第5話 対決 敗者と敗者

 対決は俺の常用する修行場所、村の端に位置する広場で始まった。使者が静かに合図を出すと、決闘が開始された。周囲は静まり返っていた。村人は一人も居ない。


 レオン、その若い青年は間髪入れずに攻撃を仕掛けてきた。こいつの戦い方は手数を重視するスタイルで、剣を振るうスピードと繊細な動きが特徴的だった。対照的に、俺は一撃に全てを賭ける。重く、しかし緻密に計算された一撃を狙っていく。


 互いのスタイルは完全に異なっていたが、戦いは均衡していた。そんな中、レオンが何かを使い始めた。それは……天魔だった。


 俺は驚いた。


 レオンは天魔を使用して、俺に向かって雷撃を放った。彼の放つ雷は自由自在に形を変え、まるで生き物のように俺を追いかける。こんな魔法は、今まで見たことがなかった。この戦いがただの剣の腕比べではなく、天魔を使った戦いであることに気づいたとき、俺の心は一層の覚悟を決めた。


 俺は炎の属性を持っている。レオンの雷撃に対抗するため、俺は剣に炎を纏わせた。炎が剣を包み込み、その輝きが周囲を照らし出す。レオンの雷撃と俺の炎撃がぶつかり合い、周囲は火花と雷鳴で満たされた。


 戦いは激しく、互いに一歩も譲らない。しかし、俺の心はずっとアイリのことでいっぱいだった。彼女のため、そして俺たちの愛のために、俺はこの戦いに勝たなければならない。


 だが、戦いは思わぬ方向へと進んでいった。レオンの雷撃は俺の予想を超える力を持っており、俺の炎撃を次第に圧倒し始めた。俺は全てを出し切り、一撃を狙ったが、レオンは巧みにそれを避ける。


 最後の瞬間、レオンの雷撃が俺の身体を捉えた。激しい衝撃と共に、俺は地に倒れた。空は静かになり、周囲は沈黙に包まれた。



 戦いの最中、俺とレオンは剣を交えながら、言葉も交わした。


「お前はなぜ、アイリと結婚した?」


 俺の問いに、レオンは静かに答えた。


「アイリは特別な女性です。彼女との結婚は、私にとっても王国にとっても名誉なことです」


 俺の心は怒りで燃えていた。


「アイリは俺の妻だ! お前には何の権利もない!」


 レオンはその言葉にも動じず、冷静に剣を振るい続けた。


「あなたとアイリの間に何があったのかは知りませんが、今は違います。アイリは私の妻です。それが現実です」


 こいつの言葉は、俺の心をさらに苦しめた。


「アイリは俺との約束を忘れたのか? 俺たちの愛は何だったんだ?」


 俺の声は絶望に震えていた。レオンは静かに答えた。


「人は変わるものです。あなたとアイリも変わったのです。それを受け入れるべきです」



 戦いは激化していた。レオンが放った天魔による雷撃が、俺の体を直撃した。その衝撃で体が一瞬痺れたが、すぐに体勢を立て直す。俺は自分の属性、炎を剣に伝え、レオンの攻撃に対抗した。


 一瞬のうちに、俺の剣は熱を帯び、レオンの剣を溶かし始めた。俺の剣は父親から受け継いだ形見だ。地味だが、俺にとってはどんな高価な剣よりも価値がある。そして、俺の戦法は相手の武器を溶かし、使い物にならなくすることで、多くの戦いで威力を発揮してきた。


 俺の剣は溶けずに残り、レオンは武器を失った。レオンは明らかに焦り始めていた。武器を失った彼に対し、俺は追い打ちをかけた。屈強な体と精密な剣術で、俺は彼を圧倒する。一撃ごとに、俺の剣は彼に迫り、決着の瞬間が近づいていた。


「これが俺の力だ! 父親の剣で、俺はどんな敵も打ち負かせる!」


 心の中でそう叫びながら、俺は最後の一撃を放った。俺たちの戦いは、この一撃で終わるはずだった。しかし、アイリのために戦っている俺の心は、未だに混乱と痛みで満たされていた。勝っても、失ったものは戻らない。それが、俺の胸に重くのしかかっていた。



 戦いは終わり、俺はレオンを押し倒し、剣を彼の首元に寸前で止めた。声は震えていた。


「ふざけんな、てめぇ!」


 俺の声は怒りで裂けそうだった。アイリを……どうしてアイリを奪った。


 その言葉は俺の魂の底から湧き上がった叫びだ。


 レオンは静かなまま、表情一つ変えずに答えた。


「仕方ないですよ……これが王国の方針ですから」


 レオンの冷静さは、俺の激しい感情とは対照的だった。

 こいつの言葉が、俺の怒りの火に油を注いだ。


 怒りが俺の心を支配していた。なぜアイリは俺を裏切ったのか。なぜこいつはこんなにも冷静にそれを言えるのか。俺たちの愛、約束、それらが一瞬にして虚無になった感覚に、俺は苛立ちと悲しみを感じた。


