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「どうだった?」



 未来から戻ってくると早速、ねぎらいの言葉もなく根津が尋ねてくる。



「新しい情報とか、ある?」


「坂下が高見を刺して逃げているのはまず間違いない。俺もそれに付き合ってる」



 あの後、俺と坂下は予定通りに服を買い、昼間から銭湯に入り、そしてファミレスで昼食を取った。


 財布の中身に余裕があるというのはすなわち自由を意味している。


 財布の金を使い放題というのは、逃走中であることを除けば、結構気分のいい体験だった。


 そして観光でもするみたいに次の行き先を決めて、西に向かう電車に乗った。


 そのあたりでタイムマシンの効果が切れ、戻ってきたのである。



「それと上着を処分していたみたいだ。多分、犯行の証拠が残ったんだと思う。どうやら俺は逃亡だけじゃなくて、事件現場にも居合わせたらしい」



 そういえば俺の通学カバンもなかった。

 血のついた上着をそのまま捨てると目立つだろうから、カバンに詰めて捨てたのかもしれない。


 しかしそれなら凶器であるカッターナイフも一緒に処分するべきだった。


 そうしなかった理由についても検討がついている。


 あれは根津の心の支えだった。

 犯行の後も手放す気になれなくても仕方ないだろう。



「平尾が居合わせたなら、事件は学校で起こったのかな」


「未来で持っていたニュース記事を信じるなら、時間は少なくとも夜だ。学内である可能性は低い気がする」



 だが俺も坂下も制服姿だった。

 考えられるタイミングとしては下校中とか、だろうか。


 事件現場に俺が居合わせることになったのは偶然だろう。

 そしてなし崩し的に逃亡を手助けすることになった。


 こういう経緯ならまだ理解できる、か?

 いや、そんなことで逃避行まで手伝うのは不自然だろう。


 自分のことなのに、どういう行動を取るのかが予測できなくて困る。


 二週間後の俺は、他人よりも不可解で難解だ。



「今回のタイムスリップで得た情報はこれくらいかな」


「少ないね」


「事件の概要なんて、そう簡単にペラペラしゃべってくれるような内容じゃないだろ」



 俺は刑事でもなんでもない。

 殺人犯から事件の内容や動機を穏便に聞き出すすべなど心得ていない。



「じゃあもう一回行ってみる?」


「勘弁してくれ。もう疲れた」


「まだ五分くらいしか経ってないけど」


「向こうでは数時間過ごしたんだ。精神的に疲れてる」



 こちらに残った根津と、未来を体験した俺とでは体感時間に差がある。

 そこでふと気づく。



「これって、未来で体験した時間に追いついたらどうなるんだろう」


「えーっと、どういう意味?」


「つまり順当に二十八日を迎えたとき、俺はもう一回同じ時間を体験するのか? それともすでに体験しているからもう一度はできないのか?」


「それってそんなに違いがある?」


「あるよ。未来を二度体験できるのか、それとも一度きりなのかでは話が変わってくる」



 タイムスリップが未来を先取りしているのか、それとも前借りしているのか。


 前者であれば俺はタイムマシンに頼らずにもう一度二十八日を過ごすことができる。

 だが後者であれば、どうしたってもう一度体験することはできない。


 その違いは大きいだろう。



「わからないことは試してみればいいよ」



 根津は考える素振りすら見せず、俺に懐中電灯を向ける。



「これで今から平尾を五分後の未来に送る。それで実験してみよう」


「どうやって?」


「あたしに任せて。そうだね、じゃあ五分後の平尾には廊下に出てもらっておくから、未来についたらすぐ部屋に入ってきて」


「わかった。言われたとおりにするよ」


「いくよ」



 まぶた越しに根津のタイムマシンが光って、俺を未来へ送り込む。


 目を開くとたしかに俺は廊下に立っていた。

 まるでなにか悪いことをしたみたいだ。



「おーい、入るぞー」



 根津の指示を思い出して扉を開けて部屋に入る。


 しかしそこに根津はいない。


 学習机だけの部屋はまるで引っ越しの途中のような物足りなさがある。



「根津、いないのか?」



 周囲を見回すが根津の姿はない。

 五分の間でなにが起こったのだろう。


 実験と言っていたが、これはその一環なんだろうか。



「わっ!」


「うおっ……!」



 突然背後の押入れから大きな声が聞こえて、俺は思わず飛び上がった。



「成功したね」



 押し入れから飛び出してきた根津は得意げな様子だ。

 俺は落ち着きのなくなった自分の心臓をなだめるのに忙しい。



「もうかくれんぼをするような歳でもないだろうに」


「実験だよ。平尾はこれであたしが押入れに隠れていると知った。だからもう引っかからない、そうでしょ?」


「なるほどな」



 同じ未来を二度体験できるのか、というのを確かめられるということか。


 もしも体験できるのであれば、二度目のときに俺は押入れを真っ先に開けて根津を見つけるだろう。



「意図はわかったけどさ、別に驚かせることはなかっただろう」


「じゃあ他にどんな方法がある?」


「そうだな、根津が部屋で着替えているところに踏み込むとか。それで二回目は踏み込まずに済む」


「そんな痴女みたいなことはしないよ」


「うん、俺もそこまで見たいわけではなかった」


「その態度は不思議と腹が立つ」



 などと軽口を叩いているうちに効果時間が切れたのだろう。

 一度まばたきをすると元の時間に戻ってきていた。



「未来の根津から実験の意図は聞いたよ」


「良かった、じゃあ外に出てて。五分経ったら入ってきていいから」


「ああ、そうするよ」



 廊下に出て、扉に背を預ける。


 すると薄い扉ごしに、押し入れが開けられる音がした。

 これならタイムスリップをしていなければ、すぐに根津がどこに潜んでいるのかわかっただろう。


 それからただ数分が過ぎるのを待つ。

 なにもしないでいい時間というのはたまになら良いものだ。


 だが次の瞬間、目の前には根津がいた。



「あたしのスウェットはリミッターだから。気合を入れた私服を見せたら、平尾なんてイチコロだから」



 なにかの話の途中だったようで、根津はまた根拠のない自信を発揮している。

 なんの話をしていたか覚えていない。



「実験は終わったぞ」


「そうなの? ということは……」


「スキップのほうだ」



 つまり一度体験した未来はもう一度体験できないということだ。


 これがどのような問題に関わってくるのかというと、根津が失敗したときのリスクが増えたことになる。


 もしも事件の発生が防げず、あの逃避行にまで事態が発展してしまったとする。


 その場合にも、俺は坂下に自首をすすめることができず、さっき未来でおこなったように逃走を積極的に助けてしまう。


 でも、それは事件の発生が防げなかった場合の話だ。


 失敗したときのことをまったく考えないのは良くないが、かといってリスクを恐れてばかりいては身動きが取れない。



「これで根津にはいっそう頑張って事件を未然に防いでもらわないといけなくなったな」


「任せて。具体的にはどうしようかな。やっぱり平尾と一緒に行動するより手分けしたほうがいいよね」


「俺は未来を見てきた分、もう働いてるだろ。どうやって事件を防ぐかは知らんが、そっちは根津が担当しろ」


「手伝ってくれないの?」


「未来で情報収集しているだけでも、十分手伝ってるはずだ」


「それもそうか」



 根津はあっさりと納得する。


 根津がめげている姿というものを見たことがないし、想像もできない。


 もしも未来を変えられるとすれば、それは俺ではなく根津みたいな人間にこそできることなのだろう。


 できれば俺も未来での逃避行をしたくはない。


 根津の頑張りに期待しよう。

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