11/27~11/29

 俺の体感で言えば時間はこのあたりから途切れ途切れになる。


 タイムマシンで先取りした部分は抜け落ち、その間を補完するような状態だ。

 ページの抜け落ちたアルバムを順番にめくるように、俺は坂下と逃避行をする。


 本来なら混乱するところだが事前に準備していたため、やるべきことには迷わない。


 まずは事件直後。


 上着と携帯電話を俺の通学カバンに詰めて捨て、ネットカフェで一夜を明かす


 その後、二十八日は服を買って着替えたり、銭湯へ行った後、電車による移動で地元をさらに遠く離れる。


 さらにその翌日の二十九日。

 坂下と観光をするように歩く。

 そこで見つけたそば屋に入るとまた時間が飛ぶ。


 あそこのそばはおいしかった記憶があるのでできればもう一度食べたかったのだが、次の場面ではすでに支払いを済ませた後だった。

 満腹感があるのでまだマシか。


 記憶しているかぎり、逃避行の時間をタイムマシンで先取りしたのはここが最後だ。


 ここから先は今から初めて体験することになる。



「次はどこに行く?」



 坂下の態度は親しい人物へ向けるものへと変化していた。

 俺はすでに事件と逃避行を通して、一つの線を踏み越えている。


 坂下にとって俺はもうクラスメイトも友人も越えた、共犯者という立ち位置だ。

 そしてそれは俺にとっても同じである。


 ただ一つ違うのは、俺にとっての共犯者は坂下一人だけではないという点だろう。



「実は次の行き先はもう決めてるんだ」



 ここから先のことは俺にもわからない。

 けどできることはすべてやった。


 ここからはもう自分の力でどうにかできることはなにもない。


 俺が坂下を連れて向かったのは駅だ。

 電車が行き交うそこでなら、次の行き先を東西南北どこにでも定めることができる。


 そして、駅前には見覚えのある人影が誰かを待つように立っていた。



「あれって……」


「ああ、知ってる顔だな」


「ど、どうしよう……?」


「大丈夫だよ。こっちから声をかけてみればいい」


「え……?」



 動揺する坂下をそのままに、俺は片手をあげてその人物に声をかけた。



「よう、根津。こんなところで会うとは奇遇だな」


「数日ぶりに会って、まず言うことがそれ?」



 根津は呆れたようにかぶりを振る。


 日付の上では根津の感覚のほうが正しいのだろうが、俺としてはそう何日も経った感じがしない。

 タイムマシンの影響だろう。


 もちろん俺はここで根津と会うことを知っていた。


 と言っても、未来を覗いたわけではない。

 事前の打ち合わせで合流しようと決めていただけだ。


 そば屋の店名から逃避行先を割り出した俺は、待ち合わせ場所をこの駅前に指定したのである。


 根津には今日ここで結果を報告してもらう予定だ。


 つまり俺たちが建てた計画が成功したのか、失敗したのか。



「行こう、平尾くん……!」



 しかし坂下は根津には目もくれず、俺を腕を取ると強引に引っ張ってくる。



「警戒しないで、坂下さん。あたしは二人に伝えたいことがあって来ただけだから」



 しかし坂下は足を止めず、俺は引っ張られるがまま駅構内へ入ることになった。


 根津は後ろから追いかけて来ながら、決定的な一言を口にする。



「高見さんは無事だよ」



 それにはさすがに坂下も足を止めた。



「事情は少し知ってる。あの後、あたしが偶然通りかかって救急車を呼んだの。処置室で縫合してもらって、それで終わりだったよ。もちろんまだ激しい運動はできないし、もしかすると傷痕が残るかもしれないけれど、でも生きてる」


「そんなの、ウソ!」


「ウソじゃないよ。今日ここに来る前も会ってきた。向こうも大事にするつもりはないって」



 高見が公に訴えないのは、彼女自身の都合だろう。


 もし今回の件が傷害事件として公になれば、高見だって自分がやってきたことが明るみに出るリスクを負うことになる。

 そうなれば学校や先生だって見て見ぬふりはできない。


 さらに、高見には社会的な立場がある。

 仕事に影響が出すわけにはいかない、と考えたのかもしれない。


 根津が話せば話すほど、坂下が俺の腕を抱きかかえる力は強くなっていく。

 それはまだ根津の言葉を受け入れられないことの証明だと俺には思えた。



「だから二人の勘違いなの。あたし以外は誰も二人を追いかけてない。事件なんてなかった。だから逃げる理由もないんだよ」


「でも、だって……そんなの……」



 坂下が救いを求めるように俺を見上げる。


 高見琴乃が生きている。


 それは俺の悪あがきが功を奏したことになる。

 だが坂下にとっては一概に喜ぶべき事実ではないのも確かだ。


 元々これは俺のために始まった逃避行だ。


 であれば、終わらせるのも俺であるべきなのだろう。



「帰ろうか」



 そう言うと、坂下は顔を伏せた。


 そして俺の腕にすがりついたまま、小さくうなずいた。

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