デート・オア・デッド
第1話 我意阿様
呼び止められたので振り返ると、そこには見たことがあるような気がする少女が立っていた。
「探したわ。まあ、無事に戻ってこれたのなら、逃がした甲斐があったってものよね」
「僕に何か御用でしょうか?」
明らかに廃村のことを知っているような口ぶりの彼女に、最大限の警戒しつつ用件を聞いた。
「まあまあ、そんなに警戒しなくてもいいよ。まずは自己紹介からね。私の名前は
「別件?」
僕が問い詰めるように聞くと、少しおどけたような様子で事も無げに言う。
「さっきの綾瀬さん? 彼女のフォローよ。あなたと一緒で私の娘みたいなものだからね」
「彼女をどうしたの?!」
「そんな問い詰めなくてもいいじゃない。さっきの事件の『真実』を教えてきただけよ」
「どういうことだ?!」
「『真実』は、さっきの事件、彼女が犯人ではないわ」
「そんなバカな?!」
僕は自分の推理が真実ではないと言われたことにいら立ちを覚えた。
「車田を殺したのは、前の暴行事件で共犯だった吉野よ。抜け駆けして、あなたを襲ったことに腹を立てた彼は、車田を殺害。その足で自宅に帰り、自ら命を絶った。それが『真実』よ」
「嘘だ! そんな矛盾だらけの推理なんて認めないぞ!」
共犯者が襲っている最中に犯人を殺すなど不自然極まりないし、殺した後で家に帰ってご丁寧に自殺するというのもあり得ないことであった。
「ふふふ、若いっていいわね。司法がそれを『真実』と認めたら、それが『真実』になるのよ。この国ではね。そのついでに、あなたが女の子であることも『真実』にしておいてあげたから。はいこれ、身分証よ。玲奈ちゃん」
そう言って、広瀬玲奈としての学生証や戸籍謄本や住民票の写しを渡してきた。
「僕は元に戻る方法を探しているんだ! こんなのいるわけないだろう?!」
「元に戻るのは無理よ。まあ、ここで立ち話するのもなんだし。私の部屋にいらっしゃいな。そうしたら全て話してあげるわ。安心して、別に取って食おうってわけじゃないから」
「……わかりました。ついていきます」
ついていくかどうか迷ったが、少しでも情報が欲しい僕は仕方なく彼女についていくことにした。
彼女の家に向かう道では、特に危険なこともなかった。
僕は言われるまま彼女についていき、部屋に上がらせてもらう。
その部屋は一人暮らしには十分なほど広かったが、何故か家具がほとんど置かれていなかった。
「ささ、上がって。そこに座っていてちょうだい。飲み物を出すから」
彼女が奥に行く。
しばらくすると、冷たい麦茶が入ったグラスを2つ、トレイに乗せて持ってきた。
「はい、どうぞ。毒とかは入っていないから安心して」
「まあ、いまさら疑ってはいませんけど……」
そう言って、改めて周囲を見回す。
「殺風景な部屋で驚いたでしょ。まだ、組織を抜けてから1週間ちょっとだからね」
そう言いながら、テーブルを挟んで向かい側に腰を下ろす。
「さて、この姿だと初めましてかな? 実際に会うのは2回目だけど」
「もしかして……、あの時、僕を背後から襲ったヤツか?! だが、雰囲気が違うような……」
「ご明察。そのあたりについては後で話すわ。まずは……あの村の言い伝えについてはご存知かしら?」
「ええと、何でも男しか産まれない村だと……」
「そうね。そう言う場合はたいていは近くの村から女の人を攫ってきたりするものなんだけど、そう言ったことも無く、滅びることもなかった。その理由は、あなた自身で体験している通りよ」
「聖水を飲んで女性になる、ということですか?」
「そう。我意阿様の聖水と呼ばれる水を飲んだ人間は男であれば女になるの。毎年祭りで生贄を一人選び、その水の飲ませて我意阿様に捧げる。気に入られれば、そのまま彼の妻となる。でも、気に入られなければ、村の男たちの慰み者になるのよ」
昔の村落の風習には残酷なものがあるというのは、叔父から聞いた話で何となく理解はしていたものの、実際の話は聞いていて気分の良いものではなかった。
「そして、あなたが飲んだのは、その我意阿様の聖水を元に人工的に作られた薬よ。作ったのは私。そして、私が最初の被験者でもあるわ」
「え?! あなたも元は男の人だった……?」
「でも、そうは見えないでしょう? あの施設には他にも同じように女の子に変えられた人は沢山いるわ。大半は
「そんな……。酷い」
「あなたも……、その一人になる予定だったんだけど。実験に使われて壊されるのが惜しくなっちゃって逃がしたのよ。そのことで組織に殺されそうになったから、薬を飲んで逃げ出したというわけ」
どうやら、見た目が変わったように見えるのは、逃げるために薬を飲んだことによるものだった。
「それで戻る方法はないということですか……」
「そうね。もしかしたら元に戻って、追手をやり過ごせるかと思って飲んでみたけど、結果はこの通りよ」
「心なしか、かなり若返ったように見えますね。幼くなったと言った方がいいのかもしれませんが……」
彼女の姿をまじまじと見ながら感想を述べる。
「身体だけはね。お陰で飲み続ければ死ぬまで子供を産めるってこと。どっちにしても見た目が変わったのは助かったわ」
悪戯っぽく彼女が笑った。
戻る方法が無いことをしって、私は笑うどころではなかったが……。
彼女は私の落ち込んだ様子を見て、慰めるように言ってきた。
「そんなわけで、当面は戻れないと思った方が良いわね。そのうち見つかるかもしれないけど。今は女の子の体に慣れる方向で頑張る方が良いわよ。まずは言葉遣いからね。私も手伝ってあげるから……早速だけど、今度の週末空いてる?」
「空いて……ますけど」
「それじゃあ、予行演習といきましょう」
「何の?!」
「デートよ! 私が男の子の役をやってあげるから。頑張りましょう!」
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