プットバックの木を目指して

 怪物たちとのお別れを惜しみながらも、三人は妖精の家を後にした。そして、今度こそ、プットバックの木を目指した。

途中、優樹は粉が入ってた麻袋の事を聞くのを忘れていた事に気づいたが、そのまま歩みを進めた。       

 「あいつ、何で、あんなに急いでんの?」

 優樹の後ろを歩く太一が首を傾げた。

 「きっと、早く家に帰りたいんだよ」

 と、隣で陸が言った。

しばらく三人が歩いていると、再び、あの分かれ道に来た。真っ先に看板が目に入った優樹は、思わず立ち止まった。何故か、最初に見た時とは違う、違和感を感じたからだ。

 「ねえ、この看板……何か変?」

優樹は、二人を振り返って聞いた。

 「えっ?……何が?」

太一が、何の事か分からず聞き返す。

 「何か……最初に来た時と違う感じがしない?この看板」  

 「別に、何も変わんなくない?」

あまり深く考えない質の太一が、適当に答える中、陸は眼鏡のつるを手で押さえながら、じっと看板を見つめていた。やがて、眼鏡の奥にある目が大きく見開かれた。

 「この看板……最初に来た時と逆の方向を指してる!」

 「えっ?マジで?この看板、勝手に動くわけ?……めっちゃ固定されてるけど!」

太一は、看板をいじくりながら言った。

優樹は、自分が感じた違和感の正体が分かり、向きが変わった看板を不思議に思ったものの、早くプットバックの木まで行きたかった優樹は、「……行こう!」と、看板を見つめている陸の手を引っ張って、左に曲がった。

 「この世界のものって、何でも勝手に動くんだな!……な?あれ?おーい!」

まだ看板を眺めていた太一は、二人が居ない事に気づくと、大きな声で呼びながら、追いかけて行った。

 帰り道は、銅ちゃんが入れてくれたお茶のお陰か、足取りも軽く、あっという間に三人は、森の入口付近に来た。

 三人は辺りを見渡して、葉っぱが光っている木を探した。程なくして、道から100m程中に入った所に一箇所だけ、木々が、光でほのかに明るく輝いている場所を見つけた。

 「ほら、あそこ見て!きっと、あそこにプットバッグの木があるんだよ!」

優樹が指差して、興奮したように叫んだ。太一は、その場所を見るや否や、「おおー!やった!早く行こう!」と言って、1人で、先に駆け出して行ってしまった。

 「もう!たいち!ちょっと待ってよ!」

優樹と陸は、急いで太一の後を追った。しばらくすると、太一が木のだいぶ手前で、急に立ち止まった。

 「ねえ、どうしたの?」

 追いついた優樹が前方を見ると、そこには一面、沼が広がっていた。プットバックの木は、その沼のちょうど真ん中にある。沼の水面には蓮の花が所々に咲いていて、水は泥水のように濁っていた。

 「沼があるなんて聞いてねーよ…」

 太一がイラついたようにつぶやいた。

 「たいち……どうする?」

 優樹の声が不安で揺らいでいる。

 「ねえ、この沼の中を……まさか渡ったりしないよね?」

 後ろにいる陸が、怯えた様に聞いてきたが、太一は黙ったまま、沼を見つめていた。沼のふちから、プットバックの木までは、直線にして20mはあるだろうか。

 優樹はどこかに、プットバックの木まで歩いて行ける道があるかもしれないと思い、「ちょっと待ってて!」と、二人に言うと、かけ出した。

 「どこに行くんだよー!」

 背後で、太一の叫ぶ声が聞こえる。

 優樹は沼の周りを走りながら、プットバックの木を眺めた。それにしても大きな木だ。そして、木全体が光る金粉がかけられているみたいにキラキラと輝いている。その輝きは周辺をほのかに明るくしていた。池の水面もプットバックの木の付近は明るく輝いていた。まるで、そこだけは別世界の様に神秘的だった。    

