第2話


 朝。憂鬱な朝。なぜアレは、朝こんなに元気に反りかえっているんだろう。その姿、感触に朝からおぞけが走ってしまう。

 いきなりドアがあいた。お父さんが何の断りもなしに部屋のドアを開けて入ってきた。私はびくっと身を竦める。

「薫、何してんだぁ? 早く起きないと遅刻すっぞ」

「わかってるよ、いきなり開けないで! び、びっくりするじゃない」

「何をわけわかんないことを。お母さんが年頃の男の子の部屋に入るのは嫌だって言うから、おれが来たんじゃないか」

「……」

 お父さんの方を振り向きもせず、背を丸めてじっとしていると(本当は元気のありすぎるアレを見られたくない)、さらに言われた。

「とにかく急げ。人を待たすもんじゃないぞ」

「え?」

「真崎くんちゅう薫の友達が一緒に行こうと迎えにきてるぞ」

「うそっ!」

 私は思わず振り返った。その拍子にアレがびよんと揺れて、もっこり感が半端ない。私の頬はまたかーっと熱くなった。

「おちついて、おちついて」

 必死に私の股間についているアレをなだめて、制服に着替える。今日のパンツはストライプ模様。くすん、ほんとはレースとかお花のついてるものを履きたいよ。

 せっかく真崎くんが来てくれたのに、制服を着て髪を梳かしたら、やることない。おっと。髭剃りはしなきゃ。ほんとはピンクのリップくらい引いておきたいのに。

 バッグだってさ、味気ない規定の紺色のバッグだけって、さみしいな。前はうさちゃんの定期入れをぶら下げてたのに。

「薫ー」

 またお父さんの声が聞こえる。

「はーい、今行くー」

 苛立って返事をする。

 走っていくと、真崎くんは玄関のなかに入って待っていた。お母さん、にやにやを隠せない。イケメンの真崎くんを鑑賞してるのだ。

 私はわざとお母さんを無視して脇をすり抜け、真崎くんに向けてだけ、あいさつした。

「おはよう。わざわざ来てくれたの?」

「昨日調子悪そうだったから、ちょっと気になってさ」

「薫、いいお友だちね」

 にこにこ笑いのお母さんを再び無視して急いで真崎くんと外に出た。

 もしかして、昨日の続きを言われるかしら?

 昨日の私は、自分でも情けないくらい口をあんぐりと開けてしまっていた。加えて股間のうごめきに神経がいって、パニック状態。

 真崎くんは「ごめん、びっくりするよね」と優しく自分を抑えてくれて、そのあとは何もなかったかのように、口笛を吹きながら私を家まで送ってくれた。

 本当に、真崎くん、いい人。私はうっとりする。

 その憧れの真崎くんが、わざわざ朝迎えに来てくれて、一緒に駅への道を歩いている幸せ。

 築二十から三十年の家が並ぶ何の面白みもない、少しくすんだ住宅街。今日は可燃ごみの日で集積所にはカラスが目を光らせている。洗濯物が出しっぱなしのベランダ。生活臭あふれた道行き。

 でもそんな光景が、極上のお天気とも相まってぴかぴかに輝いて見える。

 なんてったって、横を真崎くんが歩いているんだもの。それも、わざわざ私の歩調に合わせて! 男になっても私の背丈はあまり変わらない。女の子としては少し背が高めだったけど、男としては少し低め、かな?

 真崎くんは背も高い。水泳部で鍛えてがっしりしてる。あ、また私の股間がうごめきだす、やばいよ。

 気がつくと真崎くんが私の顔をじっと見つめていた。

「薫、どうしたの? さっきから表情がころころ変わるんだけど」

 本気で不思議がっている。

 私は慌ててまじめくさった顔をつくったが、それがかえっておかしかったみたいで、急に「あははは」と真崎くんは笑いだした。

 さわやかな、今日の空のような笑い声。

「薫」

 急に真崎くんも真面目な顔つきになった。

「はい!」

 思わず緊張して答える。

「俺のこと、嫌わないで、友だちでいてくれるかな」

「え」

 私は戸惑う。昨日は、どう考えても「私のことが気になっている」という言い方だった。「気になっている」って、「好き」ってことじゃないの?

 でも。ああそうか。

 真崎くんは自分が男で私も「男」だということを気にしているんだ。そりゃ、そうだよね。相手に「その気」がなければ、結ばれることはない。

「結ばれる」? きゃあっ!

 また一人で顔を真っ赤にしてしまった。これ、落ち着きなさい、股間のもの。

 本当は私が好きな真崎くんは、私が男であることを気にして、「友だち」って言ってくれたんだ。

「もちろん!」

 私は明るく答える。だって、あのサクランボの威力がなくなれば、私は晴れて真崎くんの恋人。

 あ、いや、待てよ。

 真崎くんは私だから好きなのか? それとも男が好きなのか?

 ああ、アタマが混乱する。どっち?

 私はいつ女の子に戻れるの? そしてそうなったら、真崎くんは私を好きでいてくれるの?

 急に血の気が引いた。また真崎くんが不思議そうな顔をする。

「どしたの、薫。今度は顔が真っ青」

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