 勝負は決していた。俺が勝者だ。しかし、勝利の喜びなど感じることはできなかった。アイリに対する憤り、裏切られたことへの失望感、それらが俺の中で渦巻いていた。


 俺は剣をレオンの喉から離し、立ち上がった。その動作は、俺の心の重さを物語っていた。勝利したとしても、失われたものの大きさは計り知れない。アイリに対する深い愛情、それと同じくらいの裏切りの痛み。この戦いで得たのは、ただの勝利の証だけじゃなかった。それは、失われた愛と、裏切られた心の深い傷だった。



 使者のリリアンが判定を下し、勝負の勝者として俺の名を呼んだ。圧倒的な勝利だった。しかし、勝っても、心は晴れなかった。アイリに聞きたいことが山ほどある。何よりも、俺にとって彼女の裏切りが最大のショックだった。


 戦いの興奮が冷め、心は悲しみに沈んでいった。勝利は空虚なものに感じられた。アイリが俺のもとに戻ってくるかどうかもわからない。勝利の意味は何だったのか、その答えを俺はまだ見つけられていない。失ったものの大きさが、心を重く圧迫していた。




 俺はアイリと向き合うために歩み寄った。




 でも、アイリは俺じゃなく、レオンの方に駆け寄っていた。彼女の大声でレオンの名前が呼ばれる。それを聞いて、俺の心はどうしてと叫び、狂いそうになる。勝負に勝ったのに、約束と違うじゃないか。



「アイリはどうして俺じゃなく、あいつの方へ……?」


 その瞬間、俺の中で何かが壊れた。勝負に勝っても、アイリはレオンの元へ駆け寄っている。彼女の心配そうな表情、レオンへの優しい声……全てが俺の心をえぐる。


「どうして……アイリ……」


 内心で叫ぶけど、言葉にならない。俺の愛情、俺たちの約束、過ごした時間…全部が虚しく思えた。勝負に勝った意味なんて、どこにもない。ただの自己満足だったんだ。


 アイリがレオンに心配を寄せる姿を見て、俺の中の絶望が深まる。かつては俺がその場にいたはずなのに、今はレオンがその位置を占めている。愛された記憶、大切だった日々が、今では遠い夢のようだ。


 俺はただ立ち尽くし、その場面を見つめているだけだった。何も言えない。何もできない。ただ、俺の世界が崩れていくのを感じるだけ。アイリの気持ちが、もう俺には届かないことを痛感した。


 レオンとアイリが手を繋いで立ち去る姿を見て、俺の中にはもう何も残っていない。あんなに強く愛した人が、今は他の誰かと一緒にいる。その事実が、俺の心をズタズタに引き裂く。何もかもが、無になってしまったようだ。



 レオンはアイリの手を掴み、立ち上がる。その光景を見て、俺は完全に蚊帳の外に放り出されたような気分だった。そして、リリアンが俺に向かって言い放つんだ。


「ジュラークさん、勝負はあなたの勝利ですが、心情の問題に関しては……」


 リリアンの言葉に俺は反応できなかった。アイリの選択が全てを物語っていた。彼女の心はもう俺のものではない。あの愛情深い言葉、約束、全てが消えてなくなったようだ。


 俺の中で何かが壊れた。勝利の意味など何もない。アイリの心を取り戻すための戦いだったのに、結果はまったく逆だった。俺はただ立ち尽くし、その場の現実が信じられなかった。



「勝負は勝ったけど、アイリの心はもう俺には向いてないのか……」


 俺はそう呟きながら、剣を地面に落としてその場に崩れ落ちた。何が間違っていたんだ? どうして、こんな結末になってしまったんだ?


 俺の頭の中は混乱でいっぱいだった。アイリとの約束、共に過ごした日々、それらはもはや過去のものになってしまったのか? 悔しさ、悲しみ、失望…色々な感情が渦巻いて、理解できなかった。


 心も体も、今日初めて会った青年、レオンにアイリは傾いてしまっていた。俺との約束よりも、彼との新しい絆が、アイリの心を変えてしまったのか…?


 そんな現実を受け入れられないまま、俺はただ無力に座り込んでいた。アイリとの幸せな日々が遠い夢のように感じられた。失われた時間、変わってしまった心…俺には何が残るのか? それが、俺の心の中に唯一残った疑問だった。

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