三章

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 根津の部屋、つまり元の時間に戻ってきた後も生きた心地はしなかった。


 顔色が悪いと心配してくれる根津に事態を説明することもできず、俺はいくらかごまかすようなことを言って説明を打ち切り、帰宅した。


 家に帰り、

 風呂へ入り、

 ベッドに潜り込む。


 それでもまだ冷や汗が止まらない。

 寒さとは異なる震えに身がすくむ。


 未来で俺が体験したこと。

 あれは死の手触りだった。


 殺されたくない。

 率直にそう思う。


 理屈なんてない。

 ましてや誰かに殺されるなんて最悪だ。


 殺されないための方法はなんだ?


 まずは俺を殺した犯人、あの女の正体を突き止める必要があるだろう。

 相手が誰かわからないのでは対処はできない。


 しかし見つけてどうする?


 許しを請うのか、

 説得するのか、

 誤解を解くのか。


 どれも成功する可能性は低そうだ。


 人の考えなんて他者には変えようがない。


 影響を受けることはあっても、言葉でわかりあえるほど人間は立派じゃない。

 そんなに高潔な生き物なら、いじめだって簡単に解決できるはずだ。

 でもそうなってはいない。


 確実に殺されないための方法は一つしかないだろう。



 殺されるより先に、相手を殺せばいい。



 誘惑にも似た思考の迷走を振り払う。

 布団の中で身を縮めながら自分に、冷静になれと言い聞かせる。


 むしろタイムマシンによって恐ろしい未来を知ることができて良かった、と考えるべきだろう。


 まだ月末まで十日以上の猶予がある。

 打てる手を冷静に考えよう。


 まず、俺はなぜ殺されたのかだ。


 突発的な犯行ではない。

 やけに手の込んだ殺害方法だったことからも、計画的な犯行だったに違いない。


 それに犯人は女だった。

 それだけは間違いない。


 学校に呼び出したことからも、学校関係者である可能性が高いだろう。


 以上の条件と俺の交友関係を踏まえて、思い浮かぶ犯人候補は三人。



 一人目、根津巴。


 真っ先に挙げておいてなんだが、まずありえないだろう。


 タイムスリップを使ってまで殺人事件を未然に防ごうとしている根津が、自ら殺人を犯す理由がない。

 彼女の倫理観からしても、俺を殺害するとは到底考えられない。



 二人目、高見琴乃。


 あの女の性格からすれば、人を閉じ込めて謀殺くらいのことはやりかねない。


 だが高見が月末に犯行に及ぶのは不可能だ。

 そのときにはすでに坂下によって刺殺されている。


 死んだ人間が俺を殺しに来るのはさすがに無理だ。



 三人目、坂下翔子。


 三人の中ではまだ可能性が高い方だろう。

 逃亡生活の失敗を恨んで、俺を殺しに来るのは動機としてかろうじて成立する範囲だ。


 しかし、もしも俺たちの逃亡生活が終わっているとすれば、すでに高見を手にかけた坂下は警察に拘束されているはずだろう。

 俺を殺しに学校へ現れることができない。


 結論として、容疑者は現時点で見当たらないということになる。


 これから十日の間に新たに出会うことになるのだろうか。

 だとすれば今この時点で推理しても、犯人がわかるわけがない。


 具体的な容疑者を特定することは難しいため、動機の面から考えていくことにする。


 もし俺が誰かに恨まれて殺されてしまうとすれば、坂下によって高見が殺害された事件による影響だろう。

 犯行のタイミングからしてそれ以外に考えられない。


 殺人犯である坂下を助けたこと、そして俺は逮捕されず帰宅したこと、それらが誰かの逆鱗に触れた。

 そのせいで殺されてしまう、というのが自然な推理だ。


 一応、これで原因ははっきりした。


 このままなにも手を打たなければ、俺は半ば自動的に逃避行を助け、その後犯人の呼び出しに応じ、殺されてしまう。


 それは絶対に避けなければならない。


 ならばどうすればいいのか。

 答えは最初から手の中にある。


 すべてのきっかけとなった殺人事件が起こらないようにするしかない。


 そうすれば連鎖的に俺の死もなかったことにできる。


 解決の見通しが立つとようやくこわばっていた身体の力を抜けた。

 ほっと息を吐く。


 自分の命がかかったとき初めて、俺は根津と同じ志を抱くことができた。


 つまり、なにがなんでも殺人事件の発生を防ぐ、という志を。

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