 優樹は息を切らしながら、二人の元に戻った。

 「あの木まで、歩いて行ける道はなかったよ……全部が沼に囲まれてたから……沼の中を歩いて行くしかないみたい…」

 「えっ?!僕は嫌だよ!沼の中を歩くなんて……どれくらい深いかも分からないのに……」

 陸の顔が一気に青ざめた。優樹も正直嫌だった。底が見えない沼は、恐怖以外の何者でもないからだ。

 「でもさ、りく、ここを歩いて行くしかないだろ?他に方法があるのかよ?」

 太一の問いに、陸も優樹も何も言い返せなかった。

 太一は無言のまま、困惑している二人を見て、

 「じゃあ、俺が……先に行ってみるよ、大丈夫そうだったら、二人を呼ぶから」

 と言うと、長い木の枝を探し始めた。そして、ちょうど良い長さの枝を見つけると、それで沼の底をつつきながら、沼に入って行った。太一はなるべく、蓮の花がない所を選びながら歩いて行く。沼は徐々に深くなっていき、沼の真ん中近くに来た時には、太一の胸の下あたりに水面があった。太一は振り返ると、「大丈夫だから、来いよ!」と、手を振りながら、二人を呼んだ。顔面蒼白になっている陸を見て、優樹は笑顔で不安を隠すと、

 「私がいるから大丈夫だよ。一緒に行こう」

 と言って、手を差し出した。陸はその手をじっと見つめると、やがて決心したのか、「わかった………ゆうじゅと行くよ」と言って、その手をとった。

 優樹は濁った水の中に、そっと足を入れてみた。一瞬冷やっとしたが、鳥肌が立つ程でもない。陸は足のつま先をチョンとつけると、「ひゃっ!」と、すっとんきょうな声を上げた。そして、恐る恐る足を入れると、今度は、「うぅぅ……」と、お腹から絞り出すような声を出して、唇をぎゅっと結んだ。もう片方の足は、二人で同時に入れた。ヌメっとした沼の底の感触に、優樹は背筋がゾクッとした。 陸は両足を沼に入れたまま、その場に立ちすくんだ。優樹はためらう陸の手を引きながら、思い切って前に進んだ。二人はお互いの手をぎゅっと握りしめながら、太一が歩いた所を歩いて行く。陸は、「沼の底が怖い…」と言って、つま先立ちで歩いている。優樹はなるべく何も感じないように、前だけを見て歩いた。そして、もうすぐで太一のところに着く……と思ったその時、

「うわぁー!!」と、突然、陸が叫んだ。

 「えっ?えっ?何?!何?!どうしたの?!りく?!」

 優樹は心臓が止まりそうになった。

 「りくー!どうした?!」

 太一が心配そうに、こちらを見ている。

 「だ、誰かに一瞬、足をつかまれた」

 そう言って、陸は恐怖で顔を引きつらせた。

 「今は……どうなの?だ、大丈夫?」

 優樹は自分の心臓が、バクバクと大きく鼓動を打つのを感じながら、恐る恐る聞いた。陸がガクガクと体を震わせながら頷く。

 「……きっと蓮の花のせいだよ」

 優樹は、自分自身にも言い聞かせる様に言うと、再び陸の手を引き、歩き出した。その時、ガシッと何かに片方の足首をつかまれた。

 「ぎぃやあああー!」

 優樹は鼓膜がやぶけそうなくらい大声で叫ぶと、思いっきり足をバタバタさせた。

 「ゆうじゅ?!ゆうじゅ?!大丈夫?!」

 陸が必死に声をかける。優樹は、そんな陸の声も届かない程、必死になって足を動かした。すると、急にすっと足首が自由になった。見ると、水面にちぎれた蓮の茎がプカプカと浮いていた。優樹は、ほっとため息をつくと、その茎を拾って陸に見せた。

 「ほら、足首つかんだ手の正体!」

 そう言って、ぽいっと茎を遠くに投げた。陸は、自分の足をつかんだ者の正体が分かり、幾分か安心したようで、また再び歩き始めた。

 「マジで、今度は怪獣が出たかと思ったよ」

 合流した優樹を見て、太一がニヤッと笑った。

 優樹はほっぺを膨らませると、「ふんっ!」と、そっぽを向いた。その様子に太一は更に笑いながら、

 「ここって沼だよな?ふぐはいないはずだけど?」

 と、からかう様に言って、ますます優樹を怒らせた。

 「ゆうじゅ、落ち着いて……ゆうじゅは、怪獣でもふぐでもないよ」と、陸が震える声で言った。その声に我に返った優樹は、落ち着きを取り戻すと、「ごめんね、りくを驚かせちゃって…」と、謝った。

