第3話 冤罪の図書館

そんなことがあった翌日、叔父は自分の研究を進めるために朝から研究室へと言っていた。

今は以前に行ったフィールドワークの結果をまとめているところらしく、僕が手伝いを依頼されるのも、もう少し先になるだろう、とのことであった。


そのため空いた時間ができた僕は、自分が男に戻る方法を調べるために図書館へと向かった。

一昨日の調査の時に出てきた『我意阿ガイア様』という存在、それこそが僕が女の子になった原因でもあり、元に戻るためのヒントになると考えたからだ。


朝の通勤時間を過ぎた街は人通りも少なく、僕が出歩くにはちょうどいい時間帯であった。

図書館に着いて受付の男性に話をすると、入るのには入館証が必要とのことで申込書を渡された。


近くにある記入スペースで必要事項を書いていると、背後から受付の男性のイヤらしい視線が突き刺さる。

なるべく意識しないようにして、ささっと書き終えて入館証を発行してもらった。

入館証を使って中に入り、受付から見えない位置まで速足で移動した。


受付の視線こそ気持ちの悪いものだったが、図書館の中は人が少なく、また読書に集中しているため、視線が刺さることはなかった。


「さて、さっそく『我意阿ガイア様』に関する資料を見つけないと」


なるべく受付から見えないように、僕は目当ての本を探す。

特に関連すると思われる地域、歴史、宗教あたりの本棚は重点的に探したが、目当てのものは見つからなかった。


一通りめぼしい本を調べ終わると、かなり時間が経っていたため、テキパキと本を本棚に戻す。

しかし、少し上の方にある本を戻そうと、つま先立ちになって、背を伸ばしていると、突然背後から抱きしめられ、口に何かを当てられる。


そして、僕の意識は暗転した。


♪♪♪♪♪♪


僕が再び意識を取り戻すと、身体の上に何か棒状のものが乗っかっている感覚があった。

朦朧としながらも、それが何か確認したところで僕の息が詰まる。

何故なら、体の上に載っていたのは人の脚だったからだ。


「うわっ!」


腰が抜けそうになりながら、必死で脚の下から抜け出そうとする。

ほんのりと温かさの残る足は、彼が亡くなっていることを否が応にも実感させた。


やっとの思いで脚の下から抜け出して立ち上がると、その脚の持ち主は受付の男性であった。


「もしかして、この人に背後から襲われた――」

「きゃぁぁぁ!」


僕が一人つぶやいていると、入口の方から女性の悲鳴が聞こえた。

その直後、ピッという音と共に出口が開き、そのまま出て行ってしまった。


それを追うようにして、僕は走ったが出口の扉が閉まっており、入館証を端末に差し込まないと外に出ることができなかった。


生憎、僕の入館証はカバンの中に入っていたため、入館証を取り出して外に出る頃には、女性の姿は見えなくなっていた。


僕が殺したわけではないが、状況は最悪だった。

はたから見れば、僕が彼を殺したと思われてもおかしくない状況に、頭が真っ白になって呆然と立ち尽くす。


その間に警察がやってきて僕の身柄を拘束する。

と言っても、腕を掴まれているだけではあるが、逃げても状況が良くなることは無いだろう。

大人しく捕まっていると、警察官の中から一人の男性が前に進み出てきた。


その外見は、メガネをかけているせいか、やや冷たい雰囲気ではあるものの、女性受けしそうな美形だった。

彼は僕の前に来ると、会釈をして話し始めた。


「警視庁の九十九川圭吾つくもがわけいごと申します。君は――?」


広瀬玲衣ひろせれいです」


「広瀬玲衣ちゃんですね。少し事件について伺いたいのですが……」


高校生にもなってちゃん付けされたのは気に入らないが、女の子になってから外見はかなり幼く見えるため、仕方ないとあきらめて、先ほどまで起こったことを話した。


「何者かに背後から襲われたということですか? それで口に布のようなものを当てられて意識を失ったと」


「はい、恐らくは……そこの受付の方だと思います」


「何故、そのように考えたのでしょう?」


「あの人は僕のことをイヤらしい目で見ていたからです」


その言葉に刑事は呆れたような表情を浮かべる。


「でも、君は襲ってきた相手を見ていないんだよね。それなのに思い込みで判断するのは良くないな」


「はい、すみません……」


何故か僕が悪いような雰囲気を出されて、思わず謝ってしまう。

そのお陰で、刑事に対する心証はいきなり最底辺まで落ちて行った。


「まあ、そうは言っても、あの時、図書館の中にいたのは……。そこの被害者である車田健吾くるまだけんごと君だけなんだよね。だから、君が襲われたんだったら、襲ったのは必然的に被害者ということになる」


「それなら、僕は無実ですよね?」


「いや、それは君が襲われて意識を失っていたことが前提だ。意識を失っていたことが嘘で、君が殺した可能性も十分に考えられるんだよ」


「そんな! 僕の体格じゃ、あの体格にはびくともしないですよね!」


「普通ならね。でも、被害者がバランスを崩した瞬間に偶然とかね。まあ、君が襲われたことは間違いないだろうし、情状酌量の余地はあるから、正直に話した方が君のためだと思うけど……」


「僕はやっていませんから! それに……もう一人女性がいたはずです。僕は目が覚めてから彼女の声を聞いたんですから」


僕の言葉に刑事は頭を掻きながら答える。


「ああ、それなんだが。その第一発見者が殺害するのは不可能だ。なぜなら、彼女は1分間しか図書館に入っていないからな」


「なっ?! それは本当ですか?」


「もちろんだ。実際に入退室の記録も残っているからな。だから、殺害があった時間帯、ここにいたのは被害者と君だけなんだよ」


その言葉は僕の希望を打ち砕くには十分だった。

しかし僕は事件当時、意識がなかったので他に犯人がいるはずだ、と彼の話を聞きながら、必死で当時の状況を思い返していた。

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