いざ、脱出
「りく、なにこれ!何で、何で?!」
優樹が、一体何が起こったのか分からずにいると、
「この子のお陰なんだ」
と、陸は白い怪物の子どもを指さした。優樹は驚いて目を丸くしながら、「どういう事?」と、聞いた。
「この子、しつこく僕のズボンを取ろうとして引っ張ってただろう?それで、僕とズボンの引っ張り合いになったんだけど……そしたら、ポケットから袋が落ちてきてさ」
と言うと、二つの麻袋を見せた。それは優樹が持っていたものと同じものだった。
「えっ?りくもそれ待ってんの?何で?」
と、太一が聞くと、
「う〜ん、わかんない」と、陸は首を傾げた。
「……あっ!もしかして……たいちもポケット、見てみなよ!」
優樹に言われて、太一は、自分のパジャマの胸ポケットをのぞいてみた。太一は、「あっ!」と、小さく叫ぶと、二つの麻袋を取り出し、笑顔で二人に見せた。
「でも、さあ……ここからどうやって降りる?」
太一が珍しく真顔になって言った。
「そうだよね……」
と、優樹が考え込んで目を伏せると、太一が持っている二つの麻袋が目に入った。
(”小さくなる”と”浮かぶ”か……そうだ!)
優樹は、”浮かぶ”と書かれてある麻袋を、太一から奪い取ると、声を弾ませて言った。
「この粉を自分にかければ、浮かんで、ここから降りられるんじゃない?」
「おお!それはいい考え!俺浮かぶの好き!」
と、太一は言って、優樹から袋を奪い返すと、間髪入れずに自分にぶっかけた。
「ちょっと!たいち!さっそくかけないでよ!」
と、優樹は怒ったが……いつまでたっても、太一が宙に浮かぶ気配はない。
「あれ?変だな、全然浮かばない…」
太一はガックリと肩を落とした。
「粉が足りないんじゃない?もっとかけてみたら?」と、優樹が言うと、「全部かけたよ!」と、太一は袋を逆さにして、振って見せた。
「ほらね、空っぽ」
「えーー?!何で?テ◯ンカーベルは金の粉で飛んだよ?この粉、本当に効果あるのかな?」
すると、ずっと二人の会話を黙って聞いていた陸が口を開いた。
「じゃあ、試しに、この枝にかけてみる?枝が浮かぶかどうか、確かめてみよう!」
陸は、巣の枝を一本拾って言った。二人がうなずくと、陸は自分の袋から粉を少しつかみ、バラパラとかけた。直後、木の枝がふわっと宙に浮いた。
「わっ!浮いたじゃん!」
太一が、目を見開いて喜んだ。
「すっごーい!これ、もっとたくさんかけたら、いっぱい枝が浮くんじゃない?」
と、優樹がウキウキしながら言うと、突然、陸がはっと、何かを思いついた様な顔つきになって言った。
「僕、いい事思いついちゃった!」
◇◇◇
「もう、粉が残ってるのは僕とゆうじゅのだけだから……ゆうじゅのは、もしもの時のために使わずにおこう」
と言うと、陸は緊張した面持ちで、自分の麻袋の紐をほどき、粉をひとつかみ握った。そして、いざ巣にかけようと顔を上げた時、すっかり大人しくなってしまった、二頭の子どもの怪物が、つぶらな瞳でこちらをじっと見つめていることに気づいた。
「あっ……忘れてた…」陸が呟くと、「あいつら、あんなに可愛かったっけ?」と、隣で太一が言った。
「あなた達を置いていくわけにはいかないもんね!」
優樹はそう言うと、小さくなる粉をかけた。大人しくなったとはいえ、万が一、暴れたりしたら危険だからと、陸が言ったので、二頭の子どもの怪物にも、小さくなってもらうことにしたのだ。結果、親の怪物より小さな、手乗りサイズの怪物になった。優樹は、「かわいい!」と、二頭にメロメロだ。
「じゃあ、巣に粉をかけるね!」
そう言って陸は、慎重に粉をかけ始めた。
太一は、二頭の親の怪物を抱っこすると、「巣の真ん中に移動しよう」と、優樹に言った。優樹は頷くと、二頭の子どもの怪物をそっと手のひらに乗せて、落とさないように慎重に巣の真ん中まで歩いた。
