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 昼過ぎの電車は、俺たち三人が並んで腰かけられるくらいには空いていた。


 右隣に根津が、そして左隣には坂下がいて、万が一にも逃げられないような気がしている。

 そんなつもりもないけれど。


 電車は進み続け、俺たちをスタート地点へ戻していく。


 その間に俺は、根津に対してどのようなことを頼んだかについて思い出していた。


 一連の流れにおいて、もっとも忙しかったのは根津だろう。


 事件発生当日は、まずケガをした高見を病院に連れて行く。

 それが終わったら逃亡中の俺と坂下が捨てた通学カバンを回収し、中から上着と携帯電話を手に入れる。

 これで俺の手元には自分の携帯電話が戻ってくるというわけだ。


 さらに坂下の両親には根津から連絡を入れておく。

 みんなでお泊り会をすることになったとかなんとか、そういう文言になるだろう。


 そしてその後は高見の経過を観察し、さらには学校を休んで俺たちを追ってここまで来てもらった。

 物見遊山をしていた俺とは比べ物にならないくらいに忙しい。


 だがこうした事前準備と、根津の奮闘によって高見は死なずに済んだ。


 未来は自然な方向に収束する。


 先に準備をしなくても、俺の財布に大金が入る経緯はいくつか想像できた。


 誰かから奪う、

 坂下が用意したものをもらう、

 なんなら拾ったという風に理由付けもできるだろう。


 それをあえてこちらで限定する。


 ネットニュースの出処もそうだ。

 広大なインターネットのどこかには、根津に作ってもらったのと同じレイアウトのニュースサイトがあるかもしれない。


 あるいは事件発生当日に突然誕生するかもしれない。


 だけどそれを、根津が作ったニセモノだったということにする。


 未来で起きた出来事は変えられない。


 俺はどう頑張っても、坂下をカッターナイフで刺してしまう。

 だけどその経緯を変えることができる、というのはこういうことだ。


 もしかするとこんな小細工をしなくても、高見は生きていたのかもしれない。

 それはもうわからないことだ。


 だけど、確率を下げることができるなら、小細工をしておいて損はないだろう。


 直接未来を変えることはできなくても、積み重ねた小細工は未来の解釈をいくらか都合の良いものにできる。

 そのことは立証できた。


 最寄り駅が近づく頃になっても、坂下は一言も口をきかなかった。

 根津が何度か話しかけたが反応しない。

 そのため根津も諦めて今は窓の外を眺めている。


 坂下はまだ自分の感情に決着をつけられていないのだろう。


 高見が生きていたことを残念に思うべきなのか、それとも俺が殺人犯ではなかったことに安堵しているのか。

 未だに結論が出ていないのかもしれない。


 俺もまたうまく感想が出てこなかった。


 タイムマシンのせいで、逃避行が細切れになっているせいもあるのだろうが、元々一言で言い表せるようなものでもない。


 俺は根津に視線を向けた。

 それだけで意図は伝わるだろうと思ったからだ。



「あたし、トイレに行ってくる」



 俺の考えは視線だけで正しく伝わったらしく、根津は席を外してくれた。


 ガタゴトと揺れる電車の音がやけに大きく聞こえる中、俺はゆっくりと口を開く。



「不謹慎かもしれないけどさ、俺は二人で過ごしたこの数日間が結構楽しかったんだ」



 焦りも不安もあったけど、それを忘れてしまえるような幸福もあったように感じる。



「一緒に逃げてると、どこまでも行けるような気がした。教室の外には学校があって、学校の外には町があって、町の外にはもっと広い世界があってさ。そういうの、頭で知ってるのと自分で体験するのとはやっぱり違ったよ」


「私も……楽しかった、と思う」



 ようやく坂下が反応してくれた。

 そのことを嬉しく思うと共に、申し訳なくも感じた。



「ごめん。俺は高見が生きてるって聞いて、安心したんだ。俺は結局、坂下を助けることができない。教室での出来事も知っていたのに、それでもなにもできなかった」



 できない理由は並べられないくらいたくさんある。

 なんにせよ、俺にはできなかった。



「俺はきっとこれからも人を助けるなんてことできないと思う」



 それなのに、坂下は俺を助けてくれようとした。

 俺はそのことにまだ報いることができていない。



「だけどこうして一緒に逃げることはできるってわかった。一緒に逃げてくれる人がいることがこんなに心強いって知った」



 だから、と続ける。



「またいつか、困ったことがあったら一緒に逃げよう。今度はもっと遠くまで。次は、俺のほうが逃げるのを助けるからさ」



 それが俺にできる精一杯だ。



「……うん、楽しみ」



 そう言って、坂下はかすかに微笑む。


 それが本心からの笑顔だったのかはわからないが、少なくとも笑ってくれた。


 それだけで十分だと俺は思う。


 電車が俺たちの町へ着くと、二人とは駅で別れることになった。


 根津は坂下を自宅まで送っていくそうだ。

 俺も付き合うと言ったが「男子がいると話がややこしくなる」と言って断られた。


 代わりに根津が別れ際に言ったことがある。



「高見さんからの伝言。『平尾くんはまるで未来を知っていたみたいね』だって」



 高見は冗談のつもりで言ったのだろうが、俺と根津にとっては笑えない話だった。

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