第5話

「薫! いつまで寝てるんだ?」

 うっせーよ、親父。デリカシーなさすぎ。僕は夕べ全然眠れなかったんだ。それでぼうっとしてるんだ。僕のこの繊細な悩みなんて、こんな親父にはわかりっこないんだ。

「いつもいつも友だちを待たすもんじゃないぞ」

 はっとした。そうだ、真崎に連絡しなかったんだ。迷いに迷いながら、結局できなかったんだ。真崎は昨日僕が先に帰ったことを心配して、今日はうちまで来てくれたのに違いない。

 真崎! 

 胸が熱くなる。痛みとともに、それでも僕は真崎が好きだ。

 いつものような支度もせずに、急いで玄関まで飛び出していった。また母さんが真崎と楽しそうに談笑している。親父、少しは妻のことを心配しろ。

「薫、おっはよ」

 真崎が僕を見ると一見屈託のない笑顔で言った。でも、僕には分かる。内心心配しているんだ。でも、今の僕には答える言葉がない。

「じゃあ、いってらっしゃい。二人とも気をつけてね」

 かあさんは門まで見送った。恥ずかしいったらありやしない。

 二人でしばらく無言で歩き、角を曲がったときに真崎がつぶやくように言った。

「薫、何かあった? ようすが変だよ。顔色もよくないし」

 やっぱり、真崎は鋭い。僕はうつむいてしまった。ああ、これでは、ますます真崎は心配する。それは分かっているんだけど。

「薫、悪い、頼むから顔を上げて」

 優しい真崎の声。僕は逆らえなかった。

「やっぱり、俺のことで悩んでる? だって、そうだよね。俺、金曜のことも誘ったし。不安になるよね」

 真崎の瞳の中におののくような影がある。

「ち、違う」

 僕は慌てて真崎の言葉を否定する。確かに、真崎の家にお泊りは緊張するけど、それで悩んでいるんじゃない。確かに怖さはある。まだ、アレに馴染んでないし、真崎がどこまで考えているのか分からないし。でも、今はそんなことよりずっとずっと、胸を締めつけているものがある。

「そうか」

 軽く息を吐く真崎。ほっとしたような、でも寂しそうな。そして続ける。

「あの、まださ、つき合いだしたばかりだけど、俺、本当に薫のこと、前から……。だから、悩みがあったらいつでも打ち明けていいから」

 僕の心臓がまたどくんとする。『本当に薫のこと、前から』。前からって、いつから? 男が好きなんではなくて、『薫』が好きということでいいの? そんなこと、訊けない。

 でも、今目の前にいる真崎を失望させたくなくて、僕は言葉を絞りだす。何気ないふうを装って。

「自分の悩み、じゃないんだ。ええと、他の高校に行った友だちなんだけどさ。本当に好きな人がいて、相手がつき合っている人がいるのか知りたくて、すごく悩んでるんだ。昨日はね、実はその子の話を聞いていて」

 真崎は軽く驚いたように僕の眼を見る。

「薫って、本当にいい奴だなぁ。その友だちのことで頭いっぱいなんだね」

 僕はこくんと頷く。真崎の表情が晴れた。

「あー、妬けるな、そいつ。でも、薫のそういうところもまた好きになった」

 僕が黙り込むと、また真崎が首を傾げた。僕は思い切って言ってみた。

「その子、ええと、女子なんだ。だから、その、妬くことないよ」

 言ってから、自分でも混乱してきた。倫子ちゃんはもちろん、他の高校ではない。今、僕たちと同じクラスで、本当は僕の親友で、そして真崎が好き。

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