第6話

「ああ」

 真崎は何も気にしていないふうに、

「大丈夫、薫って繊細なところあるから、その女の子も、同性より薫のほうが相談しやすかったんだろ。何となく分かるよ」

 そして心底安心したというふうにちょっと空を見た。その横顔がきれいで、僕は見惚れてしまう。本当に、こんなに優しくて素敵な真崎が、僕なんかを好きになってくれるなんて。まだ、信じられないところさえあるんだ。ずっと、遠くから見ていた人。

 でも、今はそんな気持ちに溺れていてはいけない。ここで訊かなくちゃ、この先当分訊く機会はない。

「真崎」

「うん?」

「真崎って、女の子は好きになったことないの?」

「うーん、何ていったらいいのか。山田や安藤はああいう感じだけど、俺そんなに興味なくて。でも女の子とか、男とかいう前に、薫のことが気になって。実を言うとさ、中学んとき、女の子とつき合ったことはあるんだ。二人。……告白されて、俺も嫌いじゃないから。でも、ぴんと来なかったんだよね。……薫が初めてなんだよ。こんなに気持ちが惹かれてどうしようもないのって。でも、薫が困ると思ってずっとその気持ち、隠してた。あんな機会がなかったら、まだ黙ってたかも。俺、けっこう片思いでもいいんだ」

 プールで僕を助けてくれた時。

 その前は、「水玉」なんて僕をからかって、気持ちを隠していたのかな。胸が熱くなる。やっぱり『薫』を好いてくれたんだ、でもそうしたら、倫子ちゃんはどうなるのか。

 それに、倫子ちゃんに何て答えればいいんだろう。

 真崎と一緒に校内の階段を上がり、自分たちの教室に入った。クラスの四分の三くらいはもう来ていて、思い思いにばらけている教室に、僕はいち早く倫子ちゃんの姿を見いだす。倫子ちゃんはちらっとこちらを見たけれど、すっと顔を逸らして麻衣ちゃんや久留実ちゃんとおしゃべりを続ける。

「真崎、薫、おっはよ」

 山田と安藤が声をそろえる。待ちかねていたような響きがあった。一応、僕も彼らの仲間には入ったけれど、彼らがしっくりしていないのは肌で感じる。気まずいけれど、いつも真崎がそばにいるから大丈夫。

「あんさー、真崎、今度の土曜、遊びに行かない?」

 四角い顔の山田が熱心に真崎を誘い出す。真崎は「いや、ちょっと」と難色。それはそうだ。だって、僕がお泊りする次の日だもの。

「久々に東京行ってみようぜ。ナンパしにさ」

 すまし顔の安藤は、実は耳をそばだてているのが分かる。僕は三人のやりとりは軽く流しながら、倫子ちゃんと麻衣ちゃん、久留実ちゃんの会話を何とか聞き取ろうとする。だって、とてもひそひそと話している気配。皆、こそこそ誰かの悪口を言うタイプではなかったから、きっと、昨日の倫子ちゃんと僕の会話のことを話題にしているのではないかな。あ、仲間外れにされたような悲しさが湧いてくる。それって、おかしいのは分かっているんだけど。

「……倫子ちゃん、大丈夫だよ、きっと」

 比較的声のトーンの高い久留実ちゃんの言葉がはっきり聞こえた。倫子ちゃんは目を伏せている。そうそう、久留実ちゃんは朗らかだけど、けっこう楽観的に無責任にものを言っちゃうところがあるんだ。お願いだから、倫子ちゃんに期待させないで。

 そう思いながらも、僕は本当は分かっている。僕がいちばん悪いんだ。僕がはっきり言えばよかったのに、倫子ちゃんに期待を持たせてしまったから。

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