第4話 1分間のアリバイ

刑事の話を整理すると、事件当時、図書館の中にいた一般人は僕だけだった。

被害者の車田と二人だけだったということになる。

綾瀬さんは図書館に入ったが1分間だけであった。

すなわち、図書館に入ってすぐに被害者を見つけて、そのまま外に出たということになる。


「ちなみに、綾瀬さんは被害者とは無関係な人なのでしょうか?」


「うーん、無関係――とは言い難いかな?」


「それは一体どういうことでしょうか?」


「ここだけの秘密にしておいて欲しいんだが、綾瀬さんは、過去に被害者から性的な暴行を受けた疑惑があってね。生憎、証拠不十分で不起訴になったんだけど、警察の方もそれなりに確証があった上での送検だったから……」


「ということは、綾瀬さんが車田に恨みを抱いている可能性もあると?」


「そういうことだ。でも、彼女のアリバイは皮肉にも、前の事件と同じ形で立証されてしまった」


「入ってすぐに異変を感じて、外に出て行ってしまったということですね」


僕の言葉に刑事はため息をついた。


「動機だけで見れば、彼女も君とそう変わらないんだけどね。でも、彼女には絶対的なアリバイがある。それがある以上、君が最有力容疑者であることは変わらない」


僕はしばらく考え込んで状況を整理する。

今回の事件は、おそらく彼女が被害者となった過去の事件と関係している可能性が高いだろう。


「すみません、過去の事件について教えていただけないでしょうか?」


「うーん、あまり部外者に教えてはいけないんだけど……。まあ、君も今回は容疑者だが、その事件では無関係だし、知る権利はあるだろう。それじゃあ、大まかになるけど、説明するよ」


彼の話の内容は大まかに言うと、こんな感じだった。


2年前、綾瀬さんがこの図書館で被害者である受付の男に暴行を受けたらしい。

その時の第一発見者の男である吉野弘樹よしのひろきも、綾瀬さんは共犯だと主張していたため、重要参考人として事情聴取をしたらしい。

しかし、彼は車田が暴行していたことを目撃したとは認めたものの、自分の無実だと主張した。

一方の車田は自らの容疑自体も否認していたことから、警察は吉野の主張を全面的に受け入れて、車田だけを送検した。

しかし、その後の裁判で、吉野が証言を翻した。


「そもそも、自分は暴行されたあとの彼女を見ただけで、慌てて警察に連絡しましたが、それ以上は見ていません」


その言葉を裏付けるかのように、彼の図書館での滞在時間はたったの1分であった。

1分では暴行することはおろか、暴行の現場に立ち会うことも不可能だと判断した裁判官の判断により不起訴となった。

そして、証言を強要したとして、警察はマスコミに叩かれることになった。


「なるほど、1分しか滞在していないということは、今回の件と同じですね。ちなみに、システムに不具合があったりしたとかは無いでしょうか?」


「それは早々に否定されたね。この図書館は意外と厳重でね。外から入る時には外にある端末に入館証を差す必要があるし、出るときは中にある端末に差す必要がある。そうしないと扉が開かないから、出入りができないということになる」


「入館証を使わずに出入りすることはできるのではないでしょうか? 誰かにくっついたりとかして」


「しかし、退館の1分前に入館しているんだぞ。まあ、殺すときには、その方法で入退館をした可能性が無いとは言い切れないが、控えめに言って目立つ行為だからな。そもそも被害者の死亡時刻付近には入退館をした人間が誰もいないから、この方法を使うのは難しいだろう」


確かに、受付の男が僕を襲うつもりだとしたら、退館してすぐに狙うとは考えにくいし、僕以外の人間がいる状況というのも難しいだろう。

そう考えると、被害者が殺されたときに、第一発見者がいた可能性は考えにくかった。


「他に容疑者になりそうな人物もいないし、本格的に君が最重要参考人になりそうだ」


まるで他人事のように刑事が言う。

他人であるから仕方ないとはいえ、無責任なヤツだと腹立たしくなるが、ぐっと抑えた。


「ちなみに、入館証を通さずには出入りできないということでいいんですよね」


「そうだな、入館証を通さなければ扉が開かないから出入りはできない。そして、誰かが出入りすれば、必ず記録は残る。もちろん、1日に何回出入りしても全て残るから、一度出て入りなおしたという線もないね」


「……」


まるで、僕が考えていたことなど、既にお見通しだとでも言わんばかりな表情だった。

この刑事は、もしかしたら、僕を怒らせて口を滑らせようとしているのではないかと思ったので、意趣返しをすることにした。


「僕を怒らせて、自白を引き出そうとしてもそうはいきませんからね。そもそも、僕は殺していませんから、どんなに怒らせても無駄ですよ、無駄」


そう言いながら、僕は端末に入館証を差し込んだ。


ピッ、という音がして扉が開く。


そこで、僕は重大な見落としをしていることに気づいた。

もし、この見落としが1分間という時間と関係しているのであれば、彼女、そして、その発端となった事件の重要参考人はシステムの穴を突いたことになる。


普通の利用者であれば気づかないことだろう。

しかし、彼女は過去の事件の被害者である。

このシステムの穴に気が付いていたとしても不思議ではないだろう。


だが、どうやってシステムの穴を突いたのかだけど……。


「ちなみに本日、入退室した方は全て身元がわかっているのでしょうか?」


「一人を除いて全員わかっている。入る時に不審なことが無かったかについても確認済みだ」


彼の言葉に笑みがこぼれそうになるのを必死に抑えて、もう一つの質問を投げる。


「それじゃあ、身元が分からない方って、一番最後に出て行った方ですよね?」


「そうだが……」


その言葉で、僕の仮定はおそらく正しいという確信を得ることができた。


「すみませんが、綾瀬さんを呼んでください」


私は懐から飴玉を取り出して、全員に見せる。


「この事件の謎はとぉ~っても甘いです! この飴ちゃんよりもね!」

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