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 気がつくと自分の部屋にいた。


 規則的なアラームの音が聞こえる。


 いつの間にかベッドに寝ていた俺は、飛び起きて音を鳴らす携帯電話を手に取る。そしてアラームを止めた。

 ついでに画面で時間を確認する。


 日付は十一月三十日、午後十一時過ぎ。


 タイムスリップは狙い通りに成功していた。


 あらためて見回してみるがやはりここは自分の部屋である。


 間違えるはずがないし、これといった異変もない。

 一応警戒してみたが、逃亡中の坂下を自室に匿っているということもないようだ。


 ほっと一安心し、思わずベッドに座り込む。


 早速、重要な事実がわかった。


 少なくとも月末には逃亡生活が終わっている、ということだ。

 これは嬉しい。


 どこかで捨てたはずの携帯電話もここにある。

 記憶にある姿よりも傷が増えたように見えるが、それ以外は変わらない。


 根津には適当なことを言ったつもりだったが、案外本当になにもかも丸く収まっているのかもしれない。


 携帯電話を机に置くために再び立ち上がると、そこに見慣れないメモを見つけた。

 少なくとも俺が知っている時点では自室になかったものだ。


 ピンク色のファンシーなメモに「三十日、午後十一時半。学校で待ち合わせ」と書かれている。


 筆跡は俺のものではなく、そしてあまり見覚えのあるものでもなかった。

 偏見で判断すると、女子が書いたと思われる丸っこい文字だ。


 無視することも考えた。


 だがこんな時間にアラームを設定していたということは、未来の俺はこの呼び出しに応じるつもりだったのだろう。

 普段の自分では考えられないことだが、そうせざるをえない事情がどこかにあったのかもしれない。


 仕方なく寝間着から私服に着替えてこっそりと家を出る。


 未来の俺が家族に対して逃避行をどう説明したのかは知らないが、どんな事情があっても中学生が一人で大手を振って出歩ける時間帯ではない。


 深夜と呼んでもいい時間の町を歩き、中学へと向かった。


 当然こんな時間に校門が開いているはずもなく、正門は固く閉ざされていた。


 だが裏門、つまり自転車置き場側の塀は低く、植え込みを足場にすれば乗り越えることは簡単だ。


 設備の充実した都会の学校や私立校であればセキュリティもきっちりしているのだろうが、うちは古い公立中学だ。

 警報も監視カメラもない。



「よっと」



 体育の成績が振るわない俺でも簡単に塀を乗り越えて、敷地内へと侵入することができた。


 さて、ここからどうしたものか。


 呼び出しは学校というひどく適当な指定だった。

 このまま自転車置き場にいてもいいのか、校庭に移動したほうがいいのか、校舎に侵入すべきなのか、それすらわからない。


 十二月を目前に控えた夜の空気は冷たく、息を吐くと白く濁った。

 もしかすると明日には雪が降るかもしれない。


 上着も手袋も装備してきたが、それでも外は寒い。

 かといって校舎はさすがに施錠されているだろう。


 ぼーっと校舎を見上げていたのが悪かったのかもしれない。


 俺は背後から衝撃を受けた。


 頭蓋骨に響く鈍い音がして、膝から崩れ落ちる。

 音から遅れて、強い痛みが神経を駆け巡った。


 たった一撃だ。


 しかしそれで十分だった。


 これまで経験したどの痛みよりも強烈なそれは、俺の意識を一気に半分以上刈り取ってしまう。

 そのせいで思考がまとまらない。


 黒く濁っていく思考の中で、一つだけわかることがある。


 誰かに鈍器で殴られた。


 でも、なぜ?

 誰が?


 未来の俺にはそれがわかるのかもしれないが、今の俺にはさっぱりわからない。



 それを判断するための過去、昨日が足りない。



 閉ざされていく視界に靴が映る。

 続いてしゃがみこんだ犯人のスカートが見えた。


 そこで俺の時間旅行は終わりだった。


 多分、二つの意味で。

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