第6話 別れと封印

 

 俺はただそこに立ち尽くして、レオンとアイリの姿を見つめていた。レオンが無事であることを確認したアイリは、彼に抱きつき、涙を流していた。俺の心はその光景を前にして、完全に凍りついた。


 彼女の指には、俺が必死になって稼いだ金で買った結婚指輪がなかった。その事実は、まるで鋭い矢のように俺の心を射抜いた。彼女はもう、俺のものじゃないんだ。


 俺はただ立ち尽くしていた。目の前でアイリがレオンに抱きつき、涙を流す姿。俺の心はその光景に打ちのめされ、痛みと怒りでいっぱいだった。


「なんでだよ、アイリ……俺たちは、一緒にいるって約束したじゃないか。」


 俺の中で何かが崩れ落ちた。愛してたアイリへの気持ちは、一瞬にして怒りに変わった。あんなにも愛してたのに、信じてたのに、なんでこんな裏切りが待ってるんだ?


「お前がいなくなってから、俺は毎日、お前を思ってた。でも、お前は……!」


 俺の声は怒りで震えてた。アイリとの思い出が脳裏を駆け巡る。幸せだった日々、共に過ごした時間、全てが虚しく感じられた。


 俺の心の中で渦巻く感情は激しい。愛情、裏切り、痛み、怒り。それらがごちゃ混ぜになって、もう何が何だか分からなくなってた。


「アイリ、お前は俺の全てだった……でも、今はもう……お前を信じることも、愛することも、もうできない」


 俺はその場に立ち尽くし、アイリの去る姿をじっと見つめた。彼女が俺の人生から去っていくのを、ただ無力に眺めるしかなかった。彼女が選んだのは俺じゃない、レオンだ。


 俺の中で愛は死んで、怒りが全てを覆っていた。俺たちの愛はもう過去のもの。俺の心は完全に砕け散ってた。



 その時、レオンが立ち上がって、俺に向かって言った。



「ここに来たのは、あなたを引き入れるためです」


 こいつの言葉に、俺の心は混乱に陥った。どうしてそんなことが? 俺を引き入れるために……ここまで来たってことか? いや、ありえないだろ。


「ふざけるな!」


 俺の声は怒りで震えていた。この全てが、何だったんだ? 俺とアイリの愛は? 俺たちの過去は? 何もかもが、ただの嘘だったのか?


 俺の中で何かが弾けた。アイリに対する愛情、彼女への憧れ、それらが一瞬にして消え失せた。それと同時に、俺の心の中で何かが封印された。もう二度と開けられないように、深く、固く。



「あなたも龍を倒したいんでしょ?」


 レオンのその言葉に、俺は驚愕した。そう、俺の心の奥深くにある復讐心。両親を殺し、俺の村を焼き払った龍への復讐。それは俺が長年抱え続けていた重い誓いだった。


 あの龍が……俺の両親を殺した……あの日から、俺の人生は変わったんだ。復讐だけが、俺の生きる目的だった


 俺はずっと、あの恐ろしい龍のことを忘れることができなかった。その巨大な体、恐ろしい炎、そして何より、俺の両親を奪ったこと。あの日の光景は、今でも俺の脳裏に焼き付いている。


 レオンの言葉……あいつは俺をからかってるのか?  それとも、本気で……?


 レオンの言葉には驚いた。俺の復讐心を利用して何かを企んでるのか? だが、それにしても、あの龍を倒すというのは……。

 龍を倒す……そうだ、俺はあの龍を倒さなきゃいけない。


 龍への復讐は、俺の人生の中心だった。それが、俺を突き動かしてきた。でも、アイリを失った今、その意志が揺らいでいる。


「俺は一体、何のために戦ってるんだ?」


 俺の心の中で、龍を倒すという目的がぼやけてきた。今までの憎しみや怒りが、何か違って見え始めた。


 俺の中で、復讐の火が徐々に弱まっていく。アイリを失ったことで、復讐心だけが俺を支えるものじゃなくなった。もしかしたら、もう俺には別の道があるのかもしれない。


 龍を倒しても、もう……俺には何も残ってないんだ。



 レオンは何故か笑みを浮かべながら言った。


「それなら、協力しましょう! アイリさんは僕がもらいますが、あなたには……」


 その言葉に、俺の心は完全に崩壊した。アイリを奪われ、今度は龍の復讐に利用されるなど、耐えられるものではなかった。


 俺は激怒し、レオンに襲いかかる。しかし、その時リリアンが地中から何かの合図を出した。突如として地中から鎖が現れ、俺を拘束した。



「協力してくれないなら仕方がないですね」


 レオンは冷静に言った。彼は手のひらに炎を発生させ、集中しているようだった。俺はそこに縛られ、無力感に満ちた怒りを内に秘めたまま、彼の動きを見守るしかなかった。


 俺の心は深い闇に沈んでいく。アイリへの愛情、龍への復讐、全てが複雑に絡み合って、俺の心を支配していた。今、俺はただ、自分の運命と、この先に待つ不確かな未来を見つめるしかなかった。



