第13話 シンデレラなんて嘘よね

 疲れてやって来るお客様は男性ばかりではない。女性だって疲れてやって来られる。

 そんな時は思う存分お酒を飲んでお話をしてください。僕達はお客様のお話にお付き合いします。それにお話を聞いてくれるのは僕達だけではありません。

 そばに座っている他のお客様も聞いてくださいます。


 「シンデレラなんて嘘よね」

 彼女は突然そう口にされた。

 「ええ。あれは作り話しですから。かぼちゃが馬車になったり、ねずみが馬になったり。それにボロボロの服がドレスになったりするような事は現実にはありませんからね」

 マネージャーは笑顔でそう答えた。

 僕は彼女がそういう事を言いたかったのではなく、つらい毎日に突然王子様のようなかっこよくって、優しい男性が現れて、お城に連れて行ってくれるような話は現実にはないと言いたかったのだと思った。

 そこで、僕はその事を確認するために、彼女に尋ねてみた。

 「女性はやはりシンデレラのような恋をお望みなのですか」

 「そうねぇ・・・。

 たとえば、人と接するといやなことがあったりするでしょう。でもそれが表に出せないと、ストレスとなって積もってくるわけ。

 私の場合はお店に立って接客しているから、お客様とお話をしなきゃならないし、先輩エリアマネージャーとも話しをしなければならない。特に先輩エリアマネージャーはうるさい人だから、すごくストレスがたまっちゃう。そんな時にやさしい王子様が現れて、私を癒してほしいのよ」

 ちょっとわがままだと思ったが、わからなくもない。接客業ではいやな事があっても、なかなか顔に出せない。

 「でもね。たとえ王子様が現れたとしても、王子様でいてくれるのは最初だけで、しばらくすると王子様でなくなってしまうの。逆に私が彼を癒してあげて、身の回りの事までしてあげなきゃいけないの。もうその時は、私はシンデレラでもお姫様ではなく、単なる洗濯女なのよ。

 なんか変じゃない。そして、お互い新鮮味がなくなるとダラダラしてきて、いつのまにか彼は違う女性の王子様になったりするのよねぇ」

 彼女はそうおっしゃて、バーボンのロックを一口飲まれた。

 『確かにそうだ』

しかし、男の口から言わせてもらえば、いつまでも王子様でいたいけど、彼女がシンデレラでなくなってしまえば仕方のない話しだ。そんな時に、ちょっとかわいくて気があった女性が目の前に現れれば、そっちがシンデレラに見えてしまう。

 そんな事を考える僕もわがままなのだろうか。


 彼女はバーボンのロックを空けてしまい、二杯目を注文すると話しを続けられた。

 「でもね。あのシンデレラの話しの続きはどうなったのかしら。やっぱり王子様は外では他の女性の王子様になったのかしら。シンデレラは本当に楽しく暮らしたのかしら」

 彼女は冗談でおっしゃているのだろうか、以外にまじめな表情だった。

 僕はシンデレラが結婚した後の生活なんて気にもしていなかったが、言われてみれば王子様の元に嫁いだシンデレラはいったいどうなったのだろうか。

 そんな彼女の話しを聞いているのはマネージャーと僕だけではなかった。カウンターの端に早い時間から座って飲んでいる四十歳半ばの常連男性が聞かれていた。

 「いや。王子様はシンデレラにとって、いつまでも王子様だったらしいよ」

 男性がそうおっしゃると、三人は一斉にカウンターの端を向いた。

 「いつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。

 ・・・だったんだよ。

 ガラスの靴がぴったりあったシンデレラは、いつでも王子様の元に嫁いでいけるように身支度を始めた。普段着ているぼろぼろの下着や洋服を小さな鞄に詰め込んでね。

 姉達や継母は自分たちが持っていたドレスや香水、それに髪飾りやイヤリングまでシンデレラにあげた。いままで意地悪だった継母や姉達はシンデレラにまともな服を買い与えたことは無かったのに、シンデレラが王子様の元に嫁ぐ事が決まると、継母と姉達はシンデレラに急に優しくなったんんだな。

 シンデレラはなんでドレスや宝石がたくさん必要なのかわからなかったので、継母に尋ねると、『お城に行けば毎日パーティがあるのに、同じドレスを毎日着てはいけないだろう』と言うのだ。

 シンデレラは自分の事を心配してくれる継母や姉達の優しさがとてもうれしかった。

 そして、その日はやって来て、王子様の使いの者がシンデレラの元へやって来た。

 シンデレラは継母や姉達にもらった物と、わずかしかなかった自分の荷物が入った鞄を持って馬車に乗った。

 それを見た継母と姉達はこの世の終わりといわんばかりに泣いた。シンデレラは姉達が流す涙に心を打たれ、涙を流して別れを告げた。

 ところが、シンデレラにドレスをあげたり、別れ際に涙したのは継母と姉達の策略だった。もしこのまま意地悪な継母や姉達のままでいたら、シンデレラはきっと自分達を結婚式や、パーティに呼んでくれないと思ったんだね。

