第6話 仕草

 先日、友達から「女の子の仕草で好きなのは何?」と聞かれた。

 その時、僕はいろいろな仕草を言った。だけど、どれかひとつに絞れなかった僕は優柔不断なのだろうか。

 ちなみに、友達は口を尖らせるのが好きだそうだ。かわいいんだって。

 それに自分の太ももに手を置かれるのも好きだそうだ。

 それは仕草とは違うと思うが。


 彼女達三人はおしゃべりをしながら入って来られた。

 「いらっしゃいませ」

 僕がカウンターを薦める前に、彼女達三人の中の一人があたりまえのようにカウンターの真ん中に座られた。そして、残りの二人がその彼女をはさむようにして座られた。

 三人とも、とても美人だ。

 三人もいればどなたかは「ちょっと」と言う女性もいらっしゃるが、今晩の三人は皆美人で、背が高く、スタイルも抜群だ。洋服の着こなしも最高で、街中で見かける女性とはちょっと違う。テレビで見た事がある訳ではないので、芸能人ではなさそうだが。もしかすると、ファッション雑誌のモデルさんなのだろうか。

 僕は女性のファッション雑誌を見ないので、そのあたりのモデルさんの事はさっぱりだ。もし雑誌を見ていれば、『雑誌で見ましたよ』なんて声をかける事ができるのに。

 そんな事を考えながら、僕は一人一人におしぼりを渡し、もう一度彼女達の顔を見直した。

 向かって右の彼女は肩まで伸ばした髪を内巻きにしている。小顔で、目がとても大きい。よほど目に自信があるのだろうか、僕からおしぼりを受け取られる時に瞬きもせず、僕の目をしっかりと見た。

 僕はそんな彼女に気の強さを感じてしまった。

 真ん中の彼女も同じような髪型をしている。目が釣りあがって、ちょっと口が大きめのはっきりした顔立ち。彼女は僕の顔などまったくご覧にならず、片手を出されておしぼりを受け取り、軽く手を拭くと、すぐさま膝の上に置いたバッグからスマホを取り出された。

 彼女はマイペースというか自己中心的だ。

 そして左の彼女は、前髪を左から右に流したナチュラルな感じ。彼女も二人と同じように小顔で、目が大きな美人。

 彼女はおしぼりを受け取られる時に、僕の方を向いてにこりと笑っていただいた。他の二人と違い、気の強さも自己中心的なところも感じさせない優しい女性だ。


 自己中心的な彼女はスマホのメールのチェックが終わると、スマホをテーブルの上に置かれ、今度はバックの中からタバコとライターを取り出された。

 アメリカ産の有名なタバコで、メンソール。タバコを吸わない僕でも知っている。

 僕が彼女の前に灰皿を置くと、彼女はタバコを一本取り出し、すぐに口にくわえて『カチッ』と言う音を立てて、火をつけられた。そして、ちょっと長めに吸われ、煙を吐いて気の強い彼女と話しを始められた。

 僕はバックの棚を振り向きメニューを取り出した。話がはずむ二人にはメニューを渡しづらい。しかし、ここで左の優しい彼女に渡してしまうと、自己中心的な彼女が変な顔をされないか心配になる。すると、左の優しい彼女から助け舟が出た。

 「すみません。メニューを見せていただいてよろしいですか」

 「はい。かしこまりました」

 『助かった』と僕は心の中でつぶやいた。

 優しい彼女は僕からメニューを受け取ると、真ん中の女の子の肩を指先で優しくたたいた。

 「あっ。オーダーね。何にしようかしら」

 自己中心的な彼女はそう言って、優しい彼女からメニューを取りあげ、自分の前に広げられた。すぐさま気の強い彼女は身を乗り出されメニューを覗き込んだ。

 メニューを覗き込む二人は黙った。さっきまでのおしゃべりはいったいどこに行ってしまったのだろうか。

 「あのね、バーテンさん。あたしジンを使ったカクテルが飲みたいんだけど」

 自己中心的な彼女が突然そう言われた。

 「かしこまりました」

 僕はジンを使ったカクテルが並ぶページを広げ、上から順番に説明をした。

 「そうですね。こちらが、ジンを使ったカクテルです。『ジン・トニック』、『ジン・フィズ』、『ジン・バック』、『ジン・リッキー』、それにジンという名前はないのですがジンを使ったカクテルに『トム・コリンズ』というのもあります。

 たとえば、『ジン・トニック』これはジンをトニックウォーターで割り、最後にレモン、またはライムを飾ります。柑橘系の味わいがお好きな方にはよろしいかと思います。

 また、トニックウォーターをソーダに変えて、レモンジュースと砂糖を少し加えたものを、『ジン・フィズ』といいます。これは、ソーダ以外をシェイカーに入れ、シェイクし最後にソーダを満たします。レモンの香がするさわやかなカクテルです。ジン・トニックと同じように少し背が高いグラスでお出ししています。

