四月馬鹿
ろくろわ
春の訪れ
暖かな陽が降り注ぐカフェ『アニバ』のテラス席で、ふと春って何なんだろうと思ったのは、きっと耳障りなセミの鳴き声のせいだろう。
『アニバ』には春を彩るメニューが沢山あった。一番のお薦めは、きっとこの全面に押し出されているイチゴとフルーツとクリームたっぷりのパンケーキなのであろう。だけどそれよりも、その下の真っ白なクリームの上にまるごと一つ置かれたイチゴのショートケーキの方が気になった私は、イチゴのショートケーキにフルーツのハーブティを注文した。可愛い店員さんが注文をとり、席を離れると私は聞こえ始めた蝉の鳴き声をバックに、春について何となく思い馳せた。
そもそも、いつからが春かだなんて捉え方によって変わってしまうものだと思う。天文学的には春分から夏至が来る前までが春とされているし、気象学的には太陽暦に合わせて三月から五月までが春となっている。太陰暦では一月から三月だし、文学では立春から立夏前日までだ。感覚的な話で言えば、暖かくなってきた事に浮かれ、桜が咲く事に想いを馳せ、土筆が伸びる音や鶯の唄う声を聞いて春を感じるのかもしれない。今日だって一年中食べれるイチゴのショートケーキとフルーツのハーブティだって、春特集と書かれると何だか春の食べ物のように感じる。
そのようなことを考えていると「お待たせ致しました」と店員さんがケーキセットを運んでくれた。
私は「有り難う」と視線を送り、
お洒落な陶磁器のティーポットからはハーブティの爽やかな香りがして、セットのイチゴのショートケーキをより可愛らしくしてくれていた。
テラス席から見える街中の様子も良かった。テラス席の横を忙しそうに、だけど何処か生き生きとして行き交う人達もまた、春の風景なのかもしれない。ピッとした新しいスーツ。パステルカラーで今年流行りのスカート。まだ少し距離を感じるならんで歩く人達。夏とも秋とも冬とも違う、浮かれているような、そんな感じがして何だか楽しかった。そんなちょっと浮かれていた私を引き戻すように、遠くにあった音が大きくなった。
「なぁ、
春に逃避していた私の耳に、また蝉の鳴き声が聞こえた。
「えっと、なんだっけ?
声のした方に視線を向けた。
そう言えばそもそも春ってとボヤぁと考え始めたのも、彼が話しかけてきてからだった。私はカップのハーブティを一口含み、彼の目の奥を見ながらニコッと笑って見せる。
「だからぁ仁科さぁ学生の時、俺の事好きだったんじゃん?んで、今お互い特定の相手もいない訳だしさ。付き合っても良いんじゃないかってね話だよ」
元々見ていなかった彼から視線を反らし、手元のショートケーキにケーキフォーク差し込む。生クリームで支えられている赤く大きなイチゴが、ケーキフォークに押され揺れるスポンジから落ち、お皿の上にコロンと転がった。
「いきなりだったから驚いちゃった。どうして急に今なの?」
私はどうでも良い事を高橋に聞く。別に答えなんて求めてないし、なんでも良いのだけど。
「別に理由なんて無いよ。強いて言えば春だからかな!そう、春だからだよ!春は出逢いの季節だし何だか、めでたいじゃん。それに今度みんなで桜を見に行くんだよ。仁科も行こうよ。きっと楽しいよー。職場の先輩たちも来てさ、そこで俺先輩たちに彼女も来るっていっ。。。。」
蝉が耳障りな程、ジィージィー鳴いている。
きっと彼の頭の中は楽しいことで一杯なんだろう。一つの季節を精一杯楽しむ蝉のように。
彼を遠くに、ティースプーンでゆっくりと混ぜたカップの中のハーブティは、静かに渦を巻き踊っている。
しかし何で皆は春を出逢いの浮かれた季節だと、そこだけを見ているのだろうか。春は出逢いと共に別れの季節でもある。旅立ちだとも。それに気候の変化だって大きい。冬の寒さから草木が芽吹く程暖かくなり、そして身を焦がす夏が来るかのように暑くなる。こんなに激しく変わっているのに、誰もその事に気が付かない。同じ春の名がつく、春一番だって春である桜を散らしていくのに。
アホらしい。
「そうなんだぁ。でも急だったし何だかドキドキしているの。ねぇ少し考える時間をくれないかなぁ」
彼から目を反らしたまま、ハーブティを見つめる。澄んだ色がとても綺麗だ。
「そっかぁ。そうだよね!じゃあまた連絡頂戴ね。それと当日の集合ばしょ。。。。。」
蝉は嬉しそうに鳴くとじゃぁと席を離れていった。彼は彼の事を好きだった私が、きっと浮かれてお付き合いをすると思っているのだろうね。
相変わらず
少し
私は来ない連絡を待つ髙橋の事を思うと、フフッと笑い、カップの中の春を飲み込んだ。
了
四月馬鹿 ろくろわ @sakiyomiroku
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