第9話 龍の伝説と再会


 マルベラ王国は大混乱の中にある。その原因はただ一つ、龍だ。あの恐ろしい魔物が、この国の近くに現れたというのだ。その知らせに、王国中が緊張で張り詰めている。


 龍とは、魔物の中でも最上位の存在。力と恐怖で知られ、昔、俺が両親を失ったのも、この龍のせいだ。人の憎悪が集まって生まれたとも言われるが、真実は誰にも分からない。ただ、彼らの破壊力は計り知れない。


 今、俺とスズカはその龍が現れた現場に向かっている。王国中が混乱していて、人々があちこちに集まり、人混みが凄まじかった。騎士団が現場を封鎖しようとしているが、状況はかなり混沌としている。


「大丈夫ですか、ジュラークさん?」


 スズカが心配そうに聞いてくる。俺は病み上がりで、まだ完全な体調じゃない。体力の限界を感じながら、その場に膝をついてしまった。


 自分でも情けないと思う。こんな俺が、かつては天才剣士と呼ばれていたなんて信じられない。剣を握れない今、ただの無力な男にすぎない。


「スズカ……俺、こんなんじゃ……」


 声は震えていた。昔の栄光も、今の俺には遠い過去の話だ。スズカの助けがなければ、ここまで来ることもできなかった。


 俺たちはその場で一時休憩を取ることにした。周りは混乱し続けているが、龍が現れたという状況を前にして、俺はただ無力感を感じるしかなかった。


「私たちが何かできることは……」


 スズカが小さな声で言う。でも、俺には何もできない。ただ、龍が現れたという事実を前にして、無力さを感じるばかりだ。



 しかし、俺は立ち上がるために全力を振り絞った。今の俺にとって、龍は最大の復讐対象。あいつが俺の両親を奪った。だから、自分の足でそこに行かなければ。俺はその思いで、ゆっくりと立ち上がろうとした。


 だけど、体は言うことを聞かない。痛みと息苦しさに耐えながらも、足は震え、身体は重い。


 その時、スズカが俺の背後に回り込んだ。彼女の両手が俺の背中に触れると、突然、俺の体が黄色い光に包まれたんだ。スズカの手から、温かい何かが流れ込んでくる。


 彼女が何か呪文のようなものを唱えている。すると、俺の体の苦痛が少しずつ緩和されていく。息苦しさも和らぎ、少し楽になった。


「これは、おまじないですよ」


 スズカはそう言って微笑んだ。でも、俺はそれが彼女の光属性の力、魔術の一つだと理解していた。


「ありがとう、スズカ……これなら……」


 俺は彼女に軽く礼を言い、そしてゆっくりと前に進み始めた。光に包まれたおかげで、苦しさが和らぎ、体が軽くなったように感じた。


 俺はスズカの支えを受けながら、龍の現れた方向に向かって歩き出した。復讐の機会は、もう二度と来ないかもしれない。今、目の前にいる龍に、俺は自分の足で向かわなければならない。