「かけ終わったよ…」と、陸は二人に告げると、「浮いて……くれるかな…」と、心配そうに言った。何しろ、これでもし浮かなければ、もう”浮かぶ”の粉はないのだから、崖から下りる手段がなくなる……三人は固唾をのんで見守った、次の瞬間、三人はふわっと体に浮遊感を感じた。巣がだんだんと浮上し始めたのだ。三人は顔を見合わせると、「やったー!」と、
飛び上がって喜んだ。陸は控えめにガッツポーズをしている。三人はホッと胸をなで下ろした。しかし、それは束の間の事だった。巣は三人の予想に反して、どんどん浮上していき、どんどん地上から離れて行く。次第に三人は焦り出した。
「ち、ちょっと!これまずくない?!このままだと、宇宙まで行っちゃうよ!」と、優樹が言うと、「ど、どうする?!」と、太一も動揺隠せない声で言った。陸に至っても、「えっ?えっ?どうしよう?!」と、おたおたするばかりだ。しばらく、三人でおろおろしていたが、突然、太一が親の怪物を下におろすと、勢いよく、何度もジャンプし始めた。それを見た陸が、慌てて、親の怪物を自分の方に抱き寄せた。
「ちょ、ちょっと!たいち、何してるの?!」
「これ以上、浮かばないようにジャンプして押さえてんだよ!」
「えええ?!」
陸は戸惑い隠せない表情で、太一を見つめた。
「ジャンプで止まるわけないじゃん!」
優樹はそう言いながらも、他にどうすればいいのかも分からなかったので。結局、一緒になってジャンプし始めた。
陸は四頭の怪物を抱えながら、ジャンプする二人を不安そうに眺めていた。当然の事ながら、ジャンプ程度で、巣の浮上を抑える事は出来るはずもなく、巣は、更に、どんどん浮上していった。焦った優樹は、ジャンプしながら、半ば、ヤケクソ気味に叫び始めた。
「止まれーー!!」
太一は、突如、叫び始めた優樹に驚き、ジャンプするのを止めた。しかし、必死にジャンプして、叫び続ける優樹を見ているうちに、太一も再び、ジャンプを始め、一緒になって叫んだ。
「止まれーー!」
「止まれーー!」
陸も、最初のうちは、驚いて見ているだけだったが、二人の必死の姿におされ、怪物たちを抱きながら、叫んだ。
「止まれーー!!」
「止まれーー!!」
「止まれーー!!」
三人が同時に叫んだ時、偶然なのか、ピタッと巣の動きが止まった。
「おおお!!」と、三人は感嘆の声を上げた。よし!という風に、三人は顔を見合わせると、先ずは、太一が、「前に進めー!」と、叫んだ。それに続いて、優樹と陸も、「前に進めー!!」と、叫んだ。
しかし……なぜか何も起こらない。もう一度、三人は声を揃えて、「前に進めー!」と、叫んだが、やはり何も起こらなかった。
「一体、どういうこと?」
優樹は首を傾げた。すると、太一が突然、手で空気をかく動作をしながら、「前へ進めー!」と、叫び始めた。優樹には、太一がふざけてる様にしか見えなかったが、続けて陸までも、太一と同じような動作をしながら、「前へ進めー!」と、叫び始めたのだった。その顔は真剣そのものだ。陸の足元にいる怪物たちは、キョトンとした仕草で陸を見つめている。優樹も二人の必死な姿に、最初は呆気にとられていたが、自然と二人と同じように、空気をかきながら叫び始めていた。すると、巣が、わずかながら、スーッと動いた。三人は顔を見合わせた。
「今、動いたよな?」
「うん、確かに動いた!」
三人は勢いづいて、さらに真剣な顔でやり始めた。すると、巣は明らかに前に進み始めた。
「進めー!」
「進めー!」
「進めー!」
と、三人は大声で叫びながら、ひたすら空気をかいた。巣は、どんどん前に進んで行く。湖を抜け、落とし穴があった所に近づいて行くと、今度は、巣はだんだんと下がり始めていった。どんどん、どんどん下がっていき、あの分かれ道の所で着地した。
「着いた…」
優樹は心から安堵して言った。