 今度は三人で歩き始めた。先頭は太一で、木の枝で沼の底をつつきながら、慎重に歩いて行く。その後ろを優樹と陸はついて行った。沼の深さは変わらず、優樹の胸上辺りまで水面があった。陸は相変わらず、つま先立ちで歩いているせいか、胸下辺りに水面があった。

 「あと、もう少しだね」と、優樹が言った。

 陸は、わずかに微笑みながら、 

 「うん!」と、頷いた。

 そして、プットバックの木まで、あと5メートルというところまで来た時、突然、優樹の背後で、「ジャボン!!」と、大きな音がした。瞬間、優樹の心臓が縮みあがり、ビクッと肩を震わせた後、優樹は背後を振り返った。すると、そこには、溺れている陸の姿があった。

 陸は、手を必死にばたつかせながら、もがいていた。

 「きゃあーー!!りく!」

 と、優樹は叫ぶと、陸の手を、慌ててつかんだ。しかし、陸の手の動きの激しさに、すぐに手を振りほどかれてしまった。太一は、優樹の叫び声に、すぐに反応すると、「りく!!」と、叫びながら、溺れている陸のそばに駆け寄った。そして、急いで陸の体を抱きかかえ,プットバックの木まで運ぼうとしたが、なぜか、陸の体は、何者かにがっしりとつかまれているかの様に動かない。逆に、水の中に体が持っていかれそうになり、太一は陸を抱える手を、思わず離してしまった。すると、陸は再び、もがき始め、手を空中に伸ばしながら、そのまま、水の中に引きずり込まれそうになった。太一はすぐに陸の腕をつかむと、力強く引っ張った。陸は息をしようと必死に顔を水面から出している。

 優樹が、そばでうろたえていると、

 「ゆうじゅも引っ張って!」

 と、太一が叫んだ。その言葉に優樹は、はじかれたように動くと、陸の腕を今度はしっかりとつかんだ。しかし、陸を水の中に引きずり込もうとする力は強く、なかなか陸を助ける事が出来ない。優樹は沼の底に足が取られそうになりながら、必死に陸の腕を引っ張り続けた。太一も 懸命に足を踏ん張りながら、陸を引っ張っぱった。

 水の中で、もがき続ける陸の体力は限界を迎えていた。次第に、もがく腕の動きは鈍くなり、顔が水に沈む時間が長くなっていった。

 「りく!しっかりしろよ!」

 太一の呼びかけも虚しく、陸の体は、だんだんと沈んでいった。そして、頭が完全に水面に沈んでいった時、太一は自分も沈むようにして沼の中に入り、陸の体をつかんだが、そのまま一緒に沼の中に引きずり込まれてしまった。

 一人沼に取り残された優樹は、その場に、呆然と立ち尽くした。が、すぐに我に返ると、慌てて二人が沈んだ場所を手で探った。水をかき分けながら、辺りを無我夢中で探したが、二人の体に触れる事はなかった。

 一体どうすればいいのだろう……パニックになりそうになりながら、優樹は懸命に考えた。

 (そうだ!妖精さんに助けてもらおう!)

 そう思いつき、急いで沼のふちまで行こうとした。その時、何かが足に絡みつく感じがした。きっとまた、蓮の茎か何かだろうと思い、足を揺らして取ろうした。何度かゆらゆらと足を揺らしたが、なかなか取れないので、優樹が絡みついた茎を取ろうとして、沼に手を突っ込んだ。その瞬間、両足を何者かにガシッとつかまれ、あっという間に、沼の中に引きずり込まれてしまった。

 優樹は水の中でもがいた。必死に両手をかいて、水面に出ようとした。ブクブクと声にならない叫び声が、泡となって消えていく。足首にまとわりつく気色の悪い手の感触を感じる間がない程に、息の出来ない恐怖に支配されていった。

 (苦しい!誰か助けて!)

