第4話 帰ってきた妻



 手紙が来なくなった。



 最初の頃、アイリからの手紙は愛情が感じられた。まるで俺の前にいるかのように温かく、彼女の言葉が俺を支えていた。でも、次第にその手紙は形式的なものに変わっていき、そしてとうとう、アイリからの言葉は途絶えた。


 俺の心は不安でいっぱいだった。でも、アイリが戻ってくるって知らせが入ったとき、俺は何とも言えない期待で胸が躍った。俺たちの再会を想像して、待ち遠しい気持ちでいた。





 しかし、アイリが帰って来た日、俺の心は一瞬にして凍りついた。馬車から降りてきたのは、使者であるリリアン、アイリ、そして……全く知らない若い男。こいつはアイリととても親密そうに手を繋いでいた。


 俺は信じられなくて、何が起こってるのか理解できなかった。


 俺たちの間にあったはずの絆は、何だったんだ? 疑問が頭の中を駆け巡る。


 アイリと若い男との関係は一体……?



 俺は足を動かし、アイリに向かって駆け出した。


 アイリが帰ってきた時、彼女の姿には目を疑った。いつもの素朴で優しい雰囲気はなく、代わりに派手な服装と高貴な振る舞いがあったんだ。彼女のドレスは色鮮やかで、王国の豊かさを象徴しているようだった。あのアイリが、ここまで変わるなんて……な。


 そして、隣の男は、まさに王国の高貴な若者って感じだった。金髪に青い瞳、そして完璧に整った顔立ち。彼の立ち姿からは自信と権力が滲み出ている。彼の洗練された姿は、俺たちエンバース村のような辺境の地とは全く異なる世界を象徴していた。


「アイリが……こんなにも変わっちまったのか」


 俺は呟いた。彼女の変化は、俺の心に重くのしかかる。一方で、レオンの存在は、俺に対する挑戦のように感じられた。彼の表情には、俺を見下すような余裕さえあった。



 だけど、その瞬間、リリアンが冷たく俺の腕を掴んだ。驚きと怒りが俺の心を支配していた。


 その時、こいつ、レオンだったか、が俺を見て不敵な笑みを浮かべた。

 こいつの言葉が耳に入った。


「どうも、アイリの新しい夫です」


 その一言で、俺の世界が一瞬にして崩れ落ちた。


 俺の心は渦の中にあった。アイリが……俺以外の男と……どうして?


 リリアンが冷静に続ける。


「この2年の間に、アイリ様はご自身の天魔の力を磨き、王国の司祭に就任されました……そして、レオン様と結ばれたのです」


 彼女の言葉は、俺の心には届かなかった。理解できるはずもなかった。


 突如湧き上がる怒りを抑えきれず、俺はレオンに向かって拳を振り上げた。こいつの顔に向かって、全ての感情をぶつけたかった。俺たちの絆、約束、全部が虚しく感じられた。



 アイリとレオン、あの二人の関係は、俺の理解を超えていた。リリアンが冷静に説明する声が、俺の耳に響く。


「アイリ様とレオン様は、王国での務めを通じてお互いを深く理解し合いました。アイリ様の天魔の力、特に天歌の能力は王国にとって貴重なものです。その力を継承するために、レオン様との結婚が決定されたのです」


 彼女の言葉は、俺の心に冷たい鉄のように突き刺さった。


「結婚……天魔の力のために……?」


 俺の中で怒りと絶望が渦巻いていた。


 リリアンは続ける。


「レオン様は、アイリ様の能力に感銘を受け、深い敬愛の念を抱いています。アイリ様もまた、レオン様の支えとなり、王国のために尽力されています……二人は、共に新しい未来を築いていくことを決意されました」


 俺は彼女の言葉を聞きながら、アイリとレオンを見た。二人の間には、何か特別な絆が生まれているように見えた。レオンはアイリに優しく微笑みかけ、アイリもそれに応えるように微笑んでいた。まるで俺との過去なんてなかったかのように……。