そこで、継母と姉達はシンデレラに自分達は、実は優しい人間だったという印象をもって嫁いでもらおうと考え、ドレスや宝石をシンデレラに与えたのだ。

 そんな事とも知らずに、シンデレラはお城に入ってしまった。

 シンデレラはお城に入ったが、すぐに結婚式というわけではなかった。結婚式までの間、王子様の妻としての教育を受け、城の中での作法などを学んだ。

 貧乏な暮しのシンデレラにとっては初めて聞く事ばかり。しかし、シンデレラは王子様のためには必要な事だと思い、一生懸命勉強した。

そして、ついに結婚式を迎えた。

 すべての行事は王子様の家のしきたりで行われた。披露パーティには王子様の親戚や、隣国の王や王子、それに自分の国の大臣や貴族も参列した。

 シンデレラは王子様の横に立ち、なれない挨拶や祝辞を受け、それに笑顔で答えた。

 シンデレラは疲労困憊したが、これも王子様のもとに嫁いだのだから、がんばらなければと一生懸命だった。

 もちろん、継母や姉達もシンデレラのはからいで披露パーティに呼ばれた。しかし、彼女達はシンデレラの事などお構いなしで、色男探しに一生懸命だった。

 ところが、参列する男達は隣国の王や王子、それに貴族だ。数えきれぬほどのおきさき候補を見てきているから目が肥えており、姉達にはまったく見向きもしなかった。姉達はシンデレラをだます事はできても、王子や貴族をだます事はできなかったわけだ。

 披露パーティも終り、シンデレラはやっと一息つけるかと思ったが、今度は国内の公務の仕事が目白押し。植樹祭、スポーツイベント出席、施設訪問、そしてパーティ。

 シンデレラはそれでも王子様のためだと思いがんばった。

 そのうえ、四六時中シンデレラのそばで侍女(じじょ)がお世話をしようと待ち構えている。着替えから食事、そしてお風呂まで。何から何まで侍女がしてくれる。

 シンデレラは、『自分の事くらい自分でできるのに』と思った。

 ともかく、時間なんかまったくとれないシンデレラは気が休まる事はなかった。そのうえ、シンデレラは王子様の元に嫁いだというのに、王子様に食事を作ってあげたり、身の回りのお世話をしてあげる事もできなかった。

 嫁入り前の教育ではこんな事だとは教えてくれなかった。ただ、『そばに侍女がいるので、彼女達に手伝わせなさい』と言われただけだった。

 シンデレラは悩んだ。

 『私はいったい何をするの』

 シンデレラは王子様にこの悩みを話そうかと考えたが、王子様は公務に忙しく、なかなかゆっくり話をする事ができない。

 王子様とベッドで二人っきりになった時に、今の自分の悩みを打ち明けようか考えるが、公務に疲れて帰ってきた王子様に心配はかけられない。それに、若い男女でべッドでする事は決まっている。

 そんな日々を送っておると、シンデレラは子供を身ごもる。そりゃ王子様は喜んだ、もちろん王様もお后様も大喜び。

 でも一番喜んだのはシンデレラだ。こればかりは自分の体の事だから、誰にも任せられない。シンデレラは救われたと思った。

 そして、無事、男の子を出産。

 ところが生まれた子供は、三ヶ月もすると乳母(うば)に預けられてしまった。子供の身の回りの世話は子供の侍女がすべて行い、シンデレラは再び何もする事がなくなった。添い寝もできず、時々、抱いてあげるのだ。

 シンデレラは侍女に子供の面倒は自分が見ると言うが、侍女は王様から子供面倒を見るように命令されているので、もしシンデレラがそのような事をすると、侍女たちは王様にしかられてしまい、職を失うと言うのだ。

 シンデレラは侍女が職を失ってはかわいそうに思い、しかたなく侍女に子供を預けた。

 そんな悩むシンデレラの元に悪い知らせが入る。継母が亡くなったと。

 シンデレラは継母の葬儀に参列し、久しぶりに姉達と会う。姉達は未だに独身で、王家から送ってくる仕送りで派手に暮らしていた。そんな姉達にシンデレラは悩みを打ち明けると、姉達はそんな幸せはないと言う。何もしなくて毎日パーティに出て、買い物をして、楽しく暮らせば良いと言う。

 シンデレラはそんな生活が幸せだと言う人がいる事をショックに思った。しかし、世の中にはいろいろな人がいて、いろいろな幸せがある事もわかった。

 ふと、シンデレラは『私の幸せはなんだろう』と考えた。

 シンデレラの幸せは王子様に手作りの料理を食べていただいたり、王子様の身の回りの世話をしたりする事。もちろん子供のお世話や遊んであげる事もそうだ。

 そう、シンデレラの幸せは家族の事を思って、尽くしてあげる事だった。

 そして、ある晩。シンデレラは王子様からしかられるのではないかと思ったが、勇気を出して王子様に、王子様に手作りの料理を食べていただきたい、王子様の身の回りの世話をしたいと申し出た。

 ところが、王子様は快く承諾してくれた。王子様はシンデレラの昔と変わらぬ心優しさと献身的な愛に心打たれたのだ。

 それから、王子様はシンデレラに食事を作ってもらい、身の回りの世話をしてもらい、子供の世話もさせた。もちろん侍女にはシンデレラの言う事をそばで聞いて、手伝いをする職につかせた。

 王子様がどこかで他の女性の王子様になったのだろうか。いや、シンデレラは王子様が見初めたころの優しい心と、献身的な愛をもっていつまでもシンデレラでいた。

 だから、きっと王子様はいつまでもシンデレラの王子様であったと思うよ。

 こうして、シンデレラはいつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。だったんだよ」


 僕達は聞き入ってしまった。

 そして、彼女は氷が解けてしまった二杯目のバーボンを一気に飲み干し、大きな声でこうおっしゃった。

 「それで、シンデレラが一番上手だったお世話って、やっぱりベッドの上だったのかしら」

 唖然となったカウンターの男性を横目に、僕は彼女にはシンデレラの幸せよりも、姉達の幸せのほうが似合っていると思った。


第十三話 終わり

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