 と、心の中で必死に叫んだ。そして、だんだんと意識が薄れいく中、一瞬、沼の中がパァッと明るくなったような気がした……優樹は、ぼや〜っとその明かりを眺めた。すると、不思議と苦しさがなくなっていき、今度は、体が上へ引っ張られるような感覚がしたかと思うと、水がまとわりつく圧迫感や、足をつかまれていた手の感触が一気に消えた。その途端、宙に浮いていた優樹の身体は、ドサッと地面に落ちた。

 「痛っ……」

 優樹が目を開けると、視界が開けたように、辺りが明るくなっていた。優樹はゆっくりと立ち上がった。すっかり、沼の水がなくなっている。優樹は、その場に呆然と立ち尽くした。そして、ぼやっとした頭で辺りを見渡した時、だいぶ離れた場所に、太一と陸が倒れているのが目に入った。次の瞬間、優樹は反射的に走り出していた。

 「たいち!りく!」

 駆け寄ると、大声で二人の名前を呼んだ。反応はない。優樹は泣きながら、二人の体を揺さぶり、名前を呼び続けた。しかし、二人がそれに答える事はなかった。

 「うそでしょ……」

 優樹は、二人の体の上に突っ伏して泣いた……が、一つの考えがひらめくと、突如、ガバッと起き上がった。

 (そうだ!人工呼吸をしてみよう!ドラマか何かで見たことがあるし、出来るかもしれない!)

 優樹はもう一度、二人の顔を見た。どっちを先にしようか、一瞬迷ったが、弱そうな陸を優先する事にした。優樹は深く息を吸い込むと、陸に自分の顔を近づけた。けれど……

 (あれ?このあとは……どうやるんだろう?!)

 と、さっぱりやり方が分からない事に気づいた。

 「……分かんなーい!」

 優樹は顔を上げると、泣き叫んだ。そして、グズグズと泣いていると、一瞬、上空から翼が羽ばたく音が聞こえたような気がした。優樹ははっとすると、頬をつたう涙もそのままに耳を澄ました。

――バサッ、バサッ、バサッ!――

 今度は、はっきりと聞こえてくる。その羽音には聞き覚えがあった。優樹はまさかと思いながら、上を見上げた。瞬間、優樹の目が大きく見開かれた。そこには、大きな翼を羽ばたかせ、迂回しながら飛んでいる黒い怪物の姿があったのだ。

 「ブラックドリル?!」

 優樹は思わず叫んだ。

 すると、黒い怪物は、優樹の声に答えるかのように、勢いよく、こちらに向かって飛んできた。次第に迫ってくる大きな黒い怪物に、

 「わっ、わっ、わー!」

 と、優樹が叫び声を上げると、寸前で怪物は、優樹を避け、半円を描く様にして空中で、その大きな体を起こすと、翼をはためかせながら空中に留まった。やがて、静かに地面に舞い降りると、三人を見下ろした。優樹は驚きのあまり、泣くのも忘れ、黒い怪物を見上げた。怪物は大きな口を開け、横たわっている太一を器用に咥えると、あっという間に羽ばたいて、その場から飛び去ってしまった。

 「きゃー!たいちー!!」

 優樹は、連れ去られていく太一を目で追いながら、叫んだ。すると、今度は、白い怪物が翼を羽ばたかせ飛んでいる姿が目に飛び込んできた。優樹が驚きのあまり、口をあんぐり開けたまま見つめていると、白い怪物はこちらに向かって一直線に飛んで来て、優樹の目の前に舞い降りた。そして、今度は陸を咥えると、睫毛の長い黒い大きな瞳で優樹を見つめてから、その大きな体をゆっくりと地面に伏せた。その様子はまるで、"私の背中に乗って"と言っている様だった。

 優樹は怪物のそばに行き、そっと、そのふわふわの白い毛を撫でた。怪物は大人しくしている。優樹は意を決して、体によじ登ると背中にしがみついた。すると、白い怪物はゆっくりと立ち上がり、空に向かって飛び立った。

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ブルーエルフィン妖精魔法学校とペリウィンクルの森 ローズマリー @yumiko7728

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