第4話 事情聴取
入ってくるなり怒鳴り散らす九十九川警部を半眼で見た。
「……自業自得って言葉しってます?」
「はあ、はいはい。先日は悪かったな! それで、今日は何であんなところにいたんだ?!」
私の様子に、気勢を削がれた彼は、頭の後ろをかきながらぶっきらぼうに訊いてきた。
「映画を見に来たんですよ。そんなことも分からないんですか?」
「そんなん分かってるわ! 聞きたいのは事件の方!」
再び顔を真っ赤にして叫ぶ彼だったが、私はいたって冷静だった。
「そう言われても……。今回は気を失ってませんし、スクリーンが上がったら死体があったという感じなので……」
「まあ、そうだな。今回はお前を疑っているわけじゃないぞ?」
そんなの当たり前だ、と言いたい気持ちを抑えて、冷静に聞き返した。
「それじゃあ、どういうことですか?」
「ああ、それなんだがな……。この間の推理は助かったわけで……。今回も、お前の推理に、ちょっとだけ期待していなくもない、かもしれない、というところなんだがな……」
期待しているのか、していないのか、全く分からないことを言う九十九川警部だが、どうやら、捜査を手伝ってほしいらしいことは何となく理解できた。
「わかりました。ちなみに容疑者は?」
「切り替え早いな、お前。まあ、こっちとしても都合がいいか。まずは主演女優の水島久美子、それと大道具の田中一郎と照明の鈴木二郎、マネージャーの佐藤三郎の4人だ」
「なんか、主演女優以外の名前が適当過ぎません? 明らかに犯人が水島ってパターンじゃないですか!」
「話も聞かずに犯人を決めるな! 怒られるのは俺なんだぞ?!」
「こってり絞られたんですってね。私を犯人扱いするのが悪いんですよ」
「だから、反省しているって。お願いだからマジメにやってくれ。俺のボーナスがかかっているんだ!」
九十九川警部は思ったよりも必死だった。
ボーナスがかかっているなら仕方ないということだろう。
「わかりました。順番に話を聞いていきましょうか」
まずは、主演女優である水島に話を聞くことにした。
彼女は映画監督と付き合っていたらしく、もし彼女が犯人としたら、男女関係のもつれによるものである可能性が高いということであった。
「それでは水島さん。上映中の行動について教えてください」
「舞台挨拶が終わった後、映写室で途中まで見ていました。そのあと、トイレに行ったら、映画の終わりが近くなってきたので、終了後の舞台挨拶にすぐ出られるように前の方に用意された席に移動していました」
「ええと、終了後の舞台挨拶で天海さんがいないと言っていましたが、その時におかしいと思わなかったのでしょうか?」
「それはありえません。彼が終了後の舞台挨拶に上がれないのは台本通りでしたから。途中で、スクリーンが上がると同時に、主人公と同じポーズをした監督が登場するという段取りでした」
「なるほど、それですぐに彼が亡くなっていると気づかなかったということでしょうか?」
「はい、ワイヤーが見えなかったせいもあるのですが、ポーズは予定していた通りのものでしたので……」
「なるほど、ちなみにトイレに行った時間は何時頃ですか?」
「ええと、映画が終わる30分ほど前に行って、20分ほど前に戻ってきた感じですね」
「あと、最後に途中で天海さんと会いましたか?」
「いえ、会っていません。段取りは決めてありましたので変更が無ければ問題ありませんでした」
「ありがとうございました。また何かありましたら、お呼びするかもしれません」
私は水島の事情聴取を終えて、田中の事情聴取に入ることにした。
「田中さん。上映中の行動について教えてください」
「僕の役目は大道具で、今回は監督がポーズを決めながら上の渡り廊下から降りてくることになっていましたので、そのワイヤーの取り付けを行いました。その後は、関係者席にずっと座って映画を見ていましたよ」
「今回、被害者はワイヤーが首を絞めつけることによって亡くなったのですが、田中さんは取り付けの際に気づいたことはありませんか?」
「もしかして、僕を疑っています? 失礼な! 僕はまだ新入りかもしれないけど、仕事で手を抜くようなことはしませんよ。もちろん、僕もいつかは監督になって、水島さんみたいな人と付き合いたいっていう気持ちはありますけど、それとこれとは話が別です」
「なるほど、ワイヤー自体に問題はなかったということですね」
「もちろんです。僕は監督になることを目指して頑張っているんです。仮に天海監督がいなくなったとしても、僕が監督になれるわけじゃありませんからね」
「監督になって、水島さんみたいな人と付き合いたいということですか……」
「はい、僕も天海監督と水島さんみたいな関係になりたいんです」
「あれ? 二人って付き合っているんですか?」
「……? はい、そうですね。ぱっと見は隠しているようですが、二人の距離がやたらと近いですし、二人きりで部屋に入るところも何回も見ていますから、間違いありませんよ」
「なるほど、ありがとうございました」
これ以上、田中から聞けることはなさそうだったので、次の鈴木の事情聴取に入ることにした。
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