「やったな……」
太一が半ば放心状態でつぶやく。陸は、「よかった…」と、涙ぐみながら言い、しばらくの間、三人は助かった喜びに浸っていた。
「クゥーン、クゥーン」
ふいに、二頭の子どもの怪物が鳴き始めた。 優樹は太一たちの方を見て、「ねえ!この子たちどうしよう?」と、心配そうに言った。
「まあ、”妖精の家”に連れていくしかないんじゃない?」と、太一は言った。すると、二頭の親の怪物は、まるで同意するかの様に、「ウォーン」と、吠えた。
◇◇◇
三人は疲れがどっと襲ってくる中、それぞれ怪物を抱っこして、妖精の家へと歩いた。
二頭の子どもの怪物は優樹が、黒い親の怪物は太一、白い親の怪物は陸が抱っこした。歩きながら優樹は、まじまじと二頭の事を観察した。二頭は全身がふわふわの羽毛で覆われていて、体が白い方は翼の色が黒で、体が黒い方は翼が白かった。耳は二頭とも垂れていて顔は犬に似ている…しっぽもだ。まるで、ゴールデンレトリバーに翼を付けたような外見だった。親の怪物の方もこんな感じだが、親の方は、二頭とも翼は羽毛が抜けていて、ドラゴンの翼のようだった。耳は、白い方は垂れていて、黒い方はピンと立っていた。二頭とも、すっかり恐さがなくなって、翼がなければ、ただのかわいい犬だ。
太一は、この怪物が気に入ってしまったようで、「ブラックドリルはかわいいね〜」と、勝手に、謎の名前を付けて話しかけている。陸の方も、にこにこしながら、怪物の頭をなでていた。優樹も二頭の子どもの怪物がかわいくなってしまって、離れがたくなっていた。それぞれ自分の怪物と遊びながら、歩いていると、いつの間にか”妖精の家”に着いていた。「トンットンッ」と、優樹が扉をノックすると、扉はまた勝手に開き、「は〜い」と、陽気に返事をしながら、銅ちゃんがやってきた。銅ちゃんは、三人を見るなり目を丸くした。
「あれ〜?どうしたの?」
優樹は二頭の子どもの怪物を後ろに隠すと、少し言いづらそうに、「あの、ちょっと、お願いがありまして…」と、話を切り出した。
「えー?なあに?お願いって?」
と、銅ちゃんはにこにこしている。
その態度に少し安心した優樹は、そっと、怪物の子どもを見せた。銅ちゃんは怪物を見るなり、「わあ~!かわいいね!この子たち、どうしたの?」と、聞いた。
「実は……拾ったんです。ペリウィンクルの森で…」
優樹は気まずそうに答えた。
「えっ?でも、親はいなかったの?親がもしいたら……この子達を探してるんじゃない?」
優樹は少しの沈黙の後、
「実は…この子達の親もここに……」と言って、太一と陸の方を見た。二人は、自分の後ろに隠していた親の怪物をそっと見せた。
「一体、どういう事なの〜?」と、銅ちゃんが怪物の親子を見て驚いて聞いた。すると、太一は、「まあ、全部話すと長くなるので…簡単に説明すると、親の怪物の方が、俺たちを襲ってきまして…こいつらの巣に連れていかれたんです。そしたら、巣にこの二頭の子どもがいたので、みんなまとめて小さくし
て連れて来たんです。でもこいつらをどうしたらいいかわからなくて、預かってもらえないかと……」
と、簡単に説明した。
さすがに、この説明では、銅ちゃんは納得しないよなぁと優樹は思ったが、
「そうなんだね〜、わかったよ~」と、銅ちゃんは二つ返事であっさりと引き受けた。ゆうじゅは驚いて銅ちゃんを見つめたが、銅ちゃんは穏やかな笑みを浮かべている。
「それにしても、大変だったね〜 襲われたって……ケガはない?」
銅ちゃんは、三人を家の中に入れると心配そうに聞いてきた。
「はい、体は少し痛みますけど、大丈夫です」
と、優樹は言った。
「でも、良かったよ〜、三人とも無事でさ!ここまで歩いて来て、疲れたでしょ?ソファーで休んでいってね!」
銅ちゃんはそう言うと、部屋の奥へと消えた。
