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 目を開けると俺は未だネットカフェにいるようだった。


 どうやら今度の時間旅行は成功したらしい。

 やはり同じ時間を二度体験できないだけで、タイムマシンが壊れたわけではないようだ。


 周囲を見回す確認する。


 やはり以前訪れたときと場所は変わっていない。

 ネットカフェのペアシートにいる。


 しかし前回と異なり、室内にいるのは俺だけだ。

 坂下の姿はない。

 彼女が使っていた毛布も綺麗にたたまれている。


 パーティションにもたれて寝ていたせいか、身体が痛かった。

 軽く伸びをしながら目の前のパソコンを起動する。


 日付は十一月二十八日、時刻は午前八時。


 おおむね狙い通りの時間帯に訪れることができたことになる。



「あ、起きてたんだ」



 扉から気さくに声をかけて入ってきたのは、やはり坂下翔子だった。


 髪が濡れていて、頬もかすかに上気しているように見える。

 多分シャワーを浴びてきた後なのだろう。

 ネットカフェにはそういう設備もあると聞いたことがある。



「なにか食べる? 昨日コンビニで買ったパンがまだあるよ」


「ああ、うん。ありがとう、いただくよ」



 未だに明るく話しかけてくる坂下には慣れないが、空腹は感じた。

 だから差し出してくれたレジ袋の中からメロンパンを取り出して、封を開ける。



「そうだ、ドリンクバーで飲み物入れてこようか? なにがいい?」


「いや、自分で行くから大丈夫」


「そ、そう? じゃあ、うん……」



 急に坂下はおとなしくなってしまった。

 なんだか妙に世話をやいてくれようとする。



「あ、でもちょっと場所がわからないかもしれない」



 実際、入店した記憶がない。

 どこがトイレなのかもわからない状態だ。



「あ、だったら私も一緒に」



 坂下は嬉しそうに先導してくれる。

 なにが坂下の琴線に触れるのか、正直よくわからない。



「ねぇ、平尾くん。この後、どうする?」



 坂下は何気なく尋ねた風を装っていたが、声には隠しきれない緊張のようなものが滲んでいた。

 そのことが俺に現状を再確認させる。


 なぜネットカフェで一泊をしたのか。


 それは俺たちが逃亡中だからに他ならない。


 携帯電話を持っていない理由も、今なら察しがつく。

 追跡を防ぐためだろう。



「そうだなぁ……」



 ドリンクバーでプラスチックのコップにコーヒーを注ぎながら考える。


 良識に従うなら自首をすすめるべきだろう。

 きっと根津なら迷わずそうするはずだ。


 坂下は人を殺した。


 おそらく高見琴乃を。


 だから自首をすすめてしまえば、それで解決だ。

 坂下はきっと拒否しないだろう。

 逃避行も終了し、帰宅することができる。


 俺にとってはそれでハッピーエンドだ。


 頑張って事件の発生を防ぐ必要はない。


 逃亡の共犯者として多少は事情聴取を受けるかもしれないし、厳重注意を受けることもあるかもしれない。

 でも、それで逮捕される可能性は低いだろう。


 甘い考えかもしれないが、坂下に同情していたと供述すればそれほど強く咎められることはないと思っている。


 だから俺にリスクはない。


 坂下には自首をすすめるのが正解だ。


 正解はとうにわかっている。


 しかしそれを間違いなく選べるかどうかは、また別の問題である。



「服、買いに行こうか」


「え?」


「お金の心配はいらない」



 普段はペラペラの財布が、今は不思議とパンパンに膨らんでいる。


 未来の俺が逃走用の資金として準備したものなら、活用しない手はない。

 出どころは気になるけど。



「だからまずは服を一新したほうがいい」



 先ほど確認したが、携帯電話以外にも上着が失くなっている。

 坂下のものも同様だ。


 想像するに返り血がついたかなにかで脱ぎ捨てざるをえなかったのだろう。

 俺のものもそうだとすれば、事件現場に居合わせたことがわかる。


 それだけでも情報としては十分な収穫になるはずだ。


 十一月下旬の町を上着なしで歩くのはさすがに厳しい。


 制服で活動するのも、日中はともかく夜になれば補導されるリスクが高い。

 それにもしかすると気づいていないだけで、衣服のどこかに血がついているかもしれない。


 以上の理由から全身着替えておくべきだと判断した。


 なお着替えを提案したのは単純に不気味だという理由だけであり、積極的に証拠隠滅や逃亡に加担しているわけではない、と主張しておきたい。


 俺は小心者で、善人にはどうしてもなれない。


 犯人を目の前にしても、自首を促すことができないくらいには臆病なんだろう。

 情けないが、仕方ない。



「その後は銭湯にでも行って、どこかの店でおいしいものでも食べよう。先のことはそれから考えようぜ」



 元の時間へ戻った後、根津が尽力すれば事件はなかったことになる。


 そうなればどうせこの未来もなかったことになる。

 それならいけるところまで付き合うのもいいだろう。


 坂下はしばし唖然としているようだったが、ゆっくりと笑顔になった。



「うん」



 この行為はなんなのだろう、という評価は自分でも下すことができない。


 罪滅ぼしなのか、

 自己満足なのか、

 それともその両方なのか。


 なんだってかまわない。


 どうせなくなる未来なら、少しでも楽な方に転がっていくべきだ。


 少なくとも俺はそう思う。

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