 またトニックウォーターをジンジャエールにすると、『ジン・バック』になります。甘さと酸味がきいたカクテルで、夏場に良く出ます。このバーでは、グラスにレモンスライスを入れて、見た目にアクセントをつけています。

 『ジン・リッキー』はライムを搾ってグラスに入れ、ジン、ソーダを入れてマドラーを添えてお出しします。甘さを加えていない分さわやかです」

 僕の説明を聞いた彼女達はしばらくメニューを見ながら考えられていたが、なかなか決まらなかった。

 最初に声を出したのは、やはり自己中心的な彼女だった。

 「じゃ上から順番にひとつずつ頼んで、回し飲みね」

 彼女は他の女の子の意見など聞かずに、そう決め付けた。

 「かしこまりました」

 僕は他の二人が黙ってうなずいているのを確認するとそう答えた。

 僕はジン・トニック、ジン・フィズ、ジン・バックを作り、右から順番に置いた。それぞれのグラスの説明が終わると、すぐに手を出されたのはやはり自己中心的な彼女。ジン・バックを選ばれた。

 次に手を出されたのは気が強い彼女。ジン・フィズを選ばれた。

 二人はグラスを引き寄せ一口くちにするかと思ったが、再びおしゃべりを始めた。

 そして、残ったのはジン・トニック。もちろん優しい彼女が手にされた。

 彼女はグラスを手にされると、すぐに、口をつけ、軽く口に含んでゆっくりと喉を通し、僕の方を見て笑顔を見せてくれた。

 彼女の笑顔も『仕草』と言うのだろうか。『仕草』であれば、彼女のその笑顔は僕が好きな『仕草』のひとつだ。


 どれくらい時間がたったろうか、それでも二人の話は尽きる事なくはずんでいる。ブランド品の名前が出てきたり、バッグの中から化粧品を取り出され、なにやら説明をされたり。時々、話をされながらメールの確認もし。しかし、二人の話に比べ、僕が作ったカクテルはあまりはずんでいなかった。

 自己中心的な彼女はジンを使ったカクテルを飲みたいとおっしゃていたのに、もう少し飲んでほしいものだ。それに、後でグラスを回すともおっしゃっていたけれど、そんな事もなかった。

 ところで、優しい彼女は二人の横で話を聞くばかり、時々うなずいたり微笑んだり。自分から話を持ち出すような事はなかった。

 優しい彼女にとっては、二人の話はおもしろくないのかな。

 僕は優しい彼女のグラスがほとんどなくなっている事がわかると、すかさず注文をうかがった。

 「何かお作りしいたしましょうか」

 「あのぉ。最後におっしゃったカクテルがあるでしょう」

 「ジン・リッキーですね」

 「それをいただこうかしら」

 「かしこまりました」

 リッキーとは、ジンなどのスピリッツにライムの果肉とソーダを加えて作るカクテルのスタイル。 

 僕は最初にライムを軽く絞り、グラスに落とした。次に氷を入れ、ジンを注ぎ、ソーダを入れて最後にマドラーを添えた。

 マドラーは飲むときにライムをつぶし、好みの味にするために使う。

 僕は優しい彼女のために普段使っている赤いマドラーではなく、特別な時にだけ使っている透明で、持ち手のところが銀でできたマドラーを添えた。

 「どうぞ、お好みに合わせてライムをおつぶしください」

 「ありがとう」

 優しい彼女はジン・リッキーを自分の方に引き寄せ一口飲んで、マドラーの銀の持ち手を指先で軽くつまんでライムを優しくつついた。

 何度も何度もつつくのではなく、三回だけツンツンツンと。そんなに優しくつついてもライムは味を出さないかもしれない。でも、彼女がつついてくれるなら、ライムは彼女の好みの分だけ味と香を出してあげるだろう。

 実は、僕は女性から「ジンを使ったお勧めのカクテル」と言われると、ジン・リッキーをお出しする。それはグラスの底にあるライムを女性がつつきながら飲む『仕草』がとてもかわいくて素敵だからだ。

 もしかすると、これが、僕が一番好きな女の子の『仕草』かもしれない。


 僕は彼女達の誰がジン・リッキーを頼むか心配だった。いや、優しい彼女に頼んでほしかった。そして、その願いがかなって良かったと思った時だった。

 「なんかそれおいしそう。ちょっと飲ませてぇ」

 自己中心的な彼女はジン・リッキーのグラスを「ぐっ」と自分の方に引き寄せ、マドラーをしっかり握ってライムを力強く、ドンドンドンとつぶした。

 そんなに強くつぶさなくても・・・ライムは味を出すのに。

 僕は女の子の『仕草』よりも、好きな女の子のタイプを選んでいたのかもしれない。

         

 第六話  終わり 

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