 マルベラ王国の正門が見えた。ここを抜ければ、龍がいる。俺は一目散に騒ぎを利用して王国の外へと走り出た。スズカの力を借り、やっとの思いで王国の門をくぐったんだ。


 そして、龍がいる場所に着いたとき、俺は驚愕した。龍は既に瀕死の状態で、疲弊していた。羽はもげ、鱗は削れ、血があちこちに飛び散っていた。



 その光景の中心にいたのは、忘れもしない人物だった。そう、レオンとアイリ、そしてゼファラ王国の奴らだ。


 「ここにいたのか……」


 俺の心は激しい驚きと怒りで満たされた。こいつらがこの付近に来ていたなんて。


 その時、レオンが俺に気づいた。彼の顔には冷笑が浮かんでいた。


 「あぁ、また会いましたね……でも、相変わらず見苦しい姿ですね」


 レオンの言葉は、俺の心を刺した。こんなにも早く再会するとは思っていなかった。俺は傷だらけの体をかばいながら、レオンの隣にいるアイリに視線を向けた。

 アイリの表情は読めなかった。彼女はただ、静かに俺を見つめている。その目には何が映っているのか、俺には分からなかった。



 「アイリ……」



 俺は声にならない叫びを心の中で繰り返した。彼女は俺のすべてだった。でも、今は彼女の心はどこにあるのだろう。


 レオンは余裕の笑みを浮かべながら、龍の方を指差した。


 「見てください、この弱った龍を……あなたの復讐の対象ですよね?」


 俺は龍を見た。かつての恐ろしい姿は影を潜め、もはや弱々しい獣にしか見えなかった。それでも、俺の心の中の復讐の炎は消えていない。


 「レオン……お前が何を企んでいるのかは知らないが……」


 俺の声は震えていた。俺の心は複雑な感情でいっぱいだった。復讐、憎しみ、失われた愛。すべてが混ざり合って、俺の心を苦しめていた。


 レオンは冷たい笑みを浮かべたまま、俺を見下ろしていた。


 「僕は、ただ龍を倒したいだけですよ! でもあなたにはもう、何もできないでしょう……この状態で」


 俺はその言葉に心をえぐられるような痛みを感じた。でも、俺は諦めるわけにはいかない。俺にはまだ、やるべきことがある。



 でも、やはりアイリは変わってしまっていた。かつての黒髪の美人はそのままだが、彼女の全てが派手になっていた。彼女は俺を見て、表情一つ変えずに言った。



「なんで、私の前に現れるの? もうやめて……それ以上苦しまなくていいのに」



 その言葉に、俺の中で何かがキレそうになった。怒りが湧き上がってきたんだ。



「は? 苦しまなくていい? なら、何で裏切ったんだ? なんで帰ってこなかったんだ? くそが……!」


 俺は飛び出そうとしたその瞬間、手首を掴まれた。スズカだった。彼女の手はしなやかで柔らかく、小さなその手には確かな力強さがあった。


「ジュラークさん、落ち着いてください……」


 スズカの声は、俺を現実に引き戻してくれた。彼女の声には、どこか俺を守る強い決意が感じられた。

 俺は一瞬で我に返り、深く息を吸った。アイリの方を見た。彼女の目には、昔の俺たちの思い出が映っているような気がした。でも、もう戻れないんだ……。



「アイリ……お前は……」



 言葉にならない思いが、俺の胸を締め付ける。彼女との思い出が、俺の心を苦しくさせる。でも、もう何も言えなかった。


 そんな俺の心の動揺を、スズカはしっかりと支えてくれた。この子の存在は、俺にとって新しい希望の光のようだ。


 俺たちの前には、龍が倒れていた。かつての俺の復讐の対象。今はもう、ただの瀕死の獣だ。


「こんな姿で見るとはな……」


 俺は龍を見つめた。あの頃の憎しみが薄れていく。

 今の俺には、もう別の戦いがある。

 そして、レオンが俺に声をかけた。


「あなたにはもう、戦う力もないでしょうに」


 レオンの言葉に、俺は何も返せなかった。確かに、今の俺にはもう剣を握る力もない。でも、俺の中にはまだ何かが残っている。


 「レオン、お前には分からないだろうが……」


 俺の言葉は震えていた。でも、俺の中にはまだ、戦う意志が残っていた。

 スズカが俺の横で静かに立っている。彼女の存在が、ほんの少しだが俺に勇気を与えてくれている思う。



 スズカはしばらく俺を見ていた。その顔には、何かを決意したような笑顔が浮かんでいた。でも、彼女がアイリの方を向くと、その表情は一変した。まるで鬼のような形相になって、地面を力強く踏みしめたんだ。




「黙ってよ! この性悪女! ジュラークさんを捨てた女の癖に!」




 彼女の声には怒りがこもっていた。アイリへの憤りが、その声にはっきりと表れていたんだ。

 俺は驚いて、スズカを見た。今まで見たことのない彼女の一面だった。彼女は普段は優しくて、弱々しい印象を持っていたが、実は違った。この子は……すごく怖いけど、強いんだ。


「この子……本当に俺を守るつもりなんだな」


 俺の心は、その強さと優しさに触れて、少し落ち着いた。スズカは本当に俺のことを思ってくれている。スズカのその姿は、俺にとってとても心強かった。


 アイリはスズカの言葉に、少し驚いた表情を見せた。アイリもスズカの変化に驚いているようと思う。


「スズカ、落ち着け……」


 俺は彼女を落ち着かせようとした。でも、スズカの目には、レオンとアイリに対する怒りがはっきりと浮かんでいた。


「でも、ジュラークさんは私が守るんですから!」


 スズカの言葉には、決意が込められていた。彼女のその姿勢に、俺も何かを感じ取った。


「俺は、どうするべきなんだろうな……」


 俺は自問自答しながら、レオンとアイリの方を見つめた。彼らは今、どんな感情を抱いているのだろうか?


 ここにいる全員が、それぞれの思いを抱え、運命の輪の中で動いている。俺は何をすべきなのか、まだはっきりとはわからない。でも、一つだけはっきりしていることがある。スズカは俺を守ってくれる。そして、俺もまた、新しい戦いを見つけなければならない。


 龍の瀕死の姿を前にして、俺たちの運命が交差する。これから、何が起こるのだろうか? 俺は、新しい道を探している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る