第3話 預言の内容

【ヨカナーンの発言・意図】

登場人物の少ない戯曲内で、他とほとんど会話をせず、関係性を構築しないキャラクターであるヨカナーン(ヨハネ)。

基本、井戸からシャウトしている、一方通行のコミュニケーションをしているように見えます。

『サロメ』初出は戯曲、1幕もののストレートプレイとして書き、後にオペラとしての上演がありました。英語→ドイツ語オペラ→日本語という翻訳経路でその過程の伝言ゲームでの齟齬はありそ。

(オペラ「サロメ」森鴎外訳の舞台はガリラヤ湖周辺の城としているので、マケラス要塞ではないですね、ガラリヤ湖周辺も確かにヘロデ王の領地だから無しでは無いけども。設定に無理があるような。。。気になる方は地図を見てみてください。)


人間ドラマより歌がメイン!っていうオペラならまだわかるのですが、ストレートプレイで、これだけ発言が不思議ちゃん、しかも他と交流無し、やっと登場したと思ったら主人公に惚れられて、次に出てくるのは処刑後の生首になっちゃうヨハネって一体。

こんなに無駄の多いキャラクターはありなのか。


とりあえず、ぱっと見、テキスト上は、主人公のサロメに比べると、だいぶ解像度が低い登場人物のように感じました。

この第一印象が、私の宗教知識の無さが原因なのか、とりあえず発言を一個一個掘り下げたいと思います。


↓一応この段階でいったん定義しますね。↓


・ヨハネとは、

洗礼のヨハネ、バフテスマのヨハネ、ヨカナーン、預言者だが救世主ではない人


・イエスとは

個人名、預言者であり救世主の人。


・キリストとは

救世主 という役割のこと。キリストはギリシャ語由来、メシアはヘブライ語由来だけど基本同義。


【以下はヨカナーンのセリフのみ抜粋して調べたものです。】


①俺の跡から来る者がある。それは俺より強いのだ。

俺なんぞはその男の靴の革紐を結ぶのも勿体ない位だ。

その男が来ると、荒れ果てた里々が喜びの声を立てるであろう。

その男が来ると、盲いたる者の目が日の光を見るであろう。

その男が来ると、聾いたる者の耳も開くであろう。

②見い。主がお出でなされた。

人の子がそこまで来られた。


※①② イエスのことやイエスの起こす奇跡についての預言ですね。

預言者としてはヨカナーン(ヨハネ)はイエスの先輩ということになります。


奇跡

目(マルコ8:22、マタイ20:29、マルコ10:46、ルカ18:35、ヨハネ9:1)

耳(マルコ7:32)

しかし史実だとマケラスにイエスは行くことは無いんですよね。そこまで南下していないし、「来る」は具体的に到着するの意味ではないのかも?


③こりゃ。パレスチナの国。お前を打った笞が折れたといって、喜ぶなよ。

なぜというに、蛇の種からは、一目で殺すバシリスコスの龍が出て、その子が飛鳥を皆呑んでしまうぞよ。


※③国民たちよ、(悪政を行った)ヘロデ大王(ヘロデ王の父)が死んだけど安心できないぞ、また恐ろしいことが起きるぞ、という未来予知的な預言。


④罪の盃に溢るまで酒を注いだ男は何処にいるのだ。

近いうちに銀の上着を着て皆の見る前で死なねばならぬ男は何処にいるのだ。

その男をここへ呼んで来い。

沙漠の上にも、宮殿の中にも響いた声を聞かせてやるから。


※④ヘロデ王(サロメの義父)を咎めている。ヘロデは後に前妻の実家の国と揉めて戦争になって敗戦、追放になる。白銀の衣の男はヘロデアグリッパ(ヘロデ大王の孫)のことを差す(ヘロデ大王の系譜が途絶える)という説もあるけど、アグリッパはヘロデアンティパスの甥っ子なのでなんでここででてきたのか不明。ヘロデ系列の王政が崩壊するぞ的な脅しなのかな。


