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「どうしてそこまで坂下を貶めるんだ?」



 ただ高見から一方的に言われっぱなしなのが気に入らなくて、俺はどうでもいい質問を口にした。



「そんなこと言うなんて意外。どうしたの? 突然、正義感に目覚めちゃった?」


「純粋な疑問だよ。答えを聞いたところで、別にどうするつもりもない」


「どうすることもできない、の間違いでしょ」



 どうやらいちいち嫌なことを言わないと気が済まない性格らしい。



「平尾くんは車って好き?」



 その上、話題の変化が唐突でついていくのに苦労する。



「あんまり詳しくない」


「私は結構好きなの。軽自動車には丸々とした愛らしさがあるし、ファミリーカーには包容力を感じる。スポーツカーには勇ましさ、工事用作業車には力強さがある」


「俺には色とタイヤの数くらいしか違いがわからん」


「車のもっとも優れているところはね、それが便利だってこと。もしも車がここまで発展していなかったら輸送は滞り、小売業も通販も今みたいに活発じゃなかった。平尾くんみたいな車に対して無頓着な人も、その多大なる恩恵を受けて暮らしてる」


「はいはい、車が好きなのはもう十分わかりましたよ」



 いきなり好きなものについて長々と語られても、こちらとしては反応に困る。

 お見合いに来ているわけではない。



「ところで、交通事故による死者数は年間どれくらいか知ってる?」


「いや、知らない」


「私も詳しくないんだけどこの国だけで年間数千人はいるって聞いたことがあるんだよね。これって多いと思う? それとも少ないと思う?」


「少なくはないんじゃないか」



 一日あたり十人くらいは車が原因で死んでいることになる。

 それは少ないと切り捨てていい数字ではないはずだ。



「私も同じ意見。でも車を社会からなくそう、みたいな意見は聞いたことがない。それはね、車が便利だから。車がないと便利な世の中は維持できないってみんなが知ってる。だから許容されてるんだよ」


「それは飛躍してないか? 消防車や救急車をなくすほうが結果的に死者数を増やすことになるだろう。物資の輸送とかもそうだろうし」


「つまり百人救えば十人殺しても許されるってことだよね?」


「嫌な言い方だ」



 しかし、おかげでようやく高見の言いたいことが見えてきた。



「ずいぶん回りくどい話だな」


「そう? じゃあ結論を言わせてもらうと、プラスを生むことのできる存在は多少のマイナスを作っても許されるってことなの。それは人も物も同じ。マイナスを生むことを恐れていては、大きなプラスを生むことはできない」


「美人で雑誌にも載っていて、その上みんなに愛されている高見さんなら、冴えない同級生をいじめても許されるっていう理屈?」


「そう。私、なにか間違ってる?」



 俺の皮肉を真っ向から受け止めて高見は微笑んでみせる。



「私はすでに商品として経済に参加し、社会に貢献している。なら、そういうことができない不細工な誰かさんは、せめて私のストレスケアに付き合ってくれてもバチは当たらないと思うけど」



 こういう考え方はどこかで聞いたことがある。


 功利主義?

 トレードオフ?

 それとも労働力の再生産だったっけ?


 どれも少し違う気がする。


 いずれにしても、素直に賛成する気にはなれない。



「どうして俺にそんなことを話すんだ」


「暇つぶし、かな。毎日同じことの繰り返しで退屈なんだよね。そんな日常の中で、少し変わったことが起きたら嬉しくなって口が軽くなってもおかしくないでしょ?」



 退屈を感じることくらい、誰にだってあるだろう。


 学校と家と友達と、代わり映えのしない景色と同じことの繰り返しに飽き飽きする気持ちくらいはかろうじて共感できる。


 共感できないのは憂さ晴らしの方法が、他人をいたぶることだという点だ。


 高見は暇つぶしだと言ったが、あれこれ打ち明けたのは俺の存在を軽んじているからだろう。

 俺がなにを知ったところで、問題にはならないと確信している。


 そしてそれは間違っていない。


 事実を知ったところで俺になにかできるわけではないんだから。


 さて、と高見は言葉を切り、少し俺との距離を縮める。



「平尾くんは誰の味方をするのかな。いじめられているかわいそうな同級生? 正義感に燃える子どもっぽいクラスメイト? それとも、社会的な価値と魅力のある美人?」


「俺が誰の味方をするのかが問題になるのか?」


「ううん。正直に言うと、平尾くん個人にはそんなに興味がない。なにか大それたことができるとも思えない。けどあなたが私の味方をしたとき、あの子たちがどんな顔をするのかには興味があるかな」


「つくづく悪趣味だ」


「能力のある人間っていうのは、得てしてそういうものでしょ」



 どんな嫌味にもまったく怯む様子がない。

 この圧倒的な自信だけは見習いたいくらいだ。



「俺は誰の味方もしないよ。敵対もしない。小心者の傍観者だから」


「一番つまらない答え」


「どうかな、いつか俺の言ったことの意味がわかるかもしれない」



 このままの未来を受け入れれば、高見はこれまでのおこないと驕った考えの報いを受けることになるはずだ。


 坂下の持つカッターナイフによって。


 俺はその現実をすでに観測している。


 でも、もしかしたらその未来はなかったことになるかもしれない。

 その場合、高見は小馬鹿にしていた根津に感謝するべきなのだが、この様子では難しそうだ。



「あっそ。せいぜい楽しみにしているわ」



 やはり高見はつまらなさそうに言った。

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