第7話

 担任が入ってきて、皆だるそうにめいめいの席に着く。僕と真崎は教室の右後ろのほうに2列隔てて席がある。倫子ちゃんの席は左手の窓際の真ん中より少し前。困ったことに、倫子ちゃんの姿勢や視線は、僕から丸見えになる。倫子ちゃんの背中。細い。白いブラウスの下の背筋の線まで感じられる。ずっとお姉さんのように倫子ちゃんを慕っていた僕にとっては、こんなか弱そうに見える姿は発見だった。短い朝礼が終わって担任が出ていく。1時間目は数学。担当教師が来るまで間があった。倫子ちゃんがこちら側を振り向く。真崎を見ているのかと思ったけれど、少し角度が違う。そして、彼女が用心しながら僕自身をうかがっているのだということに気づき、身体が固くなった。


 休み時間は僕は真崎を中心にした男の子のグループ、倫子ちゃんは女の子のグループ。彼女が僕に声をかけてくるとしたら、やっぱり放課後だろうな。いや、でも、昨日の今日では訊いてこないか。



 倫子ちゃんの性格は、僕がいちばん知っている。それは自信がある。だって、憧れの女の子だったんだから。すごく相手のことを慮って、無理強いはしない。そういう彼女だから、気の利かない当時の僕は安心してつき合えていたんだ。決定権も彼女にいつもお預けしていた。そう、楽させてもらってて、勝手に憧れだけ持って、僕、いや当時の私はずるかった。

 倫子ちゃんの告白を聞いた当初は、『何で好きな人のこと、言ってくれなかったの』という悲しさもあった。まるで友情の片思いを突きつけられたような。でも、それは当然だったと、だんだん思いはじめている。

 今の僕は、倫子ちゃんと真崎と、どちらも傷つけずに、そして都合のいいことに、自分も傷つかずにどうにかならないかな、と無理なことをあれこれ考えて悶々とするばかり。踏ん切りがどうしても付けられない。

 倫子ちゃんは、あれから二週間、ずっと何も言わずに辛抱づよく待ってくれている。放課後逃げるように教室を出ていく僕に、かえって申し訳なさそうな雰囲気さえ漂わせている。

 本当に、薫、つまり僕は情けない奴。時間が過ぎれば過ぎるほど気まずくなるのは分かりきっているのに。

 くよくよしている男子って、女子に嫌われる。僕も女の子だったころはそうだった。でも、自分が男の子になったからって地の性格がそんなに変わるわけではない。


 倫子ちゃんはずっと待っていてくれるけれど、代わりに僕は麻衣ちゃんと久留実ちゃんに呼び出された。屋上。いかにも、という感じのシチュエーションになった。

「ね、薫くん、いつまで待たすの。真崎くんに例のこと訊くの、そんなに大変なこと?」

 明らかに怒りを抑えているような硬い表情で麻衣ちゃんが僕に迫る。麻衣ちゃんはバスケ部の星。ショートカットでてきぱきしていて、はっきりものをいう子だ。

「ごめ……」

 僕が言いかけると、今度は久留実ちゃんが僕を睨む。久留実ちゃんはアニメ好きで、髪もできるだけ好きなキャラクターに似せられるように、長く伸ばしている。ふだんはおちゃらけている子。でも、今は容赦しないという雰囲気。こんな久留実ちゃんを見るのは初めてで、僕はよけい怖くなった。二人が怒るのは当然だと思っているから、もっと心が弱くなる。

「真崎って、えーと、そういうの秘密主義でさ。なかなか聞き出せないんだ。でも、チャンスを見つけるから、もう少し待ってほしい」

「本当?」

 疑わしそうに二人は声をそろえた。

「本当だよ、信じて。お願いだから」

 しまった、つい女子のような言葉遣いになってしまった。

「薫くんてさ、何かはっきりしないよね。情けない感じ。倫子がどんな気持ちで頼んだのか、少しは考えてあげて」

 きつい麻衣ちゃんの言い方。この二人は男子にかなり手厳しかったことを思い出した。僕は泣きそうになる。

「来週くらいには言えると思うよ」

 金曜のお泊りのときに、僕は正直に真崎に言ってみよう。そう僕は観念した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る