時間は、少しずつ俺の心を和らげていく。スズカがいてくれることで、少しだけ明日への希望を見つけられそうな気がしてきた。


「スズカ、もう少し、そばにいてくれないか?」


「もちろんです、ジュラークさんさ私はいつでもここにいますから」


 不安だった気持ち。それが、スズカに俺はぶつけていた。

 そして……これもスズカに相談してした。


「両親も繋がりもないから気持ちが分からないって、どういうことだ……」


 アイリのその言葉が、俺の胸に深く突き刺さる。さらに、彼女がレオンの子を妊娠している事実が、俺をさらに苦しめた。自分の子供以外で、そんな……。


 スズカが体を拭き終えると、何かを思いついたように言った。


「そうだ! ジュラークさん、私に剣を教えてくれませんか?」


 急な提案に、俺は一瞬困惑した。しかし、考えてみれば、それぐらいしか今の俺にできることがないかもしれないと悟る。目の前のスズカは、わくわくした表情で目を輝かせている。彼女は真剣そのものだ。



 でも、わざわざ自分に剣の指導を頼む必要があるのか? スズカの剣の腕は、アイリたちとの一件で俺も少しは見ている。相当な実力だ。それなのに、なぜスズカはそんなにも俺に剣の指導を求めてくるんだろうか。


「スズカ、本当に俺でいいのか? 君の腕前はもう十分すぎるほどだ。俺に教えることなんて、もう何もないと思うが……」


 俺は本心からそう問いかけた。しかし、スズカは首を振って、熱心に答えた。


「いえ、ジュラークさんがいいんです。私はまだまだです。ジュラークさんのような剣士としての腕、その経験、全てを学びたいんです。」


 スズカの言葉には、強い決意が感じられた。彼女は俺の剣術、俺の経験に何かを見出しているのかもしれない。俺自身はもう過去の人間だと思っていたが、スズカの目にはそう映っていないようだ。


「でも、なぜ俺なんだ? 王国にはもっと優れた剣士がいるはずだ。」


 スズカは少し笑って、真剣な表情に戻った。


「ジュラークさんだからです。ジュラークさんの戦い方、立ち回り、それに……ジュラークさんの剣に込められた思い、全てが私は必要なんです」


 その言葉に、俺は何も言えなくなった。スズカは俺の剣術をただの技術としてではなく、その背後にある精神や哲学までも理解しようとしているのかもしれない。そう考えると、彼女の求めるものが何なのか、少し理解できた気がした。


「分かった、スズカ。もし俺でよければ、教えてみよう。ただし、俺ももう昔のようには動けない。でも、君がそれでもいいというなら……」


「はい、お願いします!」


 スズカの顔が明るく輝いた。彼女のその笑顔を見て、俺は少しホッとした。もしかすると、これが俺にとっても新たな始まりになるかもしれない。スズカに剣を教えることで、俺自身も何かを取り戻せるかもしれない。そんな希望が、心のどこかで芽生え始めていた。




 ……この子のお願いを断るわけにはいかないな。断ったら、スズカがとても悲しむだろうし、それにここまで世話になってるのに、断る理由がない。


「わかった、教えてみるよ。上手くできるかは分からないけどな」


 俺がそう言うと、スズカは目を輝かせて、突然抱きついてきた。その瞬間、俺は少し戸惑った。こんなにも距離を縮められては、どう反応していいか分からない。


「ス、スズカ……ちょっと、その、距離感は……」


「あ、ごめんなさい! つい嬉しくて」


 スズカはすぐに離れて、照れくさそうに笑った。その笑顔を見て、俺は内心でため息をついた。この子は本当に感情が素直で、何事にも一生懸命だ。その純粋さが、時として俺の心を苦しめる。


 でも、スズカの純粋な喜びを見ると、彼女の頼みを断るわけにはいかない。何より、ここまで深く世話になっている以上、何か恩返しをしたいという思いもあった。


「まあ、とりあえず、基本から少しずつ教えていくか……」


 俺はそう決心し、少しでも役に立てるように、と心を新たにした。スズカにとって、そして自分自身にとっても、これが新たな一歩になるはずだ。


 スズカの剣の技術を磨くことが、今の俺にできる最善の行動だと感じた。この子と一緒にいることで、もしかすると自分も何かを取り戻せるかもしれない。それに、スズカの剣の才能をさらに伸ばすことができれば、それが何よりの喜びになるだろう。


「じゃあ、明日から少しずつ始めるか……」


 俺はそう言って、スズカに向けて小さく頷いた。スズカの顔が明るく輝き、二人の新しい挑戦が始まることに、俺は少しだけ前向きな気持ちになれた。

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