第2話 探偵現る!

「わ、わたしはやっていません!やってませんってば!」


 街中で女性の甲高い声が響き渡る。赤い警告灯を天辺に搭載した車両が五台程女性を囲んでおり、一人の筋骨隆々な男性警官が女性の両腕を後ろに回し、捕縛している。

 周りの人々はその光景を見て指を指していたり、携帯端末で写真を撮ったりする者がいる。しかし、警察車両には特殊な磁場が発生させる機能が搭載されており、端末で写真や動画、録音すら撮る事ができないようにされている。

 女性は涙を目に浮かべ、それがボロボロと落ちて舗装された道に跡をつけていく。抵抗しようにも、警官の筋肉を見た瞬間、逆らっても無駄だと悟り、目から光を失う。

 

(何を言っても信じてもらえない……。ただ、あの場所で運良く生き延びられただけなのに……。)


「話は署で聞きます。無駄な抵抗は貴女の身体を傷つけてしまうのでやめてください。」


 男性警官はもっともな意見を言う。女性も最後の抵抗と言わんばかりに身体の力を抜いていく。急に重みを増した女性に男性警官は驚き、思わず地面に押さえつけた。

 

「……!無駄な抵抗はやめろと言ったんだ!なぜ聞けない!?」


「だって!わたしはやってないもん!離してよ!」


 再び男女の攻防戦が繰り広げられる。なぜ、他の警官が彼の助けに来ないのかというと、容疑者と言われている彼女は人ではなかったからだ。そして、男性警官も人ではなかった。

 この世界には人間と呼ばれる『人』と獣の特徴を持った人類の『獣人』が存在する。なぜ彼らが獣の特徴を持っているのかと言うと、人類強化計画の成れの果てである。

 この世界は大問題としてエネルギーが枯渇している。世界のエネルギーを全て集めてももう百年も持たないだろうと言われ、そのエネルギーを得ようと大戦争が起こった。そして、その中である島国で『人類に必要な物は人類で賄うべき』という、思想家と科学者が現れ、それが人類強化計画であった。

 最初は人類に他種族の細胞を埋め込んで拒絶反応を繰り返し、廃人と成り果てた者や異形のものへ変貌したものはゴミ捨て場という大穴に棄てて行った。実験が進む毎にどんどん成功率が上がり、自我を持った強化人類を新人類と呼ぶようになる。力も頭脳も桁違いで、不思議な能力を扱う。

 もちろん戦争に繰り出されるが、人間との戦闘力に差がありすぎて、新人類を手に入れた島国が覇権を取ったのだ。その計画はどんどん進められ、近いうちには全人類を新人類にしていこうという話になっている。

 話は戻して、女性は茶色の体毛を持ち、額にはダイヤマークの白い体毛がある。目は紅く、耳も大きく垂れ下がっており、見た目は兎のような顔である。

 男性警官は大きな尻尾を持ち、女性と違い大きな耳がピンと立っている。そして体毛は油揚げのような色の部分と顎から喉にかけて白色の体毛に覆われ、鼻が高く、少し吊り目でとてもイケメンな狐の風貌であった。

 彼ら獣人は人の武具である拳銃如きでは傷一つつかない。獣人には獣人を当てる、それが一番の解決法であるから他の警官が近づかないのだ。

 すると一人の男性が二人に近づく。


「やあやあ、昼間から物騒だね。一体何があったのかい?」


 男はそう訊くと、男性警官は女性を抑えたまま答える。


「一般人がここへ来るんじゃない!早く逃げ――。……またお前か……。」


 「またお前」と言われた男性は頬をぽりぽりと掻いて、さらに近づく。トンビコートから一本の白い棒を取り出し、それを口の右端で咥える。

 彼は男性警官と同じような長いマズルを持ち、黒と白のツートンカラーの体毛に覆われている。そして、尻尾と真ん中から先が少し折れ曲がった耳を持ち、彼もまた獣人であった。

