11/29~11/30

 帰宅した後、両親には数日の失踪を「自分探しの旅に出ていた」と雑に説明するとあっさり受け入れてくれた。

 学校を一日休む結果になってしまったことを注意された程度だ。


 数日ぶりに戻った自室で、俺はほっと一息つく。


 この後なにが起きるのか、忘れたわけではない。


 月末である今日は俺にとって運命の日だ。


 忘れないようにアラームをセットしてからベッドに入った。

 緊張で眠れないかと思っていたが、様々な疲れがたまっていたせいかあっという間に眠ってしまった。


 そして少し時間が飛ぶ。


 タイムマシンですでに体験した時間を二度は生きられない。


 だから深夜に目覚め、学校へ呼び出すメモを見つけ、家を出る……という過程はすでに過ぎてしまっている。


 次に俺が感じたのは全身から伝わってくるコンクリートの冷たさだった。


 十一月三十日、深夜。


 学校へ呼び出された俺は、背後から鈍器で殴られた。

 ついにその時間までたどり着いたことになる。


 音は聞こえない。

 視界も不明瞭だ。

 ただ頭の痛みだけがじんわりと溶けるように全身へと広がり続けている。


 俺を殴った人影が目の前でしゃがみ込んでいる。


 女物の靴と、冬だというのに短いスカート姿だ。


 犯人である少女――高見琴乃は俺の顔を上から覗き込んでくる。

 口が動いているのはわかるが、なにを言っているのかは聞こえない。


 だが後悔も疑問もなかった。


 これこそが俺の最後の仕掛けだ。


 未来はもっとも自然な形に収まる。


 それはこれまでの実験の成果で確かめたことだ。


 もっとも自然な形とは、高見が俺に刺殺され、俺もここで誰かに撲殺される。

 そういう筋書きだ。

 だからそれに抗うために、俺はネットニュースの記事を捏造した。


 だがそれだけでは不十分だ。

 実際のところ、気休めにもならない。


 俺の持っていた記事がフェイクだったとして、それが高見の生存を保証するものにはなりえない。

 本物のニュースでも同じことが報じられる可能性があった。


 だから高見を死なせないためには、別の手を打つ必要があったのである。


 致命傷となりうる状況でも無事でいるための方法。


 俺の知るかぎり、一番確実なのは〝無敵モード〟だ。


 未来で果たさなくてはならない役割があるかぎり、それ以前の時間帯では死なない。


 たとえば俺は今日ここで背後から殴られることが確定していた。

 だからこれ以前の時間で、高いところから飛び降りても奇跡的に無傷でいられた。


 これと同じことを高見にもやってもらえばいい。


 つまり、月末に俺を背後から殴るのが高見であれば、刃物で刺されても死なないのだ。


 以前、俺が高見に頼んだのはこれだ。


 用件は二つ。


 一つはメモに呼び出しを指定する文言を書いてもらうこと。

 これは逃避行の前に机の上に置いておいた。


 もう一つは、そのメモのとおりにやってきた俺を背後から鈍器で殴るように頼んだ。

 当時の高見は理解していないようだったが今は違うだろう。


 死ななかったとはいえ、俺は高見を刺して殺しかけている。


 その恨みを考えれば、高見が俺を殴ることをためらうとは思えない。

 高見は約束を守らない女だが、この約束だけは状況的に破らないと確信していた。


 彼女には俺を鈍器で殴打するだけの理由がある。


 さて、仕掛けはこれですべてだ。


 色々と考えすぎて疲れてきた。


 寒さと眠気が増してきている。


 ここで眠ると身体が暖かくなるのではないか、という考えがよぎる。


 俺の小細工は高見が死なないためのもの、より正確には自分が殺人犯にならないためのものだけであり、それ以外には手が回らなかった。


 つまり自分が月末に死んでしまうことに関してはどうすることもできていない。


 高見が殺人犯になってしまうことについても、同じようにケアできない。


 だがこれが俺の精一杯だ。


 あとはもう諦めるか、許してもらうしかないだろう。



 少なくとも俺は今、満足している。

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