⑤絵にかいた男の前に立っていた女子は何処にいるのだ。ハルデア人をかいた絵の前に立っていて、彩色に目を奪われ、ハルデア国へ使者を遣った女子は何処にいるのだ。

⑥アッシリアの隊長共に身を任せた女子は何処にいるのだ。

細いリンネルに風信子石を光らせて、金の楯や銀の兜で巨人のような体を飾ったエジプトの若者に身を任せた女子は何処にいるのだ。

罪悪の寝床、血族結婚の寝床に寝ているなら、起こして連れて来い。主の為に道を開く者の詞を聞かせてやる。それを聞いて過去った悪事を悔いるが好い。


もし悔いずに強情に罪悪の境界を離れまいとするなら、主の道を持った男がここで打懲らしてやる。


※⑤⑥サロメの母へロディアをバビロン虜囚の時に裏切った女になぞらえて批難している、のかな?この辺もうちょっと調べる必要がありそう。


⑦俺をみているこの女子は誰だ。

俺はあの目で見て貰いたくない。

あのてらてらする瞼の下の金色の目で、

なぜ俺を見るのだ。

一体あの女子は誰だ。

名なんぞは聞きたくない。

早くあの女子を何処かへ連れて行け。

又物も言いたくない。

⑧下がれ。バビロンの娘。

主に選ばれたものに近寄るな。

そちが母は快楽の酒を世の中に溢れさせた。

そちが母の罪悪は天にも聞こえている。


※⑦⑧サロメに出会った際の会話。


⑨ソドムの娘。俺の傍へ近寄るな。

お前は被で顔を隠して、

髪の上に灰を播いて、

沙漠へ行って、人の子に逢うが好い。


※⑨イエスに洗礼してもらいなさいよ的なことを言ってる。オスカーワイルドのサロメ、構想時点では、後半サロメはイエスに出会って洗礼を受ける、とあるのでこのあたりは伏線だった可能性あり。(興味のある方は光文社の平野啓一郎訳を読んでみてください)


⑩俺の傍へ寄ってくれるな。俺の耳には、この宮殿の中で羽撃きをしている死の天使の翼の音が聞こえているのだ。

⑪下がれ。バビロンの娘。

この世界へ罪悪の来たのは、女子の為業だ。

俺に物を言ってくれるな。

お前の声は聞きたくない。

俺の聞く声は主の声、神の声ばかりだ。


※⑪直前サロメが旧約聖書の『雅歌』の牧歌4をパロッて男女を逆転にしたスペシャル口説き文句を投下したのですが、ヨカナーンはまさかの聖書引用で一刀両断にしました。聖書(新旧ともに)アダムとイブのイブのせいで世界に罪悪が来たので、罪悪の来たのは女子の為業という引用です。十代の少女に言うにしては主語がデカめ。

屁理屈ではあるのですが、新約聖書のルカ7:28に「言っておくが、およそ女からうまれたもののうちヨハネより偉大なものはいない。」とありまして、いうて人の子はすべて女から出てきてますし、ヨハネも右に同じですのでね。女が穢れているのは言い過ぎです。動揺が見えます。


⑫下がれ。ソドムの娘。

この体に障って貰うまい。

神の宿ってお出でなさる体だ。主の寺院だ。障って穢して貰うまい。

⑬ならん。バビロンの娘。

ソドムの娘。ならん。


※⑫⑬ソドムとは罪深いゆえにヤハウェの滅ぼされた街のこと。ちなみに滅ぼすか滅ぼさないかという交渉がヤハウェと預言者ロトの間で行われたりした。

穢れに触ると預言の力に何か影響があるのかしら。。。電波障害的な?


⑭困惑せぬのか、

ヘロディアスの娘。

⑮こりゃ。放埒の生んだ娘。そちを助ける事の出来るものはこの世にたった一人しきゃない。

早う行ってその人を尋ねるが好い。

その人は今ガリレアの湖水の上の船に乗っていて、お弟子達に説教をしてお出でなさる。

そちはその湖水の岸に行って、膝を突いて、そのお方の名を呼ぶが好い。

そのお方は自分の名さえ呼んでくれれば、誰の処へでもお出でなさるのだ。そしてその方がお出でなさったら、お御足の元に身を倒して今までの罪を許してお貰い申すが好い。


※⑭⑮サロメの変貌っぷりに、彼女に想いを寄せていたナラボトがショックから自死。血まみれの惨事の様子を間近に見ていたにもかかわらず、ノーリアクションなサロメに対しヨカナーンが「無理。」となっての一言。

自分では手に負えないがイエスなら救えるんでは?ということで洗礼を勧めた。

このオペラは舞台がガリラヤ湖周辺の城、という設定なので、そんなに離れてないところにイエスがいるよ、行ってきな!と言っている(ユダヤ古代誌ベースだとマケラス要塞なので劇的に遠くなってしまうのだが)。それにしても、預言、そんなGPSみたいなことまでできるのか。


