第5話 証言の矛盾
鈴木は部屋に入るなり、いきなり私に質問をしてきた。
「犯人って、もう分ったんですか?!」
「……いえ、まだですよ。だからこそ、こうして事情聴取をしているんです。さて、鈴木さん。上映中の行動について教えてください」
「俺は照明係ですので、上映中もずっと照明の具合を確認していました。実際に使うのは上映の前後ですが、スクリーンの後ろで何回か照明のチェックをしていました」
そう言われて、確かに上映中に映画自体に支障はなかったが、スクリーンの後ろが少し明るくなったりしていたことを思い出した。
「確かに、少し光があたったような感じになっていたような気がします」
「そうです。もちろん、映画に支障があってはいけませんから、光量は落としていましたよ」
「なるほど、では、ずっと照明のある所にいたと考えてよろしいですか?」
「はい」
「そうすると、スクリーンの裏を見ていたことになりますよね? 天海監督の姿も見えたのではありませんか?」
「いえ、私が照らしていたのは地面の方ですし、光量は先ほども申し上げましたが落としておりましたので、反射光もほとんどありませんでした。もし、ワイヤーで吊るされた状態だったとしたら、位置的に見えなかったのかなと思います」
「なるほど、わかりました。とりあえずは、以上で大丈夫です」
「わかりました。そう言えば、照明のテストをしているときに、スクリーンの裏を監督と水島さんが一緒にいるのを見たのですが、彼女は何か言っていましたか?」
「いえ、特には何も言っていませんでしたね」
「そうですか……。俺は退席しても大丈夫ですか?」
「はい、ありがとうございました」
そう言って、最後に佐藤に話を聞くことにした。
「佐藤さん。上映中の行動について教えていただけますか?」
「はい、私は水島のマネージャーですので、彼女の台本の最終チェックを行っておりました」
「上映中に? そこで問題があっても間に合わないですよね?」
「えーと、基本的には問題ありません。ですが、発言が社会情勢や時事を考慮した時に問題が無いようにするために、最新のニュースを見ながら、ギリギリまでチェックを入れるんです」
「そんなことまで必要なんですね。芸能人も大変なんだなぁ」
「ああ、そこまでする人はほとんどいませんよ。僕は幼馴染ということもあり、彼女が芸能界で大成するために手伝うと約束しておりますので」
「なるほど、スキャンダルとか命取りになる芸能人も多いですからね」
「そうなんです。なのに、水島は鈴木なんかと付き合ったりして……。ホント困ったものです」
「え? 鈴木さんと?」
「はい、ご存知ないですか? 田中も彼女に言い寄っているみたいですし、変な噂が立ったら、どう責任を取ってくれるのかと」
「他の人の話では、水島さんは天海監督と付き合っているらしいのですが……」
「なんですって?! それなら安心ですよ。まあ、肝心の監督は死んじゃいましたけどね。あれくらいの大物と付き合うなら、むしろ話題になりますからね。何で僕に教えてくれなかったのか、それなら全力で応援したのに!」
私は彼の水島に対する見方が、まるで幼馴染と言うよりも政略結婚をさせる娘を見ているように感じられた。
芸能界で成功するというのは、彼女にとって重要だったことは間違いないだろう。
しかし、それが恋愛を捨ててまで望んだことだとは思えなかった。
「わかりました。ありがとうございます」
私は彼が退室した後で、九十九川警部に捜査状況を聞いてみることにした。
「被害者の検死結果はでました?」
「ああ、被害者の死因は絞殺で、首に絡まったワイヤーによるもので間違いない」
「なるほど」
「ただ、首に絡まったワイヤーの跡には生活反応があったんだが、それ以外のワイヤーの跡については、生活反応が見られなかったんだ」
「ということは、彼は死んだ後でワイヤーで拘束されたようになっていたということですね」
「そうだな。だが、被害者のいたスクリーン裏は鈴木の照明のテストで明るくなっていた時間を除いて真っ暗だ。あの細いワイヤーは基本的には見えなかったと考えていいだろう」
ここまでの話を総合して考えると、容疑者として最有力なのが水島だろう。
彼女は天海と上映中に会っていたにも関わらず、会っていないと嘘をついていた。
しかし、仮に彼女が犯人だと考えると、どうしてもワイヤーを見えるようにするために照明が必要になる。
そうなると、照明の鈴木が共犯という線が浮かび上がる。
しかし、彼女が嘘をついていることが分かったのは、鈴木の証言によるものである。
しかし、佐藤の証言が事実だとするなら、水島と鈴木は付き合っていたことになる。
一方で、田中の証言からすると、天海と水島が付き合っていたことになる。
この二人の証言から、もっとも有力な線は水島と鈴木が付き合っていたというのが事実に近いのだろうと思われる。
マネージャーである佐藤は、水島から直接、そういった話をされている可能性が高いからだ。
一方の天海と水島の関係を佐藤は知らなかったと考えると、公にできない秘密の関係、ありていに言えば浮気と言う線が濃厚だろう。
もし、浮気のことを鈴木が知っているとしたら、鈴木が水島を告発したのは妥当だろう。
殺害に協力するふりをして、天海を殺害させる。
一方で水島を犯人として告発することで、二人に復讐したと考えれば、協力した可能性も無いとは言い切れなかった。
だが、そうなると水島は浮気相手である天海を殺す動機が必要となるのだが……。
「警部、殺害された天海監督の日記を発見いたしました!」
そんなことを考えていると、突然、部屋の扉が開いて部下の警察官が入ってきた。
その手には、一冊のノートのようなものが握られていた。
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