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「高見さんと話をしたの?」
「そんなに驚くようなことかよ」
塾帰りのコンビニで下校時の出来事を話すと、根津は目を丸くした。
「これはどっちかっていうと良いほうの驚き。平尾がやる気になってくれて嬉しい」
「やる気っていうか……まぁ、うん」
ほうっておいてもいいんじゃないか、という言葉を寸前で飲み込む。
うっかり口にしていたら根津がどれほど反発するか、想像するだけで胸焼けがしそうだ。
しかし高見と坂下の関係を知れば知るほど、殺人事件の発生を止めようという気が失せていく。
今日、高見と話したのが決定打になったかもしれない。
人を殺すということは罪だ。
そんなこと子どもにだってわかる。
社会における基本的なルールの一つだ。
しかし、それを破ってでも誰かを殺そうと考えた。
その意思決定を無視してもいいのだろうか。
「人間っていうのは、間違ったことをしないと俺は思うんだよ」
どんな行動も、少なくとも自分にとっては正しいと思わないと行動できない。
犯罪も、ルール違反も、マナー違反も、その人の中では「それが正しい」と判断したからこそ行動にうつしたはずだ。
そのことを後から反省し、後悔したり、考えを改めることはあっても、その瞬間だけはたしかに正しいと信じていた。
能力のあるものを絶対とする高見の考え方だってそうだ。
俺には到底正しいとは思えないが、高見にとっては信じるに値する理屈なんだろう。
だから彼女はいじめを正しいものとしている。
ならば坂下にとっての殺人はどうなのだろう?
いずれ後悔することになるとしても、その瞬間正しいと信じられるのであれば、それは幸せなことなんじゃないのか。
「なんか平尾にしては珍しく、ポジティブな意見に聞こえる」
おそらく、根津には俺が意図した意味で伝わっていない。
それでも別に良かった。
ちょっと賢そうな言ってみたかっただけだ。
今の俺には、坂下の判断を外から捻じ曲げることが正しいとは思えなかった。
根津がこれまで尽力してもいじめの問題は解決していない。
そんな状況で殺人事件だけを防ぐことは、坂下にとっては残酷なことなのではないか。
坂下自身が現状の解決にカッターナイフを用いると決めたのだとすれば、その選択は尊重してもいいんじゃないか。
明日にはこの考えを撤回しているかもしれないが、少なくとも今日の俺はそんな気分だった。
「この後、少し時間あるか?」
今日も冷やし中華で身体の内側を冷やした俺は席を立つ。
「根津の都合さえ良ければ、タイムマシンを使いたい」
「うん、わかった。でもどうするつもり?」
「手っ取り早く事を進めてみようと思ってる」
俺にとって重要なのは、坂下との逃亡生活がどの程度続いてしまうのかということだけだ。
自覚しているかぎり、俺はそれほど夢見がちではない。
殺人犯が逃げのびることができるとは信じていないし、中学生である自分たちがそう長く逃げることができないこともわかっている。
だから、いつ逃亡生活が終わるのか。
それさえ知ることができれば、十分だ。
積極的に殺人事件の発生を防ぐ必要もない。
高見の部屋へ向かう道すがら、そのことをオブラートに包んで説明することにした。
「とりあえず月末に行ってみる。それで事件がどう収まったのかわかるだろう。根津がなにもしなくても、案外丸く収まっているかもしれないし」
「今日は積極的なだけじゃなく楽観的だね。本当にどうしたの?」
「俺は元々そういう性格なんだよ」
これは一種の賭けだ。
今のところ、実験も含めてタイムマシンで体験した未来を変えられたことは一度もない。
そんな状態で結末を先に見てしまうことは、どうあがいても変えられない未来を一つ増やすことになる。
だが俺の立場がそう悪くなることはないはずだ。
最悪でも警察に事情聴取をされているくらいのものだろう。
であれば、手っ取り早く結論を見ておいたほうが深刻に構えなくてもいいとわかって気分が楽になるだろう。
それさえわかれば、事件を防げようがそうでなかろうがどちらでもいい。
俺は事件の関係者から、また傍観者に戻ることができる。
「いいよ、じゃあ月末に行けるくらいに設定してみよう」
部屋に着くと根津は手にした懐中電灯を色々といじくる。
「準備できたよ」
「ならよろしく」
俺が目を閉じて心の準備を整えると、直後に一度まぶた越しに光を感じた。
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