 レオンの手から放たれた青い炎は、ジュラークの体を直撃した。その炎はただの火ではない。


 封印魔術――俺の身体と魂を縛り付ける呪いのような力だ。激しい痛みと焼けるような感覚が全身を駆け巡り、俺は地面に崩れ落ちた。


「これであなたは剣士として、いや人として生きていけなくなりましたね」


 レオンの声は静かで冷たく、感情の欠片も感じられなかった。彼の冷酷さが、俺の苦痛をより深くした。


 俺は悲痛な声を上げ、地面でのたうち回った。痛みで声もまともに出せず、ただ苦しみに身を委ねるしかなかった。


 その時、レオンがアイリの方を見て言った。


「アイリも何か言いたそうな顔だね」


 アイリの表情には、言葉にできない何かがあった。俺への後悔か、それとも違う何かか。けれど、俺にはもう何も聞こえない。心は完全に砕け散り、体は炎に焼かれていた。レオンとアイリ、そして俺の運命は、この時完全に分かたれた。




 苦しみに身を震わせる俺に、アイリが近づいてきた。彼女の声は静かで、それがまた俺の心を苛んだ。


「あなたとの時間は本当に幸せだった。困難もたくさん乗り越えて、私たちは未来を誓い合ったわ……」


 アイリの言葉は、俺の心に追い打ちをかける。悲しみと共に過去の幸せな記憶が蘇る。


「まだ、あなたのことも好きよ、ジュラーク」


 アイリは言った。俺の心はその言葉に痛みを感じながらも、何とか彼女に反応しようとした。


「ご、え、な、ら、ど、う、じ、て」


 もう口も喉も焼けてて、まともに話せないんだ。


 聞き取りづらかったけれど、アイリは俺の質問に答えた。


「私たちの関係は、私たちの選択だけで成り立っていたわけじゃないの。王国の要求、私の力、それに私たちを取り巻く状況……私も苦しかった。でも、選ぶべき道は一つだったの」


 アイリの声には、深い悲しみと、複雑な心情が交じり合っていた。


 俺はただ、彼女の言葉を聞いているしかなかった。言葉を返す力さえ失っていた。俺たちの愛は、この厳しい現実の中で、もはや成立しないものだったのか。アイリとの幸せだった時間は、遠い過去の思い出になりつつあった。


「世の中を何も知らなかったんだわ、私……」


 アイリの声は静かで、何か決意を秘めたようだった。


「両親に溺愛されるのは良かった。でも、私は外の世界を知らなすぎたのよ」


 俺の目から涙が溢れた。待っていたのに、どうしてこんなことになったんだ? アイリは俺の感情には目もくれず、続けた。


「外の世界を知って、最初は戸惑ったけど……ジュラークも好きだけど、レオンも好きになった私がいたの」


 意味が分からなかった。どうしてこうなった? アイリは静かに懐から婚約指輪を取り出し、俺に言った。


「ごめんなさい。今はジュラークよりレオンが好き! だから、私たちの婚約は破棄させて……本当に自分勝手でごめんなさい」


 その言葉は、俺の心を刺し貫いた。俺たちの愛、俺たちの約束、全てが虚しく崩れ去っていく。アイリが俺から遠ざかり、レオンの方に歩み寄る姿を見て、俺はただ無力感と失望を感じるしかなかった。俺は何も言えなかった。言葉は出てこなかった。ただ、涙だけが頬を伝っていた。




 リリアンは冷たい声で言った。


「これで全て終わりです。これはお返しします」


 アイリとの婚約指輪を地面に置いた。レオンは彼女の手を取りながら、俺に向かって言った。


「心配しなくても、あなたの代わりに龍は倒してあげますよ。それに、王国のために素晴らしい妻をありがとうございます」


 こいつの言葉が最後の記憶だった。その後、俺は何も覚えていない。気がついた時には夜だった。俺の周りには誰もいなかった。激しい痛みに耐えながら、自分の家へと戻った。


「もう、どうでも良くなった」


 その一つ一つの言葉が、俺の心をより一層苦しめた。村の人たちが俺を見つけた時、彼らは大騒ぎを起こした。そして、そのまま俺は気を失った。


 痛みは、もはや耐え難いものだった。


「このまま死んでもいい」


 さえ思えるほどだった。アイリとの幸せだった時間、俺たちの愛、全てが虚無に変わっていた。それが、俺の心を押しつぶしていた。


 アイリが、あんなことを言うなんて……


 彼女が去る時の言葉は、まるで鉄のように重かった。俺との時間は幸せだったと、そして今はレオンを選んだと。


「あなたとの時間は幸せだった」


 それは、過去の愛への認識。俺たちが共に過ごした日々への愛着。でも、それは過去のものになったんだ。


「レオンも好きになった私がいたの」


 その言葉には、外の世界との遭遇、新しい可能性への目覚め。アイリは成長して、違う何かを求めるようになっていた。


「今はジュラークよりレオンが好きだから」


 アイリの告白は、彼女の決断を示していた。過去と現在を天秤にかけ、新しい愛を選んだ結果だ。


「ごめんなさい、本当に自分勝手でごめんなさい」


 アイリの言葉には、彼女なりの後悔と苦悩が込められていた。彼女は新しい自分と向き合い、選択を下したんだ。それが俺にとってどれほど辛くとも、彼女の決意は固かった。


 俺はただ、彼女が去っていく背中を見送るしかなかった。彼女の言葉は、俺の心に深い傷を残し、忘れられない記憶となった。彼女の決断が、俺たちの愛を永遠に変えてしまったんだ。


 そこで俺は気を失ってしまった。

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