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というわけで土曜日。
根津との約束はあるけれど、そう勢い込んで行くような楽しい用事でもない。
だから昼まで寝て過ごし、それから根津の部屋を訪ねた。
塾もないのに寂れたコンビニに立ち寄るのは妙な気分だ。
「なにから始める?」
二度目となる殺風景な部屋で、根津は俺を招き入れるなりそう言った。
ウソでもお茶くらい出してくれないものか。
とは思うけれど、遊びに来たわけではないから仕方ない。
唯一の家具である学習机にはすでに白紙のノートが広げられていた。
「調べたことはここに書き留めておくから安心して」
「なんだか自由研究みたいになってきたな」
タイトルはタイムマシンの機能と効能について、といったところか。
その発表における俺の役割は共同研究者というよりも、実験動物役になるのだろう。
「俺が知っておきたいことは、どれくらい未来へ行けるのかと、ちゃんと戻ってこられるのか。あとは健康被害や副作用がないかとか」
「平尾がそんなに慎重だったなんて知らなかった」
「当たり前だろ。未来へ行ったきり戻ってこれないとか、うっかり何十年も先に飛ばされたら困る。それに、何度も使うことで具合が悪くなるのも嫌だ」
「嫌なことが多いんだね」
「自分でも困ってるよ」
本当は受験勉強だって嫌だし、毎日学校に通うのだって嫌だ。
しかし嫌なことを回避するためには、別の嫌なことをしなければならないというのがこの世のルールだ。
今もっとも嫌なのは殺人犯となった坂下と一緒に逃避行することである。
その未来を現実にしないためなら、多少の努力はしよう。
「じゃあ順番に試してみようか。でも基本的な使い方くらいは聞いてるから大丈夫。このタイムマシンの性能なら、最大で四百五十時間くらい先までいけるって言ってた」
「ざっくり十九日くらいか。過去には行けないんだよな?」
「うん。光を加速させて未来に情報を送ってる、ってこれは昨日説明したっけ。そういう仕組みだから過去には戻れない」
「だったらお前の父親はどうやって過去に来たんだろうな」
「別のタイムマシンを使ったんじゃないかな。未来にはもっとすごいタイムマシンがあるのかも」
「ま、俺たちはここにあるもので工夫するしかないか」
そもそも過去に戻りたいとは思わない。
同じくらい未来に行きたいとも思わないが、今回は事情があるのでやむをえないだろう。
「ならまずは前回と同じ時間に送ってくれ。日付で言うと二十八日の午前三時頃だ」
「どうして? 他の日付へ行ったほうが情報を集めやすい気がするけど」
「同じ時間のほうが未来への影響をこまめに確認できるだろう。その日付の俺が坂下と逃避行していなければ事件は起こらなかったことになるんだからさ」
いちいち色んな未来へ行く必要はない。
一箇所の変化を確認することで現在での行動の指針にすればいい。
もっとも、同じ時間に何度もタイムスリップできれば、の話だけど。
「わかった。でも、ぴったりには難しいかもしれない。感覚で調整してるし」
「そこはもう仕方ない。大体でいいよ」
「ありがとう。じゃあ早速試してみる。準備はいい?」
「ああ」
タイムスリップするのはあまり気は進まないが、自分から提案している以上試さないわけにもいかない。
根津が懐中電灯の根本を回してなにかを調整するのを待ってから、俺は目を閉じた。
まぶた越しに光を感じる。
だがそれ以外にこれといった違和感はない。
すぐに光が消えたので目を開けてみるが、さっきと景色はまったく変わっていなかった。
「どうだった?」
「いや、ダメだ。今回はタイムスリップできてない」
「壊れたのかな」
「そんなに振り回すと本当に壊れるぞ」
乱暴にブンブンと懐中電灯を振り回す根津を諌めながら、考察を進める。
今の状況から判断するとタイムマシンが壊れたというよりかは、同じ時間に二度はタイムスリップはできないと考えるべきだろう。
これがこのタイムマシンの性質なのか、それとも時間旅行のルールなのかは不明だ。
しかしそれを知ることができただけでも十分だろう。
「これで同じ時間には二度タイムスリップできないことはわかった。だとすると、事件の情報収集は未体験の未来でおこなう必要があるのか」
具体的には坂下との逃避行を続けながら、ということになるだろう。
その中でいったいなにがきっかけで事件が起こったのかを突き止めることができれば、原因を摘むことで対処できる。
「他に確認しておきたいことってある?」
懐中電灯を手でくるくると回しながら、根津が尋ねてくる。
「そうだな。使用回数とか、毎回無事に戻ってこれるのかどうかとか」
「回数は電池が切れるまで。懐中電灯が消えたら平尾は戻ってこれる。これで安心した?」
「まぁ一応」
「じゃあ本番。昨日体験した未来よりももう数時間先に行ってみて」
「気軽に言ってくれるよ」
どうやら根津は実験に飽きたらしい。
早く本番に進みたくてウズウズしているのが伝わってくる。
俺もこれ以上は引き延ばせないと感じていた。
さっきまで言っていたことのすべてがごまかしだったわけではない。
だけど本音を言えば、俺はただ未来へ行くのを先延ばしにしたかったということになるのだろう。
できれば見なかったことにしたい。
だが現状では避けては通れない出来事だ。
いくら目を閉じ、耳を塞いでいても、二週間ほどでその日は訪れてしまう。
そしてそれを回避するためには、このタイムスリップを活用するしかない。
「じゃああらためて、準備はいい?」
「ああ、観念したよ」
そして今度こそ懐中電灯の光が、まぶた越しに未来を叩きつけてきた。
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