⑯ええ。呪われておれ。

穢れた交わりをした母の娘。

呪われておれ。

⑰俺はそちを見たくない。

そちは呪われておれ。サロメ。

そちは呪われておれ。そちは呪われておれ。


※⑯⑰洗礼に行けという話を全然聞いてくれないばかりか、追い打ちでキスをせがむサロメにお手上げヨカナーン、せっかく井戸から出られたのに自分から井戸に引っ込む直前のセリフ。来るときはナラボトに連れてこられたのに井戸に戻るときはセルフ。

ちなみに⑦~⑰のセリフが井戸から出て会話をしているセリフでそれ以外の①~⑥と⑱以降のセリフはすべて井戸からのシャウトで且つ、預言、となっております。

㉖後、ヨカナーンの再登場は処刑後なので生首状態です。


⑱見い。時節は到来した。

先頃から俺の言った日は、いよいよ今日だ。

⑲見い。日は近付いた。

主の日は近付いた。

世界の救済者の足音が山の上に聞こえる。


※⑱⑲匂わせ。俺の後からくる「その男」の到来(預言者、救世主、最後の審判)の匂わせをしつつ、⑩の時点でヨカナーンは死の羽ばたきが聞こえている。

⑱の直前、メンタルをやられたヘロデ王も幻聴で羽ばたきが聞こえちゃっている状態。物語としてすごく不穏な流れを作っていますね。


⑳ああ。淫婦奴。ばいた奴。バビロンの娘奴。

主のお詞を聞いたか。

㉑そちの周囲に人が集まるであろう。そして石を拾うて投げ付けるであろう。

㉒隊長共がそちを刃に貫くであろう。

そちを楯で押潰すであろう。

㉓そうして穢らわしい事がこの世界にないように致そう。

あらゆる女子が、そちの踏んだ道に踏み迷わぬように致そう。


※⑳㉑㉒㉓へロディアに対する非難と不吉な預言です。サロメに言っているようにも聞こえます。基本王妃へロディアは、この中で一番メンタル強者なので幻聴も聞かないし、揺るがない。

⑳~㉓でサロメが、「この女」について母のことなのか、ヨカナーンに性欲を感じちゃった自分のことなのか混同して「私って死ぬべき?」というメンタル不調を起こし粛々とパニックになる流れです。でも⑮でサロメが救われる道を示唆しているヨカナーンなので全般的に身体接触については未遂で終わってるサロメに対して言っているようには見えないような。物語のエンディングではサロメが盾に押しつぶされて死にます。これを因果応報とするのか。また⑳~㉓が神が乗り移って言っているイタコムーブメントなのかヨカナーンが自分の意思で言っているのか、この辺りをどう描くかで演出家の力が問われそう。


㉔今にその日が来るであろう。

日は黒い布のように黒くなり、

月は血のようになり、

空の星は、熟せない無花果が無花果の木から落ちるように、地の上に落ちるであろう。

そしてその日には世界の王者達が震いおののくであろう。


※㉔終末、最後の審判の示唆。


㉕あれは玉座の上に坐っているであろう。

猩々非の袍を着て。

そして主の御使があれを打倒されるであろう。

打倒されて、蛆に食わせてしまうであろう。

※㉕王様の失墜、国の滅亡、不吉預言のクライマックスです。ちなみに王様のイメージカラーは赤(猩々緋)です。

原文では赤紫。この時代は紫色の染料は大変高価だったらしいです。


㉖エドムから来るのは誰だ。

ボズラから来るのは誰だ。

緋に染めた着物を着て、

その着物が美しゅう輝いて、

偉大なる姿をして歩んでくる。

なぜあの着物は緋に染まっているのか。


※㉖イザヤ書63章の、終末が来るとどうなっちゃうのか問題に言及した箇所。

エドムは死海の南側、ポズラはエドムの首都。エドムはイスラムの敵国です。

聖書的な引用です。緋に染めた服を着て血しぶきが裾に付いて染まってる人=救世主です。神を信じない征服者である敵国の人たちをイエスが再臨した際にイエスが踏んで圧死させて血しぶきが裾に付きました、という描写。

原文だと着物はPurpur(パープル)って言ってるので紫に染めた着物で。「Warum ist dein Kleid mit Scharlach gefleckt?(なぜ、あなたの衣には緋の斑点があるのか。)」裾に返り血がついているよということ。

紫というのはイエスが磔刑になる時に着ていた服。

もしくは直前に磔刑前にユダヤの兵に馬鹿にされて無理やり王様コスプレをさせられた際(いばらの冠・赤紫の外套・蔓の錫杖)の姿からきているイメージカラーかと。無信心の征服者が最後の審判で踏まれて殺される、不吉預言ここに極まれりという感じです。


大変長くなりました。全体の考察は次に書きます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る