三人はソファーに座ると、部屋がやけに静かな事に気づいた。
「なんか、静かじゃね?」
と、太一が言っているそばで、陸はずっと白い怪物を撫でている。
「みんな、出掛けてるのかな?」
と、優樹が部屋をキョロキョロ見ていると、しばらくしてから、銅ちゃんが何やらトレイに乗せて戻ってきた。
「これ、疲れがとれるハーブティーだから、飲んでみてね!帰りは楽に歩けると思うよ〜」
と言って、三人の前に、湯気の立っているティーカップを置いた。次に、「これは君たちのね」と言うと、怪物達の前に、それぞれ温めたミルクが入ったお皿を置いた。怪物達はさっそく美味しそうに飲んでいる。
銅ちゃんは三人の前に座ると、「さあ、冷めないうちに飲んでね はちみつを入れるとおいしいよ」と、言った。優樹は、ピンク色の透き通ったお茶に、ハチミツを入れて飲んだ。ほのかなハチミツの甘みと、ほどよい酸味がさわやかなお茶だ。陸は相変わらず慎重で、クンクン匂いを嗅いでいる。太一も初めて見るお茶に最初は警戒していたが、一口飲んでおいしいと分かると、全部飲み干してしまった。
太一が、「このお茶、すっげー!疲れがとれた!」と、背伸びをすると、「効果が現れるのは10分後だよ〜」と、銅ちゃんがにっこり笑って言った。
「そういえば、他の妖精さんはどうしたんですか?いないみたいだけど…」
と、優樹は、部屋をキョロキョロと見渡しながら聞いた。
「ああ……ちょっと用事があって、出かけちゃったんだ」
「そうなんだ……」
優樹は残念そうに言った。
「……ん?何か、聞きたいことでもあった?」
と、優樹の様子に気づいた銅ちゃんが言った。
「……あの、森で起きた事を教えてもらいたくて…」
「森で起きたこと?ああ!この子達に襲われたって話だね?」
優樹はコクっと頷いた。
「ここからの帰り道で、一番最初に出てくる分かれ道の看板が、来る時とは違う方向を指していて……そのせいで私達、恐い森に迷い込んでしまったんです……誰かが看板の向きを変えたのかな?」
優樹はそう言って首を傾げた後、その森で起きたことを全て話した。その間、銅ちゃんはずっと黙って聞いていた。
「それは……とても怖い思いをしたね……実はあの森には入ってはいけない場所があるんだ……そこに君たちは迷い込んでしまったんだよ」と、銅ちゃんは静かに言った。
そして、「でも……」と言って、にこっと笑うと、「もう、こんな事は起こらないから、大丈夫だよ」と、優しく言った。
優樹が看板の事をもう一度聞くと、
「あっ……看板ね!一体、誰が向きを変えたんだろうね?……」と、銅ちゃんは何やら考え込んでから、「明日、妖精のおじいさんの家に行くように言われてるよね?……おじいさんに聞くといいよ。いろいろな事を知っているから。きっと、教えてくれると思うよ」と、言った。
帰り際、銅ちゃんが、「この子たちの面倒は、ぼくがちゃんと見るからね!」と、優樹たちに約束した。四頭の怪物は、つるで編んである籠の中に入っていた。
三人は、それぞれ怪物たちに、お別れのあいさつをした。陸は特に白い子どもの怪物との別れを惜しんだ。
「元気でね、僕の事、忘れないでね」と、言って泣いた。太一は、「ブラックドリルにホワイトエンジェル、そしてブラックドリルジュニアにホワイトエンジェルジュニア……元気でな。もう、人は襲うなよ」と、いつの間に考えたのか、謎の名前で呼んでから、四頭の頭を撫でた。
優樹も四頭の怪物達を抱っこすると、一頭、一頭優しく頭をなでた。白い親の怪物の時には、「私…あなたにくわえられた事……一生忘れない。あの口の臭いも…」と言うと、泣きながら抱きしめた。二頭の子どもの怪物の時には、太一が、「もう、帰ろう」と、言わなければ、いつまでも抱っこしていたに違いない。
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