第5話 システムの穴

僕の言葉に刑事は顔をしかめたが、素直に綾瀬さんを連れてきてくれた。


「こちらが、綾瀬翼あやせつばささんだ」


少し影のある感じの20歳くらいの女性が僕の前に立っていた。

暗い感じはあるものの、あの事件に巻き込まれていなければ、もう少し明るい性格だったとすると、かなり可愛い雰囲気の人であった。


「綾瀬さん。受付の車田さんを殺害したのは、あなたですね?」


僕は綾瀬さんを指さしながら宣言した。

その言葉に、刑事が顔をしかめる。


「さっきも言ったけど、なんの根拠もなく人を疑ってはいけないよ」


「いえ、根拠はありますよ」


僕は刑事を睨みつけながら話を続ける。


「あの時、僕は車田に襲われかけました。クロロホルムのようなものを嗅がされて、意識を失った僕は、本来であれば、そのまま彼の餌食になっていたでしょう。ですが、彼女は恨みもあったのでしょうけど、結果として僕を助けてくれたわけです」


「いや……。でも、彼女は1分しかいなかったはずだが?」


「それは、この図書館の入退館システムの穴を利用したんですよ。この入退館システムは入館時の記録が無い場合、退館時に1分前の時刻を入館時に設定するようになっているんです」


「と言うことは、彼女は入館時の記録がなかったということかね? でも、入館するときに記録はされるんじゃないか? それにシステム自体に問題があったという話は聞いていないが」


「当然です。システムに問題があって記録されなかったわけではないのですからね」


「それなら、どうやって記録されない状態で中に入ったというのかね?」


刑事の質問の答えとして、僕は綾瀬さんを指差した。


「それは、彼女の荷物を見ればわかりますよ」


その言葉に刑事は彼女の荷物を受け取ると、女性警察官に渡して中身を確認してもらう。

少し抵抗されるかと思ったが、意外と素直に渡したことに驚いたが、よく考えたら彼女は既に僕が真相を解明しているのを理解しているのだろう。


しばらくすると、荷物を調べ終わった女性警察官が2枚の入館証を僕たちに示してきた。


「こちら入館証が2枚入っておりました」


「再発行? いや別の名前で登録したのですか?」


「そうです。別の名義の入館証を発行していたのですよ。だから、一人だけ入館した人の身元が特定できなかったのです。幸いにも、ここの入館証は身分証明書が不要ですからね」


身分証明が不要なことは、女の子になった僕が発行できたことからも明らかだった。


「どういうことだ?! 2枚あれば何かが変わるとでもいうのか?」


ここまで来ても気づかない刑事に呆れながら、僕は答えを教える。


「1枚目の入館証で入って、出口の端末に差して、出なければいいんですよ」


「なんだと?! たしかにそうだな!」


「そして、同じ手法が彼女が暴行されたときにも使われたんですよ。警察がまんまとしてやられたという」


「……!」


僕の意趣返しに、刑事の顔が歪む。

しかし、さすがの彼も今回の事件で事実だと知ったのか、それ以上は何も言ってこなかった。


「彼女は、機をうかがうために、同じことを何回もして図書館に隠れるようにしていました。ですので、これまでも1分で出入りした記録が過去にあるはずです。ただ、彼女がそれを実行したのは、自分とそれ以外の女性が残った場合だけです。そうやって、車田が本性を表すのを待っていたのでしょう」


「それは少しだけ違うわね」


あきらめた表情の綾瀬さんが横やりを入れてくる。


「まあ、完全に違うわけではないけど、あの男、普段は意外と隙を見せないのよ。だから、彼が暴行に及ぶタイミング、隙を見せるタイミングを狙っていたのよ」


「なるほど。まあ、結果として僕が襲われることになってしまったわけです。車田は僕の意識を奪うと、入口が見える、しかし、入口からは僕の姿が見えない位置に移動させました。そうすることで、誰かが入ってきても誤魔化すことができるというわけです」


「そして、いざ僕を襲おうとした時に、車田の前に隠れていた綾瀬さんが現れました。いないはずの人間が現れたことに驚いている車田は綾瀬さんに顔面を掴まれて、後頭部を本棚に叩きつけられました。一度怯ませてしまえば後は簡単です。何度も何度も息絶えるまで叩きつけていればいいのですから」


僕の言葉に綾瀬さんは静かに頷いた。


「あとは、僕が目が覚めるのを待って、叫び声を上げて出ていくだけです。もちろん、彼女は僕の目が覚めるまで20分もかからないことは把握していました。一度目は自分が被害者だったのですからね。あとは刑事さんの知っている通りです」


刑事は一瞬だけ悔しそうな顔をする。

しかし、すぐに彼女に向き直って、僕の話が間違っていないか確認し、そのまま彼女をパトカーに乗せて送ってしまった。

そして、過去の事件のもう一人の容疑者である吉野の身柄を拘束するように無線で怒鳴りつける。


「それじゃあ、僕は無罪放免ですよね?」


僕は、なんと小さい男だろうか、とあきれながらも、彼に笑顔で言うと、踵を返して図書館を出た。


時間にして1時間も経っていないはずなのに、何時間も居たかのように疲れがどっと出てきたが、無事に解放されたことで、心の方はすっきりしていた。


「さて、と。それじゃあ、帰ってゆっくりとお風呂にでも入ろうかな」


僕は家への道を歩き出す。


「広瀬玲衣ちゃん、いや玲奈ちゃんの方がいいかな?」


その直後、僕は背後から呼び止められた。


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