 周りの視線を気にしてか、帽子を深くかぶる。


「またお前かって、腐れ縁じゃないか、クイン。なんか事件でもあったの?」


「事件も何も、この女が犯人だ!アドラ、お前の出番はないんだよ!さっさと帰れ!」


「た、助けてください!わたしはやってないんです!」


 女性はアドラと呼ばれる犬獣人に助けを求める。すると、クインと呼ばれる警官は離すまいと力を込める。アドラはそんなクインに近づいて、鼻にデコピンする。


「いでっ!?て、てめぇ!何しやがる!公務執行妨害で逮捕するぞ!」


「俺も来たんだ、拘束は道具に任せて話を聞こうじゃないか?」


 アドラがそう言うと、クインは周りを見て苦虫を噛み潰したような顔をして、渋々意見に同意する。

 兎族は脚力が強いので、拘束具は脚を重点的に締め上げる。クインは非常に慣れた手付きで拘束具を装着させ、地面に座った。

 そして、アドラは周りの目を気にしてポケットから急須のようなものを取り出して、何かを呟く。


「『白煙よ、我らを包み込み、姿を眩ませよ。』」


 急須の先端から白い煙が上がり三人を包み込む。その煙は外からでは何をしているのか全然見えず、特殊な見えない防壁が通過する事も音も遮断する。

 その光景を見た女性はアドラの行動に驚いていた。


「呪文使い……ですか?」


「ひぇぁ!?」


「えっ……?」


 女性が話しかけるとアドラは後ろに転がりながら距離をとった。クインはアドラを尻目にしつつ、説明する。


「アイツは女が苦手なんだ。急に話しかけるとあんな風になる。」


「あ……そう、なのですね……。」


 逆に女性はクインに対し、最大級の警戒をしていた。アドラが戻ってきて、クインの耳にコソコソ話をする。それを聞いたクインは女性に質問した。


「コイツが、一体何があったのか教えて欲しいと言っている。」


 女性はアドラの方へ向き、説明しようとすると、アドラは素早くクインの後ろへ隠れる。そんな行動をするアドラに対し女性はジト目でクインを見る。さすがのクインも同じように考えていたようで、アドラの首を掴み、正面に座らせる。

 よく見るとアドラはプルプル震えており、可笑しく見えてついに笑ってしまった。


「あははっ!ご、ごめんなさい……!ちょっと反応が面白くて……。んっ!えぇっと、長くなるのですが大丈夫ですか?」


「ああ、本当は署で聞きたい事なんだが、探偵のコイツが来たからにはここで訊くしかない。続けたまえ。」


 クインは状況に対応するのが上手いのか、すぐに受け入れる。女性は頷くと自分の見たものを話していく。


「私は、あの店の近くで働いている一般人です。たまたま、あのカフェにニンジンコーヒーというものが新作で出たと言う事で行きました。」


 アドラは先ほどと違い、紙にメモを取っていく。クインは女性の証言に嘘がないか目をジィっと見ていた。目を見られてついつい目を逸らしそうになるが、それでは疑われると思い、見つめ返す。


「ニンジンコーヒーを飲んでいる時、突然シューッと言う音が聞こえて、何かなと思っていると爆発したのです。」


「他に変わったことはなかったですか?」


「店員と客が口論をしていたっていう事くらいです。私が分かるのはこのくらいなのですが……。」


 クインは女性の証言を聴き、少し悩んでいた。彼女の証言は間違いはないのだろうと思いたいが、証拠となる物件は爆発で吹き飛び、証人となる者が全員死亡しているのだ。彼女は獣人だったので生き延びられたと言う事で、事件現場から早足で去ろうとしていたところを逮捕したのだ。

 悩んでいるクインにアドラは彼の太ももをツンツンつつく。力を抜いてしゃべる事ができるようにする。


「俺をさ、事件現場連れてってくんね?もしかしたら解決に近づけるかもよ?」


「お、お願いします!助けてくださいよ!」


「ほんぎゃ……。」


 女性は藁にもすがるも思いでアドラの両手を掴んで懇願すると、白目を剥いて倒れた。クインはため息をつきながらアドラを担ぎ、女性の拘束具を解いて、足輪をつけた。


「この足輪は、自分から離れると足を切断します。申し訳ございませんが、貴女の容疑は晴れていませんので逃げようなんて考えてはいけませんよ?」


 そのように言うと、青筋を立てて高速で首を何度も縦に振った。白煙の急須を停止させて、煙を晴らすと、近くの警官に帰るように促した。


(この娘が犯人でなければ誰が、何のためにこの事件を引き起こしたんだ…?)


 クインはそう思い、事件現場へとアドラを担ぎながら女性と徒歩で向かった。

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