「アイリ……俺たちの時間は、もう終わっちまったのか?」


 俺の心は深い悲しみに包まれていた。俺たちの思い出、約束、全部が、この瞬間に崩れ去るようだった。




「どうしてだ……アイリ……」


 言葉にならない苦しみが心を支配していた。俺たちの愛はどこへ消えたんだ? アイリとの過去、アイリとの未来、全てが霧の中に消えていくようだった。




 俺の拳がレオンに向かって振り下ろされようとしたその瞬間、アイリの声が響いた。



「やめて!」



 アイリの大声に、俺は思わず動きを止めた。アイリはレオンを庇うように前に出た。俺の怒りに火をつけた彼女が、今は別の男を守っている。


 そのとき、使者のリリアンが前に出てきて、提案をした。


「それなら、勝負をして決めればいいのではないですか?」


 レオンもその提案に賛成した。


「それは名案ですね」


「話を勝手に進めるな」


 心の中で叫んだ。一方で俺には都合がよかった。剣の腕にかけては、俺が一流だ。技術も経験も、この若造には負けない。


 勝負の内容は剣と剣の勝負だ。王国の自慢の剣士として名高いレオンと、剛炎の剣士と呼ばれて天才と称される俺、ジュラーク。


 剣士としての俺のプライドが、この勝負にかけられていた。


 俺は内心で決意した。


「俺がこの勝負で勝てば、アイリを連れ戻す……もう一度、俺たちの時間を取り戻すんだ」


 俺の心は再び炎のように燃え上がっていた。




 俺の心は渦巻く感情で一杯だった。アイリへの愛、そしてレオンへの激しい敵意が、俺の心を引き裂いていた。一瞬の間に、俺たちの過去は崩れ去り、未来は霧の中に消えていくようだった。


 俺たちは、あんなにも互いを愛していた。それなのに、どうしてアイリは……? なぜ、彼女はレオンと手を繋いでいるんだ? 俺の心は、それを受け入れられず、拒否し続けていた。アイリへの無限の愛情と、彼女を失う恐れが、俺の内面を支配していた。


 そして、レオン。彼は何もかもを持っていた。若さ、爽やかさ、そして今はアイリさえも。彼に対する嫉妬と怒りが俺を狂わせていた。こいつは俺の全てを奪った。俺はただ、彼に対する復讐の炎を燃やしていた。


 この勝負にかける執着は、単なる勝利以上のものだった。これは、俺とアイリの愛を取り戻すための戦い。勝利することでのみ、アイリを救い出せる。俺は心の奥底で、アイリがまだ俺を愛していると信じていた。彼女が俺を必要としている、その信念が、俺を戦いへと駆り立てた。


 俺の心の中では、愛と憎しみ、希望と絶望が入り混じっていた。俺の愛は、レオンによって引き裂かれ、焦土と化していた。でも、俺はまだ諦めていなかった。アイリを取り戻すために、俺は何でもする。その一心で、俺は剣を振るおうと思う。




 俺は自信に満ち溢れていた。負けるはずがない。アイリとの愛がこんな形で終わるはずがないんだ。


「必ず勝ってアイリを取り戻す」


 心の中でそう誓った。俺たちの約束、共に過ごした時間、それらを思い出しながら、俺は決意を固めた。


 俺が戦いに臨むことを了承すると、リリアンはすぐに準備を始めた。決闘と言うにはちょっとぬるい、けど、それでもこれが俺に残された唯一の手段だ。


 俺は一瞬、アイリの方を見た。でも彼女は振り向いてくれなかった。その背中には、様々な感情が交錯しているように見えた。悲しみか、後悔か、それとも……違う何かか?


 そして、俺とレオン、その若い青年の戦いが始まろうとしていた。この戦いが、全てを決める。俺の手に剣がしっかりと握られている。それは、ただの金属の塊じゃない。俺の運命を切り開く道具だ。


「アイリ……俺は必ず勝つ! そして、お前を連れ戻す」


 心の中でそうつぶやきながら、俺は戦いに臨む準備を整えた。




 空気は厚く、静かだった。俺とレオンの間には、言葉では表現できない緊張が漂っている。周りの人々は、静かに俺たちを見守っていた。彼らの緊張も感じ取れた。それは、予想される戦いに対する期待と恐れの混ざったものだった。


 俺の心臓は、胸の中で激しく打ち鳴らしていた。その鼓動は、俺の緊張を物語っていた。俺は何度も深呼吸を繰り返し、心を落ち着けようとしていた。でも、心臓の鼓動は収まることがなかった。


 レオンは違った。彼は自信満々で、どこか俺を見下すような態度を見せていた。彼の目は冷たく、計算高い輝きを放っていた。彼はこの勝負が、自分にとってどれだけ重要かをよく理解しているようだった。


 戦いが始まる前の一瞬は、時間が止まったように感じられた。俺たちは互いに対峙し、剣を構えていた。周囲の空気は、予測不可能な戦いに対する期待で充満していた。


 この戦いは、ただの勝負以上のものだ。俺の愛と未来、そしてアイリを取り戻すための戦いだ。それは、俺の心の中にある愛と怒り、恐れと希望が交錯していた。


 そして、勝負の合図が与えられた瞬間、すべての緊張が爆発する。剣の音と俺たちの足音が、唯一の音楽となり、戦いが始まる。その瞬間、俺の心臓はさらに激しく打ち鳴らしていた。これが、俺に与えられた唯一のチャンスだ。そして、俺は